……ずるいよ、先生。
「……その、ごめんね先生。まだ、傷が痛むはずなのにあんなに強く……その、すっごく痛かったよね?」
「ううん、気にしないで優月ちゃん。そもそも、そんなに深い傷でもないと思うし」
「……いや、そんなわけないよね?」
それから、暫し経過して。
そう、少し顔を逸らし呟くように謝意を告げる。……しまった、つい感情が先走って加減を……それでも、やはりと言うか穏やかな微笑で答えてくれる先生は流石だと思うし、本当に有り難く思う。思うの、だけども……いや、そんなわけないよね? 深くないわけないよね? 思いっ切り血が流れてたし、そもそも倒れちゃうくらいだし。まあ、それでも命があったのは本当に……本当に良かっ――
「……あの、優月ちゃん。実は……もう一つ、君に謝らなければならないことがあるんだ」
「……へっ?」
深い安堵の最中、不意に届いた彼の言葉に現実へと戻る。……えっと、もう一つ? いったい、何のこ――
「……いや、実はも何も、気付いてないはずないよね。僕が、今までずっと意図的に黙っていたことを」
「……ああ、そのことね」
そう、少し俯いて告げる芳月先生。……ああ、そのことね。確かに、気付かなかったはずもない。でも、そもそもそのことで彼を責めるつもりなど毛頭なかった。それが、私のためだったことは流石に分かって――
「……ずっと、言わなきゃって思ってた。でも、言えなかっ……ううん、言えなくなってた。一度、口にしてしまったら……君に、恨まれてしまう……離れてしまうんじゃないかって……それが、どうしても嫌で……どうしても、怖かったんだ」
そう、たどたどしく――それでいて、真っ直ぐに私を見つめ話す芳月先生。そんな彼に対し、私は――
「……優月ちゃん?」
そう、不思議そうに尋ねる。……いや、不思議と言うより困惑、かな? だって――
「……いや、その……これは……」
どうにか言葉を紡ごうとするも、続かない。どうしてか、まるで渋滞のように喉で止まって動かない。……いや、どうしてかなんて分かってる。だって――
「……ずるいよ、先生。そんな……ぞんなっ……」
「……優月ちゃん」
そう、潤んだ声でどうにか口にする。……こんな顔、見られたくなかったのに。こんなぐちゃぐちゃな顔、この男性にだけは――
「……っ!! ……せん、せい……」
刹那、思考が止まる。そして、それとほぼ同時――陽だまりのような暖かさが、身体を……心を、柔らかく優しく包みこむ。……ほんと、ずるいよ先生。




