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九条葵は償いたい ~その献身には理由がある~  作者: 神崎水花
第四章 誰よりも短い至上なら、せめて誰よりも濃密に

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第95話 赤いスマートフォンの秘密

「あー、面白い。もう、面白過ぎてお腹痛いんだけど」


 高階さんがお腹を抱えて笑っている。

 健太のあまりに剥き出しな煩悩と、それを班長である俺に縋ってまで叶えようとする必死さが、どうもツボに入ったらしい。


「う、うるーせな! 俺は真剣なんだよ。で、どうなんだよ。誘ってくれるのかよ」


 健太が顔を真っ赤にして詰め寄るものの、肝心の高階さんには全く効果がない。

 それどころか、彼女はふうと息を吐きながら、ふと思いついたように表情を改めていく。


「……その前にさ。えっと、その。……私も、この班に入れてもらえるんだよね?」

 

 ──ずるい、と思う。

 ついさっきまで大笑いしていたはずの高階さんが、ふいに見せた所在なげな上目遣い。

 九条さんにしろ高階さんにしろ、どうしてこうも絶妙なタイミングで、男の防波堤を易々と飛び越えてくる術のか。

 

 拒絶なんて万に一つもあり得ないその問いに、健太が案の定、パンを放り出さんばかりの勢いで身を乗り出した。

 そして、盛大にやらかす。


「今更かよ! お前がいない班なんて面白くないだろ!」

「お前言うな! 小園の分際で生意気よ!  それに、あんたに聞いてないし。今は、班長に聞いてるのよ」


 ピシャリと言い放ち、高階さんがスッと俺に視線を移す。

 その瞳には「ほら、班長らしくバシッと言ってよ」という期待の光が宿り。

 相対す健太はといえば、彼女の剣幕に「うっ、……サーセン」とばかりに首をすくめ、おずおずとした視線を彷徨わせている。


「あー、『お前』は、女子相手にはなかなかのパワーワードだからな……。怒られても仕方がない。ちゃんと謝っとけよ、健太」


 友はもはや完全に、高階さんのヒエラルキー下に組み伏せられた格好。俺に促され健太は襟を正すと、柄にもなく殊勝な態度で手を合わせる。

「……わりぃ。つい口が滑った」

「もう、いいわよ。そういうキャラなのは分かってるし」

「そういうキャラって、何だよ……」

「なに、文句あんの?」

 

 高階さんが、どこか勝ち誇ったように「ふんっ」と鼻を鳴らす。

 九条さんは九条さんで、そんな俺たちの喧騒を面白そうに眺めながらも、俺の唇から零れる答えを静かに待っている。

 やれやれ。

 三者三様の視線に射抜かれ、いよいよ逃げ場を失った俺は観念する。

 騒がしい昼休みの喧騒を意識の端に追いやり、俺は真っ直ぐに彼女の目を見据えて答えた。


「むしろ、こちらからお願いするよ。高階さん。俺たちの班に入ってくれ。……俺は、この四人で何かをするのが好きなんだ。頼むよ」


「……!?」

 虚を突かれたように高階さんが目を見開く。

 飾り気のない俺の本音に、彼女の頬がわずかに色づいた。けれど彼女はすぐに持ち前の調子を取り戻すと、勝ち誇ったように健太を指さす。


「ほら、これよ、これ! 小園も少しは見習いなさい。さすが水無月くん、分かってるわ~」

「へいへい、分かりましたよーだ……。でもこれで決定だな。最強の四人だぜ」

 健太が満足げに、食べかけの焼きそばパンを大きく頬張る。


 最強の四人ね。

 その親友の言葉に、少しだけ意地悪をしてやりたくなった。俺はあえてとぼけた声を上げて、矛盾に鋭く釘を刺してみる。

 

「なんだ。なら、長谷川さん誘わなくていいのか」

「……え?」

「最強の四人なんだろ? だったら、これ以上誰かを誘う必要なんてないよな?」


「ぐわっ、しまったぁぁ!!」


 俺の追い込みに、健太が机に突っ伏して悶絶する。

 そういえば、酒々井さんに振られたあの日。「もう胸は見ない」なんて殊勝なことを抜かしていた気がするが、お前、本当に大丈夫なのか?


