魔道具メーカーの転生企画部長は、今日も普通のことしか言わない
約3千字。サクッと読めるコメディーです。
私は前世で、日本の会社員だった。
別に社長だったわけでも、敏腕コンサルだったわけでもない。
ごく普通に働いて、買い物をして、新商品を見れば「便利そう」と思ったり、「高っ、誰が買うの?」と思ったりする。
どこにでもいる普通のOL。
そんな私が死んで、異世界に転生した。
この世界には魔法がある。
そして魔法を使った道具――魔道具が、前世でいう家電や日用品のように売られている。
縁あって私も、その魔道具を作る会社に就職した。
そこまではいい。
問題は、それからだった。
「来月から、商品企画部長をお願いしたい」
ある日突然、そんな辞令が下りた。
なぜ私が?
答えは簡単だった。
本社が、女性幹部の比率を上げたかったからである。
以上。
実績を見込まれたわけでも、隠された才能を見抜かれたわけでもない。
なんとも世知辛い理由だったが、給料は上がる。
なので引き受けた。
そして迎えた、部長として最初の商品企画会議。
「部長、まずはこちらをご覧ください!」
最初に出てきたのは、銀縁の眼鏡だった。
「透視眼鏡です。壁の向こうまで見通せます!」
木の壁なら二枚先まで。
布地のような薄手のものなら、もっと簡単だという。
「ということは、服も?」
「もちろんです!」
胸を張る担当者を見ながら、私は少し考えた。
服まで透ける。
つまり、本人の許可など関係なく、見えてしまう。
「じゃあ、お風呂も着替えも見放題ですね」
「…………」
担当者の口が止まった。
そういうことだ。
便利かどうか以前に、誰でも買える商品として出したらどうなるか。
覗き。
窃盗の下見。
建物の中を探ることだってできる。
悪用されたあとで「使った人が悪いです」は、さすがに通らない。
「一般販売はなしです」
「……はい」
「ただし、技術として目を見張るものがあるのは事実です。救助隊なら倒壊した建物の中を探せる。警備でも使える。まずは有効な使用者と用途をリストアップしてみてください」
私は付け加える。
「あとはその上で、製品化する前に免許制を導入するなどの対応ができるかなど、お役所へのヒアリングもしてみましょう」
担当者は眼鏡を見下ろし、それから頷いた。
「な、なるほど……承知いたしました」
「では次、お願いします」
二つ目は、小さな薬瓶だった。
「小人化薬です! 飲めば身体を十分の一まで縮められます!」
狭い場所へ入れる。
遺跡の隙間にも潜れる。
なお、元に戻る用の薬も同時に開発済みだという。
担当者の説明を聞きながら、私は瓶を指先で転がした。
十分の一。
数字だけ聞けば便利そうだ。
でも、人間が十分の一になるということは、周囲が十倍になるのと同じでもある。
「側溝に落ちたら、自力で上がれます?」
「え?」
「猫や鳥に襲われた場合は?」
「……そこまでは」
「万が一、元に戻る薬を落としてしまったら?」
今度こそ、担当者は完全に黙った。
小さくなれる。
それだけなら夢がある。
でも商品にするなら、その先まで考えないといけない。
「一般向けは難しいですね。事故が起きたときの危険が大きすぎます」
「では、これは……」
「とはいえ、これも需要がないわけではありません。遺跡調査とか、設備の内部点検とか。あると便利な仕事もあるでしょう」
私は薬瓶を机に戻した。
「ですので使用時の安全装備と、薬を失っても必ず元へ戻れる仕組み。その二つを軸に問題点をクリアできたら、もう一度再提出してください」
「は、はい!」
三つ目は鍋だった。
「この鍋は火を使わず、魔力だけで湯を沸かせます!」
なるほど。
確かに便利ではある。
「価格は?」
見せられた数字に、思わず目が止まった。
普通の鍋の八倍。
お湯を沸かす。
その目的だけなら、世の中にはすでに安い鍋と薪がある。
新しいというだけでは、客は財布を開かない。
「家庭向けで売る予定ですか?」
「はい。火を使わないので、とても便利です!」
「便利なのは分かります。でも、普通の家庭なら火を使えますよね」
「……はい」
「今ある鍋で困っていない人に、八倍の値段を払って買い替えてもらうには理由が弱いです」
これでもしスープやシチューまでが湧き出てくるなら、話はまた変わってくるが。
「さ、さすがにそれは……」
