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―本題 ②―

 さて、アパートに帰り着いた佐藤ですが、どうにもできものが気になっちまって仕方ありません。気を逸らそうと他のことをしていても、ついシャツの上から撫でちまいます。スマホで動画を観ている間も、腹をひと撫で……すると。


「こそばゆい!」


 突然響いた威勢のいい声にスマホを取り落とし、辺りをきょろきょろ。


「いい加減お気付きよ、このすっとこどっこい!」


 どうも己の腹から聞こえてきてるとしか思えません。恐る恐るシャツをたくし上げると、


「目ぇ開いてる!」


 できものとバチンと目が合いました。あまりのことに呆然とする佐藤に、


「やい、あたいのこの(つら)ぁ見て、なんか言う事ないのかい?」

「喋った!」

「そりゃ目も開くし、口も利くさ。せっかく憑りついたんだからね」

「憑り……えっ、何、どゆこと?」

「そらっ惚けるんじゃないよ。人の寝てる所で馬鹿騒ぎしやがって、五月蠅くて目ぇ冴えちまったじゃないか! しかもその中にゃ、どうにも覚えのある男が交じってるときたもんだ。なんだい、ぽかんとして……あの寺でのことだよ」


 できものの話を聞いて、佐藤にも思い当たることがありました。

 丁度一月ほど前のこと、数少ないリア充の友人に数合わせで参加させられた飲み会の帰りに、皆で面白半分に心霊スポットに訪れたことがありまして。

 そういやあそこは、所謂「投げ込み寺」の跡地じゃなかったか。


 投げ込み寺ってのは身寄りのない方々の骸を引き受けてた寺ですから、未練やら怨念やらがわんさか残ってたっておかしかありません。

 思い起こせば、できものが出来始めたのもそのころのことでした。


「まさか、あの時の肝試しで?」

「そうさ、あん時に憑りついたのさ。永の恨みを晴らしてやろうと思ってね。あんたが言った『ずっと一緒に居ておくれ』って通りにしてやったんだ」

「言ってない言ってない! そもそも、永の恨みって⁉」


 人面疽は、身に覚えのない言葉に半泣きの佐藤をじろりと()め上げ、


「あたいがあそこに葬られたのは、前世のあんたに裏切られたせいだ。忘れたとは言わせないよ!」

「ぜ、前世? いや、忘れたよ⁉ 覚えてる訳なくない、そんなの⁉ 大体、何の根拠があるんだよ。人違いの可能性もあるだろ」


 そらそうです。が、


「……確かに今のあんたは、あん時の二枚目とは思えない位貧相で頭も悪そうで身体もだらしないし、おまけに臭い」

「お……おぅ……」


 あんまりな言葉に目を剥く佐藤。己の腹とは言え、殴りつけてやろうかとも思いましたが、


「……けど、あたいが見間違う訳無いだろ。一時(いっとき)は心底惚れた男なんだ……」


 ぽつりとつぶやかれた言葉から伝わる哀し気な響きに、毒気を抜かれちまいました。


「何時気付くかと思って黙ってりゃ、詫びの一つも言ってこねえ。態々時を移して顔見せしてやったのに、薄情なあんたは、あたいのことを思い出しもしなかった。忘れたってんなら、思い出させてやるよ……あたいはね、女郎だったんだ。大門の内じゃなかったけどさ」


 人面疽の話によりますと、お江戸にゃ有名な吉原遊郭以外にも、「岡場所」と呼ばれる私娼地があちこちにあったんだとか。当時遊女だった人面疽は、そんな場所に建つ見世の一つで客をとってたんだそうです。吉原よりも手軽に遊べる岡場所でしたが、女が居たのはその中でも人気店だったそうで、客筋はまずまず。


「こう見えて、稼ぎ頭でね。『吉原の太夫より、よっぽどいい女だ』ってさ」


 本人の言う通り、人面疽じゃ無きゃ一目惚れしそうな程の別嬪です。

 人面疽がまだ人だったその頃。悪友に無理矢理見世に連れて来られたというその男は、そこそこのお店の旦那だって事でした。男振りは良いですが、女性に対してはえらく初心で、こういう遊びに慣れてないんだよ、と整った顔を赤らめる様に見世の女達が色めき立ったそうです。


(馬鹿馬鹿しい。どんないい男だろうが客は客。金さえ払や、どいつも一緒さ)


 と、置屋の隅で明後日を向く女。それがかえって目に留まったんでしょう。


「それがあんたとの縁の始まりさ」


 それ以来、女の元に通うようになった男は、いつだかの寝物語で己の身の上を語ったそうです。

 自分の成人前に両親が儚くなってしまい、残された店を番頭と二人で必死に大きくしてきた。自分はこんなに恵まれているというのに、情けないことに己を温めてくれる手に飢えているのだ。どうかずっと一緒に居ておくれ……と。