 長谷川さんといえば、このクラスでも一、二を争うほど、発育が極めて豊かなことで知られる女子だぞ。将来は間違いなく酒々井さんのような、あの圧倒的な山脈を抱く大人の女性になるだろうと、確信に近い予感さえ抱かせるほどに。


『ポコン』

 ──ん? また九条さんから個別メッセージ? 

 不自由な左手で器用にスマホを覗き込むと、そこには予想外の言葉が並んでいた。


 九条葵:「やっぱり女ったらしなのね(泣)」

 

「えっ!?」

 二人がいるにも拘わらず、思わず隣の彼女を見てしまう。


 澄ました顔でお茶を飲んでいるけど、わずかに尖らせた唇の端に、隠しきれない不機嫌が滲んでいるようにも見えて。

 笑ってはいけないのに、つい頬が緩んでしまう。

 参ったな。……くそ可愛いじゃないか。


 どうやら、健太のことを心配してる場合じゃないみたいだぞ。



「あれ? 蒼、お前スマホ変えたのか?」

「ん? ああ」

「……それ、九条さんと同じ色じゃね?」


 ピキッ。

 健太の何気ない言葉に、俺の心臓が嫌な音を立てて跳ねた。

 こいつ、こういう時だけは妙に勘が鋭いんだよな。

 背中を冷たい汗が伝う。不自由な左手で握るスマホが、急に熱を持ったかのように重く感じる。

 どう、返すべきか……。


「ああ、それね」

 九条さんは特に動じる様子もなく、いつもの完璧なる微笑みを健太に向ける。


「事故で水無月くんのスマートフォンが壊れてしまったの。だから、私が予備で持っていたものを譲ったのよ」

「そうだったのか。よかったな蒼。最新機種の予備貰えるなんて羨ましすぎだろ。しかも九条さんと同じ色とか」

「赤、かわいいじゃない。い~な~。私も次は赤にしようかな」


「でも……男の子に赤は、申し訳なかったかしら……」

 彼女が少しだけ眉を下げ、気遣わしげに俺の顔を覗き込む。


「……いや、そんなことないさ。本当に助かってるし、色は、気にしてないから」

 これは、半分嘘だ。

 本当は、彼女と同じ色で嬉しかったりする。

 

 悟られないようそう返すと、彼女は満足そうに目を細める。

 ふう、直前までメッセージで「女ったらし」と送りつけてきた人物とは思えない、鮮やかな切り替えの速さに、ドギマギさせられるばかり。

 

「そ、そんなことより、どうする? 長谷川さんを誘うなら早い方がいいだろ。ちんたらしていたら、他の班に入ってしまうかもしれないぞ」

 俺が努めて冷静に先を促すと、高階さんも「そうね」と頷いた。


「声だけは早めにかけておいたほうがいいかも。長谷川さん、おっとりしてるからすぐ決まっちゃいそう」

「なら、今から一緒に聞いてみるか?」

「え、いいの?」


 少し意外そうに目を丸くする高階さん。

 俺は「一応、班長だからな」と軽く笑って、立ち上がる。


「いってらっしゃい。班長さん」

 背中に届いたその声は、春の陽だまりのような温かさ。 窓から吹き込む風が、カーテンを優しく揺らしていく。


 不自由な左手に握られた赤いスマホが、初夏の光を反射してキラリと輝いている。こいつの待ち受けだけは、絶対に見られる訳にはいかない……。


 なぜなら。

 そこには、パフェを頬張る君の、本当に幸せそうな瞬間が映っているから。

 君すら知らない秘密が、そこには確かに息づいている──

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