指輪
「……あの、ところで先生。その……私からも、謝らないきゃいけないことが……あ、もちろん今回の件もそうなんだけど……」
「いや、今回の件で優月ちゃんが謝ることなんて何もないんだけどね。でも、その言い方だと他に何かあるってこと?」
それから、少し経過して。
そう、少し首を傾げ尋ねる先生にそっと頷く私。そして、徐に右ポケットへ手を入れ――
「……これは」
「……その、ごめんなさい……」
たどたどしく謝意を口にしつつ、控えめに差し出したのは小さな箱。そして、その中心に映るは指輪――ざっくり欠けた翡翠の石が歪に光る、あの小さな指輪で。
『……はぁ、はぁ……』
あの日――あろうことか、自分で求め買ってもらった指輪を橋の上から自ら落としたあの日のこと。
息を切らしつつ、夜の川を探し回った。幸い川は随分と浅く、ソックスを脱ぐだけで衣服はほぼ濡れずに済んだ。……まあ、いっそずぶ濡れになるぐらいで良かったのかもしれないけど……でも、これ以上先生に心配かけるわけにもいかないしね。
そして、探しに探すこと数十分――少し大きな岩の縁に映るは、辺りとは異色の微かな光。
刹那、鼓動が高鳴る。そして、さっと腰を下ろし目を凝らすと、そこには……うん、ほんとに良かった。良くはないけど、ほんとに良かった……。
だけど――流石に、これ以上の幸運が舞い降りるはずもなく。恐らくは、落ちた際の衝撃だろう――あの綺麗な翡翠の形状は、もはや見る影もなく。でも、今更後悔しても遅――
「……そっか。ううん、良いんだ。それより、怪我はなかったかな? 優月ちゃん」
「……うん、大丈夫」
「……そっか、それなら良かった」
すると、いつもの優しい微笑で告げる先生。でも、驚きはない。と言うか……彼ならそう言ってくれることくらい、流石に分かってたし。
「……あの、それでね先生。その、こうなったのは……ううん、やっぱり何でもない」
「……?」
こうなったのは――経緯を話すべくそう切り出すも、咄嗟に留める。怖気づいた……というのもなくはないけど――きっと、それが主たる理由じゃなくて。本当のことを言っても、先生なら笑って許してくれることも流石に分かってるし。いや、彼の場合、許すという感覚すらないかも。
でも、それは駄目だと思った。もちろん、これが――事実を告げずにいることが、正しいとは思わない。思わないけど……それでも、言っちゃ駄目だと思った。先生から許しの言葉をもらうことで、簡単に楽になっちゃ駄目だと思ったから。……少なくとも、今はまだ。
「だけど、それはもう使えないね。だから、近いうちに新しいのを――」
「――っ、そっ、それは駄目っ!」
「……へっ?」
そう、先生の言葉を遮る形で言い放ちさっと箱を引っ込める。……いや、取られるとか思ってないけど……なんか、反射的に。まあ、それはともあれ――
「……これが、良い」
「……へっ?」
「……これが、良い。だって……初めて、先生にもらった指輪だから」
「……優月ちゃん」
そう、呟くように告げる。……馬鹿みたい? まあ、そうかも。それでも、私にとってこれは特別で――
「……そっか、分かった」
「……へっ?」
「でも、そのままじゃ危ない。だから、専門家の方にお願いして丸くしてもらおう。まあ、石は少し小さくなっちゃうだろうけど」
「……先生……うんっ!」
すると、私の言葉に――想いに、優しく微笑み応えてくれる先生。そんな彼に、満面の笑みで返事をする私。そして、優しい微笑のまま彼は続けて言葉を紡ぐ。
「――誕生日おめでとう、優月ちゃん」




