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九条葵は償いたい ~その献身には理由がある~  作者: 神崎水花
第四章 誰よりも短い至上なら、せめて誰よりも濃密に

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第112話 変わった未来、葵は夢を見始める

 もみもみ。

 もみもみもみ。

 もみもみ、もみもみ。

 

 ……なんだ、この時間は。

 なんなんだ。おい。

 ええい、この執拗なまでの擬音に殺されるわ!

 

 試験後の喧騒が遠く響くカフェの片隅で、彼女はずっと俺の隣に寄り添いながら、痺れた右指を丁寧にほぐし続けてくれている。

『もみもみ』と、一定のリズムでずっとだ。

 絶世の美女たる君に、ひたすら揉まれ続ける俺がいる。

 

 その指先の優しい感触と、手の甲に当たる太腿の柔らかさよ。

 ……何なら、俺だって君を揉み揉みしたい!

 なんて、口が裂けても言えるかよッ!

 

 生殺しの九条 葵。

 君に贈ろう、この名を。

 脳内に沸き起こった不埒な煩悩を必死に戯言で打ち消しつつ、俺は上気しそうになる顔を誤魔化すように声を絞り出した。


「あー、答え合わせは、しなくていいのか?」


 手元の問題用紙に視線を落としつつも、俺の意識は指に触れる君の腿の感触と、それを包む彼女の指に支配されてしまっている。

 彼女は俺の手を解く気配すら見せず、短く答えた。


「そんなの、どうでもいいわよ」


「えっ? じゃあ、なんでここに来たんだ?」

「答え合わせは家でもできるじゃない。言ったでしょう、少しでも早くこうしてあげたかったの」


「そ、そうか。ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」


 彼女は満足げに微笑み、再び『もみもみ』と俺の指先を愛撫し始める。

 その心地よいリズムに翻弄されながら、俺はずっと気になっていた疑問を口にしてみる。

 

「ところでさ」

「なあに?」

「あの、たまに口調が変わるのって……ワザとだよな?」


 俺の問いに、彼女の動きがぴたりと止まる。

 それから、彼女は動じるどころか、どこか楽しげに口角を上げた。その瞳に宿る色がいつもの『九条さん』から、近頃の俺を惑わせる『あの君』へと塗り替えられていくから。

 ……君は、本当に面白い。

 

「ああ、そうだぞ。これはワザとだ」


 誇らしげに、堂々と胸を張る『九条何某(なにがし)』さん。

 九条さんでもなければ、葵さんでもない。そしてMINAでもない今の君にピッタリな呼び名だろ、九条何某(なにがし)さん。

 そんな、あまりにも俺のツボを突いたその声と態度が、ビシバシと刺さりまくる。


 それだけじゃない。

 胸を張ったことで強調された、彼女の柔らかなラインがさ。

 制服越しでもわかる瑞々しいその膨らみが、嫌でも視界に飛び込んできて。さっきからの『揉み揉み』と合わさって、俺の理性はどうしようもない悲鳴を上げる。


「ぐっ……」

 

 いけないと思いつつ、俺の視線は吸い寄せられるようにそこを追ってしまう。

 そんな俺の視線に気づいているのか、いないのか。

 彼女はさらに挑戦的な笑みを深めた。


「キミは、この口調が好きなんだろう? 正直に言いたまえ」

 

 俺の顔を覗き込みながら、追い打ちをかけるように放たれる何某(なにがし)さんの声。

 腿の上に乗せられた右手の熱と、目の前の(まばゆ)すぎる光景。それと、ふんぞり返ったことで強調された、確かな膨らみ。


 試験で脳はくたびれ、不自由な右腕は彼女の体温に溶かされ、視界には抗いがたい引力が小刻みに揺れやがる。

 何だかもう、全てが一杯一杯になってしまって。

 心のダムが塞き止めていた理性を、俺は綺麗にぶちまけてやった。

 もう、どうにでもなれ。

 

「ああ、好きだ。……すげー好きだ」

 

 一切の溜めなく吐き出した俺の本音に、今度は彼女の方が一瞬だけ虚を突かれたように目を丸くしている。 

「ぷっ、あはは。なにそれ、正直すぎるわよ」

 

