―本題 ④―
「? どこだ、此処?」
気付くと、佐藤は河原に立っておりました。寂しげな景色に、
「あー、これって、三途の川ってやつ?」
なんとなく事態を察し、辺りをきょろきょろ。
「どこ見てるのさ」
背中越しに掛けられた声に振り向くと、抜いた衿も色っぽい別嬪が独り。その見覚えのある顔に、佐藤は思わず己の腹をまさぐります。が、その手のどこにも、はれものは触れません。
「お前……」
「あんた、何であたいを庇ったの」
人面疽……いえ、女の問いに困惑した風に眉を下げる佐藤。
「庇ったっていうか、そもそも俺の身体……」
「あたいを渡さねえって、啖呵切ったじゃないさ……何でだい?」
何とも言えない目を向ける女に、
「声が聞こえた気がしたんだ」
「声?」
「こいつをこれ以上悲しませたら駄目だ……ってさ」
あの声の主は己の前世だったんでしょう。自分は女を幸せにしてやれなかったが、せめて苦しみから救ってやりたいという願いが込められた言葉でした。
人面疽ももう気付いておりました。男が前世を思い出さないのは、番頭にされたことをとっくに許していたからでしょう。そんな気立ての男だからこそ、己は忘れることが出来ず、恨む振りを続けていたんだから、と。
我ながら情けねえ、と女は苦笑いを浮かべ、
「あんたはもう、帰んな」
「え? いや一緒に行くよ」
「いいから帰れ!」
「いや、そう言われても帰り方分かんねーし。ここまで来たら一緒に行くって……」
佐藤が慌てて女の手を取ります。女は佐藤をきっと睨み、
「あたいの名前も思い出せないような男はお断りさ! ええい、お放し!」
佐藤の手を振り解き、力いっぱい突き飛ばします。はずみで佐藤が川にドボン。
「あー!」
「あばよ!」
あっという間に川に流されて行く佐藤を見送る女。
「こちとら、どうせ極楽なんざ縁のねえ身だ、もう、二度と会うこたないよ」
項垂れ、やがてなにか吹っ切れた様に顔を上げ、
「行き先は決まってる。が……その前に……」
独り言ちました。
丁度その頃、病室で目を覚ました男が一人。
「あら、目が覚めましたか。分かりますか、佐藤さん。ここ、病院ですよ」
「…………」
看護師の言葉に微かに頷く佐藤。徐々にあの時の事が思い出されます。
「俺、助かったんですね」
次第に頭がはっきりしてきた佐藤に、看護師が頷きます。
どうやら、麻酔を打たれメスで一刺しされたところに警察が踏み込み、この病院に搬送されたと、そういう事のようでした。
「安心してください、傷の範囲は狭いし、内臓は無事でしたからね」
「どうして警察が?」
不思議がる佐藤に、
「通りすがりの方が通報してくれたんですよ。『誰か、この人を助けて!』って、女性の悲鳴が聞こえたんですって。けど、警察が踏み込んだ時には女性なんて居なかったそうで……あらやだ、あたしったら余計な事を。じゃ、何かあったらナースコール鳴らしてくださいね」
一人病室に取り残され、包帯の巻かれた鳩尾を撫でる佐藤。微かに痛むそこには、もう、あのふくらみはありません。
やがて佐藤の目から、つぅと一筋の涙が零れたのです……。




