―本題 ①―
「やべえ……毛まで生えるとか、なんなのこれ……」
何処にでもあるごくごく普通のアパートの一室で、上半身素っ裸の男が一人。
男は手に持った卓上用の鏡に、お世辞にも鍛えられているとは言えない生っ白いひょろひょろボディを映しております。
この男の名は佐藤。よく、「知り合いに一人は居そう」なんて言われるタイプです。
さて、何で佐藤がそんなことをしてるかってえと、別にナルシシズムからってわけじゃありません。実は、鳩尾に握りこぶしほどもあるできものが出来ちまいまして、普通に腹を見下ろしたんじゃ細かいところが分からないんで、鏡で確かめてたって次第です。
なんでそんな方法で確かめてたって? そりゃあれですよ、こんなのを見せられる程の仲の友人も恋人も居ませんからね、こうでもするしかないって訳です。
兎に角、そのできものときたら、見れば見る程人の顔っぽい。卵型の輪郭の中、眠るように瞑った目元には眉毛や睫毛迄生えてます。せめてもの救いは、その顔が決して化物じみてはいない、寧ろ、整っているって事でしょうか。
鳩尾辺りに小指の爪程のできものが触れたのは、一月ほど前の風呂に入ってる時の事でした。
初めのうちは、痛くも痒くもないんで大して気に留めても無かったんですが、段々と大きくなってきてる気がするし、表面も凸凹し始めて、こりゃいよいよヤバいんじゃないかと近場の皮膚科クリニックに駆け込んだのが二週間ほど前の事。
その検査結果がいよいよ今日出るってんで、佐藤はシャツを羽織り、溜息を吐きながら時計をちらり。
「大したこと無きゃいいけど……」
不安に顔を曇らせつつアパートを後にしました。
到着した皮膚クリニックのロビーで、そわそわと待つこと十分程。診察室から名を呼ばれ、
「失礼します……」
「こんにちは。どうぞお掛けください」
医師に勧められるまま椅子に腰を下ろすと、
「早速ですけど、お腹のできものね、悪性腫瘍の類じゃありませんでした。安心してください」
笑顔で告げられた言葉に、肩から力が抜けました。レントゲン、エコー、細胞診も悪性の兆候はないとのことで、ようやく、佐藤の顔に笑顔が戻ります。
「よかった……結局、何なんでしょう?」
「うーん、正直、よく分からないんですよね。脂肪腫でもなさそうだし……」
検査結果だけ見ると何にもない状態と変わらないのに、確かに腹部は腫れている。医者が首を捻る様子に、再び不安を覚える佐藤。己の腹を指差し、
「実はこれ、また大きくなってて……本当に大丈夫なんですかね?」
「大きくですか?」
「はい……それに何だか、顔みたいに見えるんですけど……あの、これって、その……人面疽って奴じゃないかなって」
「人面……確かに凹凸はありましたけど……まあ、ちょっと拝見しましょうか」
佐藤の言葉に、つい、ふすっと鼻息を漏らす医師。佐藤がシャツをたくし上げると、晒されたなまっ白い腹をまじまじと眺めた医師の眼が大きく見開かれました。
「……二週間前より、随分と大きくなってますね」
「はい」
「…………確かに顔っぽいですね」
「はい」
「……………………美人、ですね」
「はい?」
鈴木は指先で佐藤の腹に触れ、
「すべすべですね。保湿剤塗ってます?」
「いや、変に触んない方がいいかと思って、特には」
「眉毛や睫毛まで……つけまでも?」
「……これまでの先生の人生で、できものにつけ睫毛する人間に遭遇したことあります?」
「唇も艶々ですね。リップクリームでも……」
「塗ってませんて。先生、真面目に診てくださいよ」
不満気な佐藤の言葉に、医師はできものから片時も目を離さないまま暫し考え込むと、
「……明日って、来られます?」
「えっ、明日ですか? ちょっと待ってください」
腹丸出しのままスマホでスケジュールを確認する佐藤。見え張ってそんなことしなくても予定なんてありゃしません。幸い繁忙期でもありませんから、仕事は午後休を貰えば済む話です。
が。
「来られますけど……明日って休診日じゃなかったでしたっけ?」
「ええ。どうやら貴重な症例のようですから、休診日なら、ゆっくりしっかりはっきりじっくり診察できますよ」
「やっぱりこれって、悪性の何かなんですか⁉ 本当に人面疽⁉」
佐藤の胸に不安がギューンと広がりますが、医師は笑顔で、
「先程お話した通り、検査結果は問題ないですし、そんなに心配しなくて結構ですよ。まあ人面疽なんて呼びたくなる気持ちも分からなくはないですけど、あくまで念の為です。ただ、私の一存での診療って形になりますので、外来の患者さんに診療日だと思われるとちょっと………申し訳ないですが裏口から入って来て下さい。口外も無用でお願いしますね。あ、もうお腹はしまっていいですよ」
「折角の休みの日にいいんですか?」
「構いませんとも。医は仁術です」
親切な言葉に胸を撫で下ろし、ついでにたくし上げたシャツも下ろす佐藤。
「ありがとうございます。それじゃあ、よろしくお願いします」
「ええ。では明日、お待ちしてますよ」
医師の笑顔に、いい先生に当たって助かった、と、佐藤はありがたさを噛み締め家路に就いたのです。