 女の手を握りしめ、大きな体を小さく丸めて眠る男に、何時しか女も絆されちまいました。

幸い男には、それなりの金を用意できる稼ぎがあるってことで、自然、女を身請けしようって話が持ち上がりました……が、それを面白く思わない者が一人。


 男のお(たな)の番頭です。


 番頭からしたら、男も店も自分が大きくしてやったようなもんって思いがあったんでしょう。条件のいい見合い相手が腐る程居る大事な旦那を誑かす女郎なんぞ、邪魔でしかありません。男に内緒で見世を訪れ、身を引くよう言い含めるべく女を指名しましたが、思わぬことが起きちまいました。


 女の美しさに、番頭が一目惚れしちまったんです。


 当初の目的も忘れ、あんな青二才より自分の方がいい男だと猛アピールする番頭に、女はうんざり。体よく追い返しましたが、まー、それからも、しつっこいこと。女の趣味じゃない簪やら何やらを押し付け、突っ返されると「自分を選ばないと後悔するぞ」てなことを長々書いた手紙を毎日のように送り付ける。挙句、見世に押しかけ大騒ぎする始末です。今なら間違いなくストーカー規制法案件でしょう。


 程無く、番頭の行為は男の知る所となりました。と、同時に、女への贈り物を男の店の金で賄っていたことも発覚したもんですから、もう番頭を店に置いとくわけにゃいきません。

 とは言え、男にとっちゃ身内同然だった番頭ですから、これまで店に尽くしてくれた恩もあるってんで、永久にお江戸を出ることでそれ以上罪を問わない、と話を決着させた様でした。

 その後始末で暫くお前の元に通えないが勘弁しておくれ、そう書かれた男からの手紙に、「まったく、人の好い男だよ」と女は苦笑い。ならば自分もこれまでのことは水に流してやろう、とそんな風に思っておりました。


 いよいよ番頭が江戸を去るのが間近なある日。

 番頭に一声だけでもかけてやってくれと男から言伝(ことづて)があったもんで、仕方なくストーカー男を見世に招いてやると、流石の番頭も殊勝に詫びを入れてきました。そういう事ならと、女も穏やかに別れの言葉を掛けてやると、


「最近、旦那様はお前さんの元に通ってないだろう? なんでか知ってるかい? あたしの始末をつける為じゃない、あんたに飽きたからさ」


 番頭が、いかにも気の毒げにそんなことを言い出しました。


「あんたが知らないだけで、旦那様にゃ縁談が持ち上がってるんだ。あたしがここに寄ったのは、それを教えてやろうって親切心からだよ」


 その言葉に身を固くする女。実際男からの連絡は、番頭の為の言伝以外はめっきり梨の礫です。


「あたしはあんたが好きなんだ。ほら、ここに頂いた慰労金がある。これであんたを身請けするから、一緒に江戸を離れてくれ。旦那だって承知だよ」


 番頭の言葉に傷つきながらも、女は冷静に、


「そんなはした金で足りるもんか。あいつのことを抜きにしたって、あんたのこたあ嫌いなんだ。例え金が足りても、身請けなんてまっぴらだ」


 女の言葉に、頭に血が上った番頭は懐に隠してた簪を取り出し女の首をぐさりと一突き。

 そんなこんなで、女は投げ込み寺に放り込まれることになったんだそうです。


 と、ここまで黙って話を聞いていた佐藤は首を傾げ、


「ん? それって、番頭が悪いだけで、旦那はあんま関係なくね?」

「何言ってんだい! あんたの言伝が無きゃ、番頭に会ってやる義理なんて無かったんだ。あたいを裏切ったあんたが悪い」


 断言する人面疽の言葉に、いいがかりじゃん、という言葉を呑み込み、


「あのさ、俺の前世が本当にその旦那だとしてよ? お前、俺に憑りついて何がしたいの?」


 よくよく考えればこの一月、特に何もされちゃいません。こうして話が出来るんだし、いい落としどころが見つかるんじゃないか。佐藤にはそんな風にも思えたんでしょう。


「もし、俺に出来ることがあれば……」

「あたいは、この苦しさをどうにかしたい。こうなったら、あんたを取り殺せば気が晴れると思うんだよ」


 前言撤回です。思った以上におっかないことを考えているらしい人面疽に、佐藤は慌てて、


「待て、早まるな! 要するに、楽になれればいいんだよな? そうだ、明日また医者に行くから、話を聞いて貰おう。ほら、デリケートな話は、第三者に間に入って貰った方がいいこともあるから!」

「適当言いやがって。まあいい。あたいから逃げられるとお思いじゃないよ」

「わ、分かったよ……ただ、仕事中なんかは静かにしててくれ。他の人に迷惑になったら悪いしさ」

「あんたの言う事を聞いてやる義理は無え」


 その後もぶちぶちと文句を言い続ける人面疽を何とか宥めつつ、長い一日を終えたんです。

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