 それまでの中性的で押しの強い仮面が剥がれ落ち、いつもの彼女の笑い声が弾ける。

 いや、そうでもないか。

 彼女がこうして声を上げて笑うのは、中々に珍しい。


 椅子を並べて座りながら、お腹を抱えるようにして笑う彼女の横顔を、俺は呆気に取られつつも眺めていた。

 病室で出会った頃の彼女なら、こんな風に声を上げて笑うなんて想像もできなかった。近頃は、昔に比べて本当に色々な顔を俺に見せてくれるようになったと思う。

 俺は随分と、君の内側に近づけたんだな。


「はぁ……笑いすぎだろうに」

「だって、あの夜の蒼くんはあんなに格好良かったのに……。それなのに、『すげー好き』だなんて。あは、あははは」


「ああ……蒼くんのせいで、お腹が痛いわ」

 涙角に溜まった涙を指先で拭いながら、彼女はまだ楽しそうに喉を鳴らしている。


「ちなみに、これは私なりに蒼くんと、小園くんの会話を真似してみたのよ」

「ええっ、俺らそんな口調かな?」

「じゃあ、もう一回いくわよ? ようく聞いてね」

 

 彼女は一度、居住まいを正して。

 またあの、不敵な『九条何某』さんの口調で俺を覗き込んできた。


「君は、胸が好きなのか? ……よく見ているぞ」


「なっ!? け、け、健太じゃあるまいし」


「じゃあ、好きじゃないのかい?」

「ぐっ……くそぅ」


 さすがにさっきの「すげー好き」とは訳が違う。

 ぶちまけるにも程度があるだろうが、と叫びたい俺の動揺を見透かして、彼女はさらに悪戯っぽく笑みを深めた。


「じゃあ、次の問題をキミが解けたら、願いを叶えてあげようじゃないか。……触れる、かも、しれないぞ?」


 耳元で囁かれた爆弾発言に、俺は硬直する。


「な……何を言い出すんだ」

「挑戦しないのかい?」

 

 試すような視線に、俺は警戒心を露わにする。 

「揶揄ってるな?」

「ああ、そうだよ。でも、答えたら本当にかなえてあげるよ」


 彼女はそう言って、ふわりと微笑むと。


「ほら」


 わざとらしく胸を張り、その豊かなラインを俺の目の前に突き出してみせた。


 制服の生地が悲鳴を上げそうなほどの張りと、強烈な存在感。視界を埋め尽くす暴力的なまでの柔らかさの主張に、俺は正直にならざるを得ない。

 こんなの、抗える奴がいるはずないだろ。

 ふって湧いたような千載一遇のチャンス、モノにしなくてどうする。


「……くそ、受けて立ってやる。約束は絶対守らせるからな!」

「こわい、こわい」

 うるさい。絶対、揉んでやる。


 半ばヤケクソ気味に叫んだ俺を見て、彼女は満足げに頷いた。

 その口元には、今まで見ることのない妖艶さと、それでいて愛おしいものを見るような、複雑で美しい笑みを浮かべている。


「It's okay for me to dream. It's okay for me to have hope. Yes, it's you who made me think that.(私は夢を見ていい。希望を抱いてもいい。そう思わせてくれたのは君なんだよ)」


「さあ、私は何て言ったかな?」

 

「私は…夢見る。希望? 駄目だ、長すぎるし、何よりも早口すぎるわ!」

「はい、ざんねーん」


 そんなああああああ。

 俺の千載一遇のチャンスが!


「あーあ。折角の触れるチャンスだったのに」 


「も、もう一問、お願いします! 何某さんっ」

「だめよ、そんなに安くないんだから」


 急にプライスが跳ね上がるのかよ!

 もう、意味がわからない。

 

「So soon we won't be able to live together, but that's okay. I'll come and see you.(だからもうすぐ一緒に住めなくるけど大丈夫。キミに会いにいくから)」

 

「ええっ? いきなりの二問め!?」

「ふふ」

 

 結局、クイズの答えは煙に巻かれたまま。

 彼女が初めて見せた、色気と知性が入り混じったやり取り。それに盛大に心かき乱されながらも、俺たちは並んで歩き、彼女の家の前まで辿り着いていた。


 楽しい時間は、あっという間に過ぎ去るもの。

「じゃあ、帰ろっか」

「ええ」

 

 ──カシャッ。


「……ん?」

「どうしたの?」


 不意に聞こえた乾いた機械音に、俺は立ち止まって周囲を見渡した。

 夕暮れにも満たない、中途半端な時刻。街灯が灯り始める前の、曖昧な光の中に沈む通り。

 街を行く人の姿は、そう多くはない。


「いや……今、カメラのシャッター音が聞こえた気がして」


「カメラ?」


 九条さんは不思議そうに首を傾げながら、俺と同じように辺りを見渡す。

 けれど、そこにはスマホを構えた通行人も、レンズを向けた不審な影も、誰一人見当たらなかった。


「……そんな人、いなさそうだけど」

「だね。気のせいだったのかも」

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