第61話 文武の両雄、撃沈さる
二人は静まり返るロータリーを後にし、校舎へと歩き出す。
背後に、石像のように固まった先輩と、呆然とする生徒たちだけを残して。
……だが、始まった学院の狂乱は、これだけで終わらない。
徹底的な拒絶劇を見せつけられて尚、暴走した男たちの恋心は止まらなかったのだ。
むしろこれが、仇となってしまっていた。
「あの佐伯先輩ですら振られたんだ。俺如きが玉砕しても当たり前」
「どうせ無理なら、当たって砕けろだ」
「もしワンチャンあれば伝説!」
「モデルに告白できるチャンスなんて、一生に一度しかねぇ」
そんな、勝手極まりない理屈があるかよ。
振られることへの心理的ハードルが著しく下がってしまったことによる、本人の都合を完全に無視した特攻じみた告白ラッシュ。
これが、地獄の始まりであり、聖諒学院高等部に消えることのない不滅の金字塔を打ち立てた『九条 葵伝説』の、新たなる幕開けだった。
まあ、本人はこんなこと、ビタ一文望んでないんだけどね……。
それは同じ日の、お昼休みの一幕。
俺と健太、そして高階さんと九条さん。いつもの四人で楽し気に机を囲んでいると、二年三組の教室へ、サッカー部の主将が仲間を引き連れてやってきた。
クラス中が「またか!?」とどよめく中、使者は自信に満ちた足取りで彼女の席へと直行する。
来たのは主将本人ではなく、パシリにされた取り巻きの一人。
「九条さん。キャプテンが呼んでるから、ちょっと廊下まで来てくれるかな」
突然の呼び出しだというのに、九条さんは嫌な顔一つ見せず、静かに箸を置いて席を立つ。
それから教室の出入り口へと向かい、ガラリと引き戸を開けた。
するとそこには、廊下の壁に背を預け、キザに腕を組んで待つサッカー部主将、坂口の姿があって。
彼女は廊下へ一歩も出ることなく。
スライドドアのレール一本隔てて、教室の内側に立つ九条さんと、廊下に立つ主将の視線が交差する。
「はい、何でしょうか」
「呼び出して悪いね。いや、俺、ずっと君のことを見ててさ。マジで好きなんだ。俺と──」
「ごめんなさい。お食事中ですので」
「えっ、ちょ、何?」
「失礼します」
ガラガラガラ! ダンッッ!
主将の言葉がまだ終わっていないのに、教室のドアが無慈悲な速度で閉められた。
物理と音、その両方による完全なる遮断だった。
え、嘘だろ? 閉めちゃうんだ、そこ……。
彼女らしからぬ冷淡さに、俺はピックを持ったまま固まる。
普段の九条さんなら、たとえ興味のない相手であっても、最低限の礼儀は尽くして断るはずだよな。
もしかすると、自分の足で来ず、使いを寄越して呼びつけるという横柄な態度に、少しご機嫌を悪くしてしまったかもしれないな。
九条葵はおかんむり〜その献身には理由がある〜
なんつって。
磨りガラスの向こうで、サッカー部主将が口を半開きにしたまま凍りついているのがシルエットで分かり、少しだけ哀れを誘う。
「ちょ、待ってよ九条さん、俺だよ!? サッカー部主将の坂口だけど!? ねえっ!? こう見えて将来安泰なんだぜ?」
扉の向こうから、くぐもった悲痛な叫び声──もとい、自分自身の浅ましい売り込み文句が聞こえてくる。
けれど、そんなものが彼女の心へ届くはずもなく。
その白く細い指が再び、そのドアを開くことはなかった。
「はぁ、間に合ってます」
扉の向こうに向かって、彼女は冷ややかに言い放った。それはまるで、興味のないセールスを追い払うかのような、とても事務的なもの。
号外! サッカー部主将坂口、秒殺さる。
三年・学業トップテン常連の佐伯に続き、名門サッカー部を束ねる彼までもが、あえなく撃沈した。
両先輩の持つ輝かしい肩書きも、「将来安泰」という必殺のアピールポイントも、今の彼女にとっては食事の邪魔をする雑音でしかなかったらしい。
「お待たせしてごめんなさい」
何事もなかったかのように席に戻り、九条さんは再び優雅に箸を手に取る。
あまりの通常運転ぶりに、高階さんが頬を引きつらせた。
「……えぐくない? もうこれで何件目よ」
「ここまで来たやつだけで、三人目じゃね?」
「小園、数えてるんだ……」
「数えるもなにも、クラスまで堂々とカチ込まれちゃあ、嫌でも覚えちまうだろ」
健太がやれやれと肩を竦める。
確かにその通りだ。文武の両雄が揃って玉砕する異常事態が起きている。だけど、それ以上に。
「……そろそろいい加減にしろ、と言いたいな」
俺がボソリと本音を漏らすと、高階さんがニヤリと口角を上げた。
「あ、もしかして水無月くん、おかんむり?」
「当たり前だろ。せっかくの昼飯が不味くなる」
不機嫌さを隠そうともせず吐き捨ててしまう。
飯が不味くなる、というのは半分本当。残る半分は『俺たちの時間をこれ以上邪魔するな』という苛立ちだ。
そんな風に愚痴をこぼしていると、九条さんは不思議そうに首を傾げ、至極全うな──けれど、主将の傷口に塩をすり込むような正論を口にした。
「本当にちゃんと話を聞いて欲しいのであれば、食事が終わってからくるべきです。自分の想いを押し付けるだけでなく……せめて、相手の都合に合わせるのが筋でしょう? 本当に相手を想っているなら、難しくない」
「だから、閉めちゃったの」
言いながら、彼女はちろりと小さく舌を出した。
ぐ、ぐうの音も出ない。
……けど、その不意打ちの『てへぺろ』は、反則だろ!?
彼女の言うことは、いつだって残酷なほどに正しい。
そこに一切の悪意はなく、あるのは「マナー違反には退場を」という、純粋な論理だけ。だからあの主将は、門前払いだったのか。
「確かに、せめてお昼が終わるまで待つべきよね。あと『使い』、あれはダメ」
「なるほど……勉強になるわ。俺も気を付けよ」
「え、なになに? 小園、告白したい相手でもいるの?」
「ばっ、ちげーよ!」
高階さんの鋭いツッコミと、慌てる健太。
そんな二人のやり取りを見て、九条さんは「ふふ」と楽しそうに笑うと、そっと箸を置いた。
「それに」
彼女は少しだけ声を潜めて。
まだ眉間のシワが取れない俺の方をじっと見つめ、花が咲くように朗らかに微笑んだ。
「今は皆さんとの大切な時間ですから、そっとしておいてほしいの」
その言葉と、俺だけに向けられた視線の熱を、二人が察しないはずがないよな。
一瞬の静寂の後。
「うわー、やめてー。私もうお腹いっぱい」
「あー、くそ。蒼め……」
高階さんは「やってられない」とばかりに両手で顔を扇ぎ、健太は呪詛のように俺の名を呟いて天を仰いでいる。
けれど、その表情は決して嫌そうではなくて。
「ま、でも確かに……邪魔されたくない、いい時間だよな」
「まあね。何だか、癖になりそう」
二人は顔を見合わせ笑う。
その「まんざらでもない」友人たちの笑顔に、俺もつられて口元が緩んでしまう。
外で何が起きていようとも、教室の片隅にあるこの場所だけは穏やかで温かい。
そんな、騒がしくも愛おしい昼休みが、まもなく終わろうとしている。
第56話、お読みいただきありがとうございます。作者の神崎 水花です。
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