復讐の果てに
さて、少し話は逸れちゃったけど……先輩のことを嫌いにならないでほしい――そう言ったものの、自身が刺されたことでこの先生が先輩を恨んでいるとは全く以て思っていない。そもそも、本来あの事件にて刺されていたのは私であり彼ではない。なので、自身が刺されたことを理由に彼女を恨むのは流石に筋違いと言えるだろうし、彼はそういう人ではない。
だけど、私のこととなると話は別。思い上がっているつもりはないけど……それでも、彼が私のことを頗る大切に思ってくれているのは事実。そして、それはあんなふうに身を挺して護ってくれたことからも明らかで。だから、私のために彼女を許せないでいる可能性までは否定でき――
「……大丈夫だよ、優月ちゃん」
そんな懸念の最中、木洩れ日の如く柔らかな声が降りてくる。顔を上げると、そこには声音に違わぬ柔らかな微笑の芳月先生。それから、再びゆっくりと口を開き言葉を紡ぐ。
「……そもそも、君のことを考慮に入れても、僕が浦崎さんを責めるのはお門違いだ。今回の件は、僕の責任でもあるわけだし。だから彼女を嫌うはずもないし、今回の件が原因で彼女の大切な気持ちを拒む、なんてつもりも一切ないよ」
「…………先生」
そんな先生の言葉に、心がじわりと熱を帯びるのを感じる。先生らしい、暖かな言葉の熱が優しく心を包んでいく。うん、それでこそ私の知ってる先生だ。それでこそ、私の――
「……優月ちゃん?」
すると、驚いた様子で尋ねる芳月先生。それもそのはず……ふと立ち上がったかと思ったら、さっと彼との距離を詰めたのだから。そして――
「……っ!?」
――刹那、時間が止まる。卒然、私が彼の唇を塞いだから。
その後、重ねること暫し。名残惜しくもそっと唇を離すと、そこには呆然とした表情の美男子が。そんな様子が可笑しくて、可愛くて思わずクスッと声が洩れる。ともあれ、そんな彼へゆっくりと口を開いて――
「――ねえ、先生。私のこと、好き?」
「…………それは」
そう問うと、少し目を逸らし呟く芳月先生。だけど、その頬は見紛いようもないほど朱に染まって。まあ、それはさっきのあれが原因かもだけど……まあ、どっちでも良いよね。どっちでも嬉しいし。
ただ、それはともあれ……まあ、答えられないよね。それは、ただ単に現在の立場――教師と生徒という立場が原因なのかもしれないし、はたまた別の理由が潜んでいるのかもしれない。自分には、生涯『その資格』がないとでも思っているのかも。
でも……うん、悪いけど、私は引かないよ? 貴方がどんな葛藤を……罪悪感を抱いていたとしても、私は引いてあげないよ?
だって、もう知っちゃったから。貴方が、私に対しどんな想いを抱いてくれているか……もう、ほぼ確信に近い精度で知っちゃったから。だから――
「……優月、ちゃん……」
そっと、彼の頬に両手を添える。そして、吐息が絡まるほどの距離――もう、抑えきれないくらいのその距離で、囁くようにそっと口にする。
「――これが、私の復讐だから……覚悟しといてね、先生?」




