―サゲ―
……え? どっかで聞いたような話だ、長えだけで深みが無ぇ……いやあ、お客さん方のおっしゃることは実にご尤もで……ですが、もうちょいとだけ、この噺にゃ続きがありまして。
「もっと優秀な弁護士を付けないと……」
そう独房の中で呟いたのは佐藤を刺さしたあの医者で、名を鈴木と申します。
現行犯ということもあり、あっという間に逮捕、起訴され、現在は拘置所で数日目って身の上です。
「まったく、どいつもこいつも私の邪魔ばかり……」
鈴木が呟いた時、鳩尾の辺りがちくり。何だろう、とシャツをたくし上げると、
「貴女は!」
「よお、こないだぶりだねぇ……」
己の腹に愛しの人面疽が浮かんでいるじゃありませんか。
「引っ越して来てくれたんですか!」
「あたいに会えて、嬉しかろ?」
「ええ! やっと私を選んでくれたんですね! 聞いて下さいよ、今雇ってる弁護士ったら、てんで当てにならないんですよ。佐藤さんが邪魔しなければ、私だってあんなことしなかったのに……」
「よくわからねぇが、そうかい、そうかい。けどさ、手前ぇでやったことには落とし前を付けるのが道理ってもんだろ?」
「と言うか、そこだと貴女の綺麗な顔がよく見えないですね。手か足に移動してくれると嬉しいんですが、出来ませんか?」
目を血走らせ、ちぐはぐなことを言いう鈴木に、人面疽が婀娜っぽく囁きます。
「空きが無いから無理だねえ」
「空き?」
「そもそも、何であたいが越してきたなんて思ったんだい。ここに寄ったのは単なる挨拶だよ」
ケラケラ
ケラケラケラ
ケラケラケラケラ………………!
拘置所の狭い独房にいくつもの高笑いが響きます。途端に鈴木の身体中に強烈な痛みが走ります。あまりの苦痛に床を転げてるうちに開けた服から覘いたのは、身体中に浮かびあがる色んな女の顔、顔、顔。
顔の群れが笑い乍ら歯噛みする度、まるで神経を食いちぎられるような激痛が鈴木を襲います。実際、身体の中にまで顔は蔓延ってるんでしょう、皮膚の下が不自然に蠢いてます。
「い……痛……! あ……や、やめ……!」
高笑いする顔の群れの真ん中で、一際美しい顔が、
「安心おし、すぐに出ていくよ。あたい等も、いい加減此岸を去ろうと思ってねえ。その前に、顛末を聞いた連れどもがさ、アンタに挨拶したいんだと。この世を恨んで、恨んで、恨みぬいた女どもがね」
親に売られ、男に売られ。縋る縁もなく投げ込み寺に葬られた女達にゃ、己と同じ苦界に落ちた者の気持ちがよーく分かる。
人面疽と同じ見世に居た女達の中にゃ、嫉みつつも、女と情夫の睦まじい姿に夢を託してた者も少なくなかったんでしょう。
「前世のみならず、今世まで……姐さんの間夫によくも!」
「忘八以下の屑野郎、覚悟しな……」
「この女の味方なんざしたかねぇが、お前さんみたいな男はあたしゃ大嫌いでね」
口々に鈴木を罵っちゃあ、みりみりと音を立てて歯噛みする女達。その度に走る激痛に、鈴木はただのたうち回るしかありません。
ケラケラけらけらけらけらケラケラケラケラケラケラ……
「どうせあたいらは地獄行き、手前は道連れだ……」
そう呟やき、美しい顔が何かを噛みちぎる様にぎりりと奥歯を噛み締めた瞬間、
「――っ!」
カッと目を見開き、大きく仰け反る鈴木。
その時、独房ののぞき窓が、カタン。騒ぎを聞きつけた刑務官が顔を顰めて房を覗き込み、
「――ちょっと鈴木さん、なに騒いでんの……えっ、なんだ⁉ 大丈夫か! おい、医者だ、医者を呼んでくれ!」
独房のど真ん中で口から一筋の血を垂らした鈴木が素っ裸で転がっていたもんですから、大騒ぎです。刑務官に呼ばれたドクターがすぐに駆け付け、鈴木の容態を確認すると首を振りました。
自傷の形跡なし。
既往歴なし。
酷く歪んだ顔でこと切れた鈴木の身体にゃ、所々に小さな噛み跡のようなものが残ってたそうですが、そんな跡がつくようなモンが持ち込まれてる筈もありません。あの日の夜に拘留されてた幾人かから女の高笑いを聞いたって証言が上がったそうですが、勿論そんなのぁ気のせいって事で、だーれも真面に取り合いません。
結局、家族も誰一人死因解明を望まなかったそうで、鈴木の死は突然死として片付けられることになりました。
ただそれ以来、収監されてる者の間で噂が広まったそうで。あの独房から、時折聞こえるんだそうでして。
「痛い」
「もう許してくれ」
と叫ぶ男の悲鳴と、いつまでも後を引くケラケラと甲高い笑い声が……。
……これにて『かんばせの縁』、仕舞でございます。
一目惚れは科学的に裏付けがある、なんて話も聞きますが、気持ちなんざ目ェ見りゃ分かるってぇのは、野暮天の勘違いってことも無きにしも非ず。お相手の気持ちは自分と違うもんだと思ってないと、いずれ泣きを見ることになっちまうかもしれません。あたしだって、こないだの合コンであの子が見てたのはあたしじゃなくてその隣だって気付いてりゃ……ぐすん。失礼いたしました、なんだか目から汗が……。
さて、長々とお付き合いいただきまして、まことにお有難うございます。どうぞ皆さんは愛しいお相手の心を見誤りませんよう、お気を付け下さいまし。




