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九条葵は償いたい ~その献身には理由がある~  作者: 神崎水花
第四章 誰よりも短い至上なら、せめて誰よりも濃密に

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第67話 Dear Aoi, From Sou.

 彼女の顔が、さらにボンッと音を立てて沸騰する。

 けれど、拒絶なんてできるはずもないし、させる気なんて毛頭ない。


 今まで人を散々、その魅力で悶えさせておいて……。

 案外、君もこの手の攻めには弱かったんだな。予想もしていなかった、嬉しい誤算だよ。

 

 彼女は潤んだ瞳で上目遣いに俺を見つめると、ついに観念したように、小さく震える桜色の唇を開いた。本当に、小鳥が餌を待つような慎ましさで。

「……ぁ、ーん……」


 とても小さな一口。

 吸い込まれるように、銀色のスプーンが彼女の口へと消えていく。

 

 いま君のその可愛らしい口の中に広がるのは、ほろ苦いカカオの深みと、鮮烈なビターオレンジの酸味。そして、バターの風味豊かなフィナンシェの濃密な甘さだ。

 俺の確信は、確かな手応えへと変わる。

 君は絶対に、これを気に入ってくれるはずだ。



「……んぅ……おい、しい……」

「そう? よかった」


 口元に手を当て、幸せそうに、そして慈しむように咀嚼する彼女。

 その瞳は蕩けるように甘く、熱っぽく。

 パフェの甘さよりもなお濃厚な情愛が、隠しきれずに溢れ出しているみたいに。


 それから、半分ほど食べ進めたところで。

 俺はふと手を止めると、スプーンの柄を彼女の方へと向けた。


「……ほら。あとは自分で食べてごらん」

「えっ」


 唐突な「甘やかし」の中断。

 彼女は一瞬、きょとんとした顔をした後──安堵と寂しさが入り混じったような、なんとも複雑な表情を浮かべていた。

 わかるよ。俺もそうだったから。

 ようやく、この死ぬほど恥ずかしい『公開処刑』から解放される安堵。けど、向けられていた温もりが離れてしまう、名残惜しさ、だろ?

 そんな透明な乙女心が、差し出された指から手に取るように伝わってくる。


「……うん。ありがと」


 彼女は小さく頷くと、おずおずとスプーンを受け取った。

 そして、まだたっぷり残っている生チョコを掬い上げ、無防備に口を開ける。


 ──狙い澄ました、絶好のタイミング。

 パシャッ。


 静かな店内に、スマホのシャッター音が軽快に響いた。


「……え?」


 一口分を口に含もうとした姿勢のまま、彼女が再び彫像のように固まる。

 俺は手元のスマホ画面を確認し、満足げに頷いた。

 小さくガッツポーズを付けたっていい。

「よし、完璧だ」

 画面の中には、世界で一番幸せそうにパフェを頬張る、あの九条 葵が……。最高に可愛い女の子が映し出されている。

 実は、これが俺にとって初めての一枚。

 ようやく手に入れた、記念すべき一枚なんだ。


「あ、蒼くん……!? 今、何を……」

「いや、さっきの他校生じゃないけどさ。……俺、君の写真なんて一枚も持ってなかったからさ」

「え、でも……」

「この写真は、パフェへのお礼ってことで」


 そう告げると、彼女はポカンと口を開けたまま、数秒ほどフリーズ状態に入り──


「──あッ!!」

 

 突如、悲鳴のような声を上げてガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。

 その豹変ぶりに、今度は俺が驚く番だ。


「う、嘘……私ったら、なんて愚かなことを……っ。信じられないわ!」

「え、ちょ、どうしたの? 怒った?」


 やはり、食事中の不意打ちはマナー違反だったか。

 俺が慌ててフォローしようとしたその矢先、彼女は絶望に染まった顔で、自身の頭を抱えて激しく振り始めた。


「ち、違うの……。ああ、私……っ! 蒼くんが初めて作ってくれた、世界に一つだけのパフェなのに……!」

「うん?」

「写真を撮る前に、食べてしまったの~~~~!!!」


 彼女はその場に崩れ落ちんばかりに項垂れる。

「写真に残しておきたかったのに……! 一生の宝物にしたかったのにぃ……!」

「……そ、そこまで?」

 一生、なんて大袈裟な。

 

