―本題 ③―
んでもって、翌日の午後。
人気のないクリニックで、上半身裸になった佐藤。腹の人面疽が「よう」と挨拶をすると、医師がぎょっと目を剥きます。
「まさか喋れるんですか!」
「あたいが喋ったら可笑しいかい?」
「可笑しいだろ。いいからちょっと黙っててくれ」
佐藤から昨日の経緯を聞き終え、医師は、
「成程。それは好都合」
「好都合?」
「いえ、大分お困りのようでしたから、今日は切除を勧めようと思っていたんです。けど、話は簡単です。佐藤さん、貴方、この人面疽さんと離れたいんですよね?」
「そりゃあまあ……」
「人面疽さん、貴女は抱いている恨みを昇華したい。そうですね?」
「……ああ」
「なら、人面疽さんが私の身体に越してくればいいんです」
「は?」
綺麗にハモった佐藤と人面疽の前で医師が得意気に、
「ほら昔から、失恋には次の恋って言うじゃないですか。前世の佐藤さんへの想いが無くなれば、人面疽さんの恨みは収まるんじゃありませんか? 私がその役を担います」
医師が浮かべた笑いに、佐藤は何やら背筋がぞわり。
「いえ、先生にそんなご迷惑をかける訳には」
「分かりました。なら、アパートを借ります。佐藤さん、そこで私と暮らしましょう」
「エッ、ナンデ?」
思わず片言になって目を剥く佐藤。急にオッサンからプロポーズめいた事を言われたら、そんな風にもなりましょう。
「いえ、決して佐藤さんに対してやましい気持ちなんてありません。ただ人面疽さんと一緒に居たいだけなんです」
「え?」
困惑する佐藤と人面疽を前に、医師はもじもじと身を捩り、
「実は私……人面疽さんに一目惚れしちゃって」
衝撃の告白に、流石の人面疽も目を白黒。
「あたいはあんたの事なんて何とも思っちゃいないよ」
「今はそうかもしれませんが、努力します!」
「いや、努力とか以前に、俺の意志を無視して話を進めないでください」
「大丈夫です、ついでに佐藤さんの面倒も見ますから」
医師の熱量に人面疽が眉を顰め、
「鬱陶しいったらないねえ。あたいはこいつ以外に憑りつく心算はないんだ」
「そんなに佐藤さんを愛しているんですか?」
「な……!」
佐藤の腹が、いえ、人面疽が真っ赤になります。当然、佐藤にそれは見えちゃおりませんから、
「いや、呪いなんで。愛とかそういうアレじゃないんで。ってか、さっきからあんたが口説いてるの、そもそも俺の腹なんすよ」
心底嫌そうな佐藤を無視し、高らかに叫ぶ医師。
「愛してます! どうか私のものに!」
「エエ、いい加減におしよ、迷惑なんだよ!」
はっきりノーと言える人面疽に、すかさず己がいかに優良物件かを売り込む医師。
「私は皮膚科医です。貴女の為に、毎日完璧なスキンケアをお約束します。服だって、肌に負担のかからないものに全部買い替えます。私にはそれだけの……お金があります!」
正直、ドン引きです。医師の力強い言葉に佐藤が、いえ、人面疽ですらドン引きです。
「恋愛にお金を持ち込むとか、人としてちょっと……」
「野暮な男だねェ……」
「お金がなきゃ何にもできないでしょ⁉ 経済力は十分魅力でしょうが!」
カメムシでも噛んだんじゃって顔を医師に向けた佐藤の目の端で、何やらきらりと光るものが。
「……あんた、結婚してるんでしょ?」
医師が慌てて左手の薬指を隠します。
「……妻との仲は冷え切ってて……」
こんなテンプレート中々聞かんわ、ってな科白に呆れ顔の佐藤が、
「じゃ、別れたらいいじゃん。金、あるんすよね? 慰謝料払って別れて来いよ。話はそれからだ」
「そういう訳にはいかないの! このクリニックは妻の実家が建てたものなの! しかもお義父さんは私の恩師なの! 妻に落ち度が無いのに別れたら、追い出されちゃうの! 私、文無しになっちゃうでしょうが! これまで愛人も作らず真面目にやってきた、誠意ある人間なんです。せめて一目惚れした相手と一緒になりたいって思ったらいけませんか? あなただって、人面疽さんに迷惑してたんでしょ? 私は、そのお荷物を引き取ってやるって言ってるんですよ」
身勝手な医師の言葉に、佐藤がぶち切れました。
「そんなこと平気で言う奴の何処に誠意があるんだよ! 増々こいつを渡すわけにいかねー! こいつは俺のもんだ!」
そもそも佐藤がどう思おうが人面疽をどうこう出来るわけでもありません。まあ、売り言葉に買い言葉ってやつです。が、思わぬ相手に刺さったようで、
「なっ、ばっ馬鹿……だだだ誰があんたのもんだってんだい!」
言葉と裏腹に真っ赤になった人面疽。その様に、佐藤も途端におろおろ。満更でもなさそうなふたりに、医師がとうとう癇癪を起こし、
「なにをいちゃついてんですか! いいから、その女を渡しなさいよ! 前世っから、あんたの愚図な所には困らされてたんですよ!」
「……は?」
「……前世って、先生……」
寸の間、しまった、って顔をして、すぐに開き直った医師。
「ええ、あんたに追い出された番頭です。お二人共、全然気付かないんだもの……って、私も昨日思い出したんですけどね。ま、いいや。えい!」
開き直った医師が、隠し持っていた注射器を佐藤の手の甲にぷすり。慌てて立ち上がった佐藤が診察室を飛び出してすぐ、へなへなと座り込みました。
「筋弛緩剤です。いざという時の為に用意しておいてよかった……よいしょっと」
医師が佐藤を診察台に引っ張り上げ、麻酔マスクを被せるとすぐ、佐藤の意識はなくなりました。
「……まあ、前世でもやっちゃったし、今生でもそういう運命だってことで」
「あんた、まさか……」
眠気に抗いながら必死で睨む人面疽に、医師がにっこり。
「あいつも刺してやった簪だ、これはせめてもの情けさ……って、あの時言ったじゃないですか。ああ、もう聞こえて無かったんですね」
前世の佐藤から急に音沙汰がなくなったのは番頭の手にかかってたからで、決して女を裏切ったからじゃなかったんです。
「畜生……あたい達を、どうする心算だい……!」
「予定通り佐藤さんから離れて貰おうかと。大丈夫、私は貴女を痛めつけたい訳じゃない。ほら、ちゃんと麻酔もしたでしょ? 佐藤さんは処分しますが、貴女は大事に保管します……今度こそ、貴女は私のものだ」
お洒落な瓶を用意しますから、それまでは色気のないで容器で我慢してくださいね……にやにやと笑う医師の握ったメスが、天井の光を鈍く反射しました。