「ですよね」
担当者の顔が曇った。
でも、火を使わない。
それ自体はしっかりとした強みである。
となると、あとは使う場所さえ変えれば。
「鉱山はどうです?」
「鉱山?」
「船倉でもいいです。火事が致命傷になる場所なら、火を使わないこと自体にお金を払う価値があります」
担当者が、はっと顔を上げた。
「家庭用品ではなく、安全設備として売る。そっちで採算を出し直してください」
「はい! 直ちに!」
四つ目は、真っ白なドレスだった。
「絶対に汚れません!」
試しにワインを垂らす。
赤い雫は布に染み込まず、そのまま床へ落ちた。
これは素直にすごい。
ただ。
私はドレスを上から下まで眺めた。
肩は妙に大きい。
胴回りは太い。
裾も重そうだ。
「これ、着たいです?」
「え?」
「あなたが女性だったとして、夜会などへ出向く際に」
担当者も改めてドレスを見る。
少し間があった。
「……性能は、とても高いです」
「それは承知しています」
思わず苦笑した。
性能が高いのと、欲しいと思うのは別の話だ。
「服は、汚れないだけじゃ売れません。店で見た瞬間に、まずはパッと着たいと思ってもらわないと」
生地を摘まむ。
「ですが、この布はすごくいいです。服飾のデザイナーを入れてください。性能はそのまま。見た目だけ、ちゃんと商品にしましょう」
「すぐに手配します」
そして最後。
五人目の担当者だけは、妙に自信がなさそうだった。
「私の案は、その……かなり地味でして」
机に置かれたのは、小さな筒だった。
「濡れた髪に向けると、一瞬で乾きます」
私は顔を上げた。
「一瞬で?」
「はい」
価格を見る。
安い。
量産も難しくないらしい。
毎日使う。
何度も使う。
しかも、面倒を一つ丸ごと消してくれる。
前世で風呂上がりにドライヤーを持ちながら、何度「もう勝手に乾いてくれ」と思ったことか。
「採用で」
「えっ?」
担当者が目を丸くする。
「いいんですか? その、さっきまでの物みたいに派手では……」
「派手じゃなくていいんです」
私は企画書をもう一度見た。
「安く作れる。使う人が多い。しかも一回買って終わりじゃなく、毎日のように使う」
これなら分かりやすい。
「これならば、欲しい人、かなりいますよ。すぐ商品化を進めてください」
「あ……はい! ありがとうございます、部長!」
部長……か。
私はちゃんと管理職をできているのだろうか。やっていること自体は、前世でテレビのCMを見ながらしてたダメだしレベルな気がしないでもないけど。
しかし、それから数か月後。
私が部長になって以来、会社が出す新商品は以前より減った。
けれども売れ残りは減り。
返品も減り。
開発費の無駄も減った。
その一方。
例の透視眼鏡は救助隊や警備会社へ。
小人化薬は、遺跡調査や特殊設備の点検業者へ。
自動湯沸かし鍋は、鉱山や船舶から注文が入った。
汚れないドレスも、デザインを変えてから売れ始めた。
そして髪を乾かす魔道具は、大ヒットした。
新商品の数と種類は減ったのに、会社の利益は過去最高を記録した。
「商品企画部、最近ハズレが減ったよな」
「あの女部長が来てからだろ」
「女性幹部を増やすためのアピール人事だったって聞いたけど」
「理由はどうでもいいだろ。結果出してるんだから」
そんな話を耳にすることも増えた。
でも、私としては大したことをしているつもりはない。
商品なら、誰が買うのかを考える。
危なければ、そのまま売らない。
高ければ、その値段でも買う理由がある相手を探す。
見た目が悪ければ、直す。
ただ、それだけである。
「部長! 次の商品です!」
今日も企画書が一枚、机に置かれた。
「空飛ぶ絨毯……最高速度、時速百二十キロ?」
「はい! 画期的でしょう!」
確かに画期的ではある。
私は企画書をもう一枚めくった。
「安全装置は?」
「…………」
「落ちた場合は?」
「…………」
担当者の視線が、ゆっくり泳ぐ。
「それらを詰めてから、もう一度持ってきてください」
「……はい」
企画書が、そっと引っ込められた。
私は次の書類を手に取った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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