 けれど、撮られたことへの抗議ではなく、撮り忘れたことへの本気すぎる後悔。

 幸せと不幸せが同居したその絶望的な嘆きに、俺は思わず吹き出してしまった。

 ホント、君は、変わらないな。

 二人のことに関しては、どこまでも一生懸命だ。

 

「あー……わかった、わかったから」

 俺は熱い耳をごまかすように、軽く頭を掻いた。


「同じもので良ければ、また作るよ」

「……え?」

「だから、元気出して。次はちゃんと、食べる前に撮る時間をあげるからさ。ね? 九条 葵さん」

「うぅ……本当に? 絶対?」


「ああ、約束だ。……ほら、今日はこれで我慢して」

 俺は、彼女と揃いのスマホを操作し、画像を送信する。


「俺がさっき撮った、世界一幸せそうにパフェを食べてる『誰かさん』を送っておくよ。クマーもまだ写ってるだろ?」

「ああっ、食べてるところじゃない!?」

 彼女は慌てて自分のスマホを確認し、今日一番の、真っ赤な顔で固まった。

 その画面の中には、頬をリスのように膨らませ、幸せそうに目を細める自分の顔が写し出されているに違いない。


「た、食べてるところは駄目よ。いますぐ消して!」

「どうして?」

「だ、だって……不細工だもの。こんな顔……」

 彼女は消去ボタンを押そうか迷うように、指を彷徨わせる。


「そう? リスみたいで可愛いじゃん。俺は、こっちの方が好きだけどな」

「う、ぐ……っ」

 可愛い、という直球の言葉に、彼女は言葉を詰まらせる。

 そう言われてしまえば、彼女にこの写真を消すことなんてできるはずもない。

「それに。……もし君が自分のを消したところで、あんまり意味ないよ?」

「え?」

「オリジナルは、こっちにしっかり保存してあるからさ」

 俺は自分の胸ポケットをポン、と軽く叩いてみせる。

 

「も、もう! 蒼くんの意地悪……!」


 彼女がそれでも抗議しようと顔を上げた、その時だったんだ。

 ふと、彼女の唇に目が止まってしまう。

 夢中で食べていた名残。甘い夢の残滓が、桜色の唇の端に、ほんの少しだけチョコクリームとして残っていたから。


「ちょっと待って。動かないで」

「え……?」


 俺は自然な動作で手を伸ばすと、彼女の唇についたその茶色の甘塊を、親指の腹で優しく拭い取った。

 ビクリと、触れた指先から彼女の肩が跳ねたのが伝わった。けれど、止められない。止める気もない。

 彼女から離した親指を、そのまま迷うことなく、自分の口へと運ぶ。


「あ……」

「ん。……思ったより、甘いな」


 次作ってあげるときは、もう少し甘さを控えるか……。

 そんな思考を盾にしながら、舌先で彼女の熱が残るチョコを舐め取り、微笑んでみせる。

 世界でたった一人の君に。


 顔どころか、首筋、耳、その指先に至るまでもが。

 全身を一瞬で沸騰させた彼女は、パクパクと金魚のように口を開閉させた後。


「~~~~~ッ!!!」


 言葉にならない悲鳴を上げ、テーブルに深く突っ伏してしまった。

 プシュー、という擬音が聞こえてきそうなほどのオーバーヒート。これ以上何かを言えば、本当に気絶してしまうかもしれない。


 初めて触れた、彼女の唇。

 それは想像していたよりもずっと、柔らかくて、熱かった。


「はは。ごちそうさまでした」


 俺は満足げに呟くと、まだ微かに残る甘い余韻を楽しむ。

 パフェの味か、それとも、彼女の体温か。


 まったく。

 君のおかげで、俺の今日という日はまた、何よりも輝いている。

 ──ありがとう。


 そして。

 君は言ったよな。飾り立てられた自分ではなく、自分の『心』を大事にしてくれる人の隣を歩きたいって。

 俺は、その『答え』に少しは近づけただろうか。

 いつかまた、君自身の言葉で教えてくれよな。

 第67話、お読みいただき本当にありがとうございます。作者の神崎 水花です。


 ここまでの物語を「楽しかった!」「続きが気になる!」「九条さん可愛い!」と少しでも思っていただけましたら、ぜひ下の「☆☆☆」を「★★★」に変えて、本作を応援していただけると執筆の励みになります。


 ブックマークや感想も、どうぞお気軽に。それでは、次話でお会いしましょう。

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