血圧の正常値
「健康診断」の項で、検査項目の正常値は「明らかな疾病のない一般の方を対象に行った検査結果から95%の方が示したデータの範囲」と説明しましたが、高血圧症のガイドラインで定義されている血圧の正常値(120/80 mmHg未満)はこのような方法で求められたものではありません。
厚生労働省が発表しているデータ(政府統計 国民健康・栄養調査 本項執筆時の最新は令和元年)から推測すると、総数は男性668名、女性1101名ですが(政府統計でこんなに対象数が少ないのはなぜなのか、この統計調査に支払われた予算はいくらなのかも調査する必要がありそうです。少し考えても、大企業の健康診断のデータを提供してもらうだけで数千人を対象とすることができると思います。)、95%の方が含まれる凡その範囲は以下のようになります。
(収縮期/拡張期、単位mmHg)
男性
20-29歳、100–139/50–89
30-39歳、100–139/60–99
40-49歳、100–159/60–99
50-59歳、100–169/60–99
60-69歳、100–169/60–99
70歳以上、110–169/60–99
全体、90–159/50–89
女性
20-29歳、90–129/50–79
30-39歳、90–129/50–89
40-49歳、90–149/50–89
50-59歳、90–149/60–99
60-69歳、100–169/60–99
70歳以上、100–169/60–99
全体、90–129/50–79
このデータでは、降圧剤の使用者を除外したことは示されていますが、対象が健康であるかは不明です。しかし、対象が健康なヒトであるのなら、統計データから推測して、40歳から60歳の約20%、60歳以上の約30%の健常な国民が高血圧症に罹患していることになってしまいます。世界トップクラスの長寿国の一般国民の四人にひとりが病気となるガイドラインが果たして適切なのか、再考が必要だと思います。
このようなデータがあり、令和元年の時点で男女ともに平均寿命80歳以上という世界でもトップクラスにある長寿が実現できているのに、血圧の正常値を120/80 mmHg未満とした根拠がガイドラインには示されていません。本来ならば、年代を区切って上記のデータに基づいて正常値を設けて、正常範囲外のヒトを対象に治療の有無で予後を観察すべきです。そのような作業を行わずに、入手可能な健康成人(と推測される)の統計的な正常値や、ガイドライン基準値よりも下に正常値を設ける根拠を示す必要があります。もし、海外のデータに基づく根拠ならば、その海外よりも寿命が長い日本人を海外の基準にあわせて治療することで寿命が短くなる恐れも考慮しなくてはいけません。最近の統計データ上で、日本人の平均寿命が短くなってきている要因の一つに、このような不必要な治療が関与している可能性も疑われます。
男性と女性で同じ正常値と基準値が設定されていることも問題です。同じ治療目標では、男性と比べて女性は充分に降圧治療されていないことになります。目標値までしっかりと管理する必要があるならば、女性は男性よりも10 mmHg程度低い値まで降圧する必要があるはずです。現状では、男性よりも女性の方が高血圧症に対して不充分な治療が行われていることになります。しかし、そのような治療下で、女性の方が男性よりも平均寿命が長いのです。このことは、ガイドラインで推奨される高血圧症に対する治療の必要性に疑問を抱かせる根拠になると思います。
さらに、単に寿命が延びることが望ましいのかということも検討する必要があります。「高血圧症」の項で述べたように、高血圧とは脳をはじめとする重要な臓器へ酸素や栄養を供給するために生体が起こした反応である可能性があります。血流ポンプである心臓には負担がかかっているかもしれませんが、個体全体としてのパフォーマンスを維持するために必要な負担と考えることもできます。一臓器である心臓の寿命を延ばすことのみを重視して、個体全体としてのパフォーマンスを犠牲にすることが望ましいとは思えません。「高血圧症の治療」の項で述べたように、現在のガイドラインにしたがって治療を受けている人の中に、治療が原因でQOLが悪化して不本意な生活を送っている人が少なからずいることが疑われます。単なる寿命ではなく、QOLを考慮した寿命というものを考えて、正常値を設定すべきです。血圧の正常値も、一般的な検査項目の正常値と同じく、「明らかな疾病のない一般の方を対象に行った検査結果から95%の方が示したデータの範囲」でよいと思いますが、現在厚生労働省が発表しているデータでは対象者数が不足しています。健康診断のデータを集積した解析が必要です。