血圧測定
健康診断を受診された方は、受診時に血圧を測定されたと思います。そもそも、血圧とは何かご存知ですか?血圧は、動物が自分を構成する細胞を生かすために発達させたメカニズムの一つです。
ヒトを含む動物は多数の細胞で構築されている多細胞生物です。各細胞が生きていくためには、栄養と酸素の供給が必要です。動物はこれらの供給のために、心臓と血管網から構成される循環器系を発達させています。循環器系とは、心臓のポンプ作用により血液を血管網に還流させ、細胞に血流を届けるシステムです。細胞は、栄養と酸素を血流から受け取り、これらを利用した代謝産物である二酸化炭素と水と老廃物を血流中に排泄しています。単位時間あたりに血液が血管網を流れる「血流量」は、心臓が血液を押し出す圧力である「血圧」と血液が流れるルートである血管網の抵抗である「血管抵抗」で変化し、物理的に“「血流量」=「血圧」/「血管抵抗」”の関係にあります。
動物は、シチュエーションに合わせて血圧と血管抵抗を変化させることで、各臓器への血流量を調整するよう生存競争を勝ち抜き進化してきました。例えば、横になっている時と立っている時では、心臓に対する脳の高さが異なります。もしも、血圧と血管抵抗が変化しないと、重力の影響で、横になっている時よりも立っている時の方が、脳に行く血流量が減ってしまいます。すると、横になっている時に襲われて、逃げようとして立ち上がると、脳に行く血流量が不足し、うまく逃げることができなくなります。襲われた時に、血圧を上げて、逃避や格闘のために必要な筋肉や脳の血管抵抗を下げ、必要性が低い腸の血管抵抗を上げて、筋肉や脳への血液の供給を増やす機構を持っている個体は、この機構を持っていない個体に比べて、逃げ延びて生存競争を勝ち抜く確率が高くなります。このような進化の淘汰圧により、動物はシチュエーションに合わせて血圧と血管抵抗を変化できるようになったと推測されます。シチュエーションに合わせて瞬時に血圧と血管抵抗を変化させ、必要度が高い臓器に優先して酸素と栄養を供給しながら、各臓器に必要な総供給量は確保できるように血流量を調整することで、効率よく酸素と栄養を使用できるように進化適応したと考えられます。
生存競争の過程で、動物が発達させた血圧と血管抵抗を瞬時に変化させる機構が交感神経系と副交感神経系です。交感神経系は、心臓での血液拍出量を増やし全身血圧を上げると同時に、筋肉や脳等の逃避や格闘に必要な臓器への血管抵抗を下げ、必要性が低い消化管や腎臓等への血管抵抗を上げて、逃走に必要な臓器への血流量を増やします。一方で、副交感神経系は、心臓での血液拍出量を減らし心臓を休息させ全身血圧を下げると同時に、非緊急時には血流供給を減らすことができる筋肉や脳等への血管抵抗を上げて、消化管や腎臓等の血管抵抗を上げて、身体の維持のために機能させる必要がある臓器への血流量を増やします。このように、動物は、交感神経系と副交感神経系を用いて、状況に合わせ、必要な臓器への血流量を調整しています。
われわれヒトもこのように進化してきた動物の一種ですから、このような交感神経系と副交感神経系による循環器系の制御機構を持っています。この機構は常にオンの状態で、ヒトは血圧と血管抵抗を瞬時に変化させることができます。例えば、少しの運動に対して瞬時に血圧を上昇でき、陸上の百メートル走では、10秒あまりの間に収縮期の血圧は100 mmHg以上も上昇します。また、不安・緊張・怒り等の精神的なストレスといった運動以外の交感神経が刺激されるシチュエーションでも血圧は上昇します。普段から血圧を測定されている方ならお気づきと思いますが、血圧の測定値は、一定ではなく、測定するごとに変わります(稀に連続で同じ測定値になることもありますが、それは偶然の一致です)。また、同時に測定しても、測定する位置で血圧測定値は異なります。
さらに、健康診断で測定する血圧値は、血管内に測定器を入れて直接測定した値ではなく、血管を覆う組織ごと血管を圧迫帯で圧迫して間接的に測定した値で、組織の圧迫されやすさに影響されます。一般に、心臓と同じ高さに維持した上腕部で測定した値を用いますが、この測定法では、上腕の組織の厚さや硬さと圧迫するマンシェットの大きさで測定値が影響されてしまうことが判明しています。上腕の直径にあわせたマンシェットを用いて測定することが推奨されていますが、実際の健康診断等では、個々人の上腕の太さにあわせた用具ではなく、標準サイズのマンシェットを用いて測定されており、腕が太い人では高めに、逆に腕が細い人では低めに測定されます。腕の太さだけでなく、測定時に腕の筋肉に力が入ってしまうとに高めに測定されます。また、上腕以外の場所、例えば手首、で測定した血圧は高めに測定されることも判明しています。
このように、血圧測定値は、様々な要因で、本当の血圧値とは違う値になってしまいます。健康診断等で血圧異常を指摘された場合は、もし測定することが可能なら、家庭や職場で一日何回か血圧を測定し、その記録を持参して、病院を受診されることをお勧めします。