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溶けない冬

長く寒い冬が明けて、雪が溶けると必ず春が来る。


だけど何度春を迎えても、私の心は凍てついたまま。


誰か助けて欲しい。

もう終わらせたいの、こんな悲しい記憶を胸に秘め続けることを。

あの人に怯えながら暮らしていることを。

そして、卑屈に生きているだけの自分を。



もう、終わらせたいの。


あの人のことで思い患うこと、を。



救われたいと望みながら、けれども救いようのない願望を抱く。



それは失われた五年間でたった一つ、失えなかったもの。



だから私は今日も視線を逸らし生きていく。

過去へも未来へも。



今年もまた春が来る。



ただ私を取り残したまま。



「エミー、今年こそは春宵祭に出なきゃ駄目よ!」


ある日の昼下がり、エミーを訪ねてきて挨拶もおざなりに鼻息荒くまくし立てているのは、一軒おいた隣に住むマティだった。

くりくりとしたアールグレイ色をした瞳と同色のくせがある髪を今は束ねている小柄な彼女は、しかしなかなかの貫禄をもってエミーに詰め寄る。


「ねえエミー何時までも先延ばしにはできないのよ?あなたももう16才になってしまったんだから。今までのようにはいかないって、分かっているわよね?」



問いかけに対し一見無反応のように見えたエミーの肩がピクリと動いた。


「あなたが男性を、いいえ人を苦手なのは分かっているつもりよ。でもだからと言ってそれに甘んじていてはいけないわ。春宵祭は旦那さま探しにうってつけのイベントなの。あなただって嫁き遅れて親に恥をかかせたくはないでしょう?

今日はこれで帰るけど、一週間後春宵祭の衣装の採寸をしにくるわ。それまでに、エミー。ちゃんとデザインを考えておいてね。

それじゃあごきげんよう」


来た時と同様に嵐のように去っていったマティを確認して、エミーはやっと安堵の溜め息を吐き出した。


マティはエミーより一回り上の幼なじみだ。

彼女に悪気がないのは分かっている。言い方が少しきついけど、自分や家族の事を心配していることも分かっている。


でもそれと苦手意識はまた違うとこにあるからやっかいだ。



彼女の少し独断的な物言いは計らずしもエミーの一番触れられたくないところをえぐり取る。


例え真実がそこにあったとしても、傷付くものは傷付くのだ。



―どうせ、私は根暗だから



弁解にもならない理由で何とか自分を慰める。

それが尚更に自らを卑屈にしてしまうのに気づきながらも。



気付くと窓のカーテンの隙間から射す光は鮮やかな茜色をしていた。


思ったよりも長い間、物思いに耽ってしまったようだ。

エミーは慌てて着けていた前掛けを外し、買い物籠を下げて家を出る。


向かう先は村の中央の広場に展開している市場である。


基本家事全般は、靴職人の父と店を営む母そして家業を継ぐため父と師弟関係の兄に変わってエミーが担っている。

よって今日もマティが来るまでには晩ご飯の準備をほとんど終わらせていた。

だが調味料の買い足しを忘れたため明日の朝餉の用意が出来ないことに気付き買いに行こうとした矢先にマティが飛び込んできてそれどころではなくなってしまったのだ。



基より、エミーは家事が好きだ。普遍的で機械的とも言える労働に打ち込む時だけ何もかも忘れられるからだ。

特に料理を作るのは純粋に趣味としても好きだ。それがたとえ初めて焼いたクッキーが彼から絶讃され嬉しかったことがきっかけだったとしても、だ。

なので美味しい料理を家族のために用意する、というのが誰に決められたでもない彼女の使命だとエミーは考えているため彼女は決してその点に関して手抜きをしようとはしない。



だが夕闇は刻々と迫っている。店側も閉め時をそろそろ伺い始める頃のはずだ。


何時になく早足で広場に向かう。



エミーは焦っていた。

家族が聞けば笑い飛ばすか呆れるだろう使命感でも彼女にとってはそうではない。



だから普段は通らない、広場への近道である裏路地に足を向けた。



裏路地は建物の狭間にあり、日影に位置するためどの時間帯でも薄暗い。そのためいやにジメジメとしておりどことなく不気味な雰囲気がしている。エミーははやる気持ちも相俟ってとうとう小走りを始めた。



幾つかの入り組んだ角を曲がり、やっと広場の手前に出る路地に差し掛かった時であった。



目の前の光景にエミーは思わず小さな悲鳴を上げる。



そこにはぐったりと壁にもたれかかり倒れている人物が…レイが、いた。



激しい動揺は偶然彼に遭ってしまったからなのか、はたまた彼が苦しげな息を吐き出しながら倒れているからなのか。


そう、彼は怪我をしている。

きっと喧嘩をしたのだろう、剥き出しになった腕からは血が滲んでいて、口の端から流れでている血の筋は喉を伝い服を紅く染めている。閉じられた目の周りは内出血を始めており、頬は殴打されたのだろう大きく腫れ上がって痛々しい限りだ。



彼から離れて、いや彼が離れていってからというもの彼の素行を目の当たりにすることはなかったが、彼が徐々に荒んでいき今や毎日のように喧嘩をしているのは専らの噂だった。

それこそマティなどは忠告と称し彼を罵り、ついでに何度もエミーに彼と関わらないよう気をつけるようにと言ってきた。



もちろん体は正直で、紅い血も、彼も怖くてたまらず震えが止まらない。

しかし酷い怪我をしているのを放っておけるほど非情になり切れないエミーは、恐る恐る彼に近寄っていく。




とにかく無事だけ、それだけを確認して後は誰かを呼ぼう。

心の悲鳴を今だけは無視しながら、座っている彼に向かって前屈みになり閉ざされた眼の前に震える手を翳してみる。


動く気配はない。


今度は少し振ってみる。


が、やはり動かない。


目覚めていないことにホッとしたエミーは服のポケットからハンカチを出して、流れでている血を丁寧に拭き取る。



思った以上に傷はひどい、早く人を呼んでこなければ。


自分では介抱しようにも知識がないため役に立たないことは分かっているから。



血をぬぐったハンカチを籠にしまいこみ、身を起こしてそこから立ち去ろうとした。


その時、


エミーの腕は強い力で引っ張られ、そのため彼女はバランスを崩してそのまま倒れ込んだ。






握られた腕の先は、


気絶していたはずの彼、だった。




非常に鬱陶しい主人公ですね…(笑)

そして元凶がお出まししました。


定番設定を楽しんでいる自己満作品ですので、どうぞヌルい目で読みとばして下さいませ;;



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