健康診断
健康診断の話を始める前に、まず、はじめに、皆さんに質問があります。
「健康診断は、あなたが健康であるかどうかを診断していると思いますか?」
この質問に、どのように返答されますか?
「はい」と答えた方はいらっしゃいますか?そのように答えた方に質問です。「健康診断を受けた後で、少し古いデザートを”ちょっと酸っぱいかも? でも、もったいないから”と食べて、お腹が痛くなって下痢になった時に、”異常なし”という健康診断の結果が送られてきた状況でも、”はい””と答えますか?」 下痢なのに「健康です」とは答えないですよね。
このことから解るように、健康診断はある特定の時に行った検査の結果を診断したものでしかありません。「健康であるかどうか」を診断しているわけではないのです。健康診断とは、ある特定の時に行った身体診察で検査結果に異常があるかどうか、臨床検査の値が正常範囲内かどうかを判定したものにすぎません。さらに、これらの方法で検査できることは限られています。検査できる項目には異常値を示さない病気は、これらの方法では検出できません。例えば、現在できる検査では異常を検出できない「慢性疲労症候群」という病気もあります。
逆に、健康診断で異常を指摘されたからといって病気であるとも言えません。検査の正常値というのはあくまで統計データに基づいたものでしかありません。通常、明らかな疾病のない一般の人を対象に行った検査結果から95%の人が示したデータの範囲を正常値としています。このことは、5%の「健常者」が異常値を示すことを意味しています。統計的には、検査項目数をnとすると、すべての項目が正常範囲内に収まる確率は、0.95を項目数の数だけ掛けた数値、すなわち0.95のn乗: (0.95)^n、になるので、いずれかの検査項目が異常値になる確率は「1 – (0.95)^n」になり、検査項目が増えれば増えるほど、いずれかの検査項目が異常値になる確率が高くなります。例えば、検査項目が10個あるといずれかの検査項目が異常値になる確率は40%以上で、検査項目が20個になるといずれかの検査項目が異常値になる確率は60%以上です。
また、臨床検査では、測定機器には避けることができない測定誤差があります。検査項目によっては誤差が10%ほどのものもありますから、正常値のボーダーラインの値を示す検体では、同じ検体をもう一度測定すると、正常値と異常値の結果が入れ替わる可能性もあります。
このように、健康診断で異常を指摘されてもそれが病気であるわけではないですし、異常を指摘されなくても病気が見逃されている可能性もあるのです。
それでも、健康診断で異常を指摘されることで、生活態度を改善するきっかけとなり、病気の発症を防いでいるのではないかと考える方もいるかもしれません。しかし、欧米で行われた研究では、症状がない人を対象として、健康診断を行って、危険因子が発見された人に生活習慣の改善のアドバイスを行ってすらも、ガンや心血管系疾患の死亡率も総死亡率も減らす効果がなかったことが報告されています(Cochrane systematic review and meta-analysis. BMJ, 2012. 345:e7191、Inter99 randomised trial. BMJ, 2014. 348:g3617)。日本の人間ドックでCT検査を行うものもありますが、CT検査では放射線被曝量が多く、被曝によるガンの発症が危惧されています。胃ガンの検診で行われる胃バリウム検査も被曝量が多く、日本でCT検査やバリウム検査の頻度が高いことが健康被害を及ぼしている可能性も海外から指摘されています。
日本では会社における健康診断が義務化されていますが、上に述べたように健康診断をおこなうメリットに関しては明らかなエビデンスはありません。個々人が自らの判断に基づき、必要性にエビデンスがなくとも自主的に検査を受けることには問題がありませんが、エビデンスがなく、逆に病気の原因になる可能性が危惧される検査を強制することには問題があると思います。健康診断で行う検査項目がどのような理由で選択されているかも明確にされていません。健康診断の受診は義務ではなく、個人の選択とすべきだと思います。自主的に検査を受ける場合も、受ける検査に関しては、検査によるデメリットも考慮して、検査項目を選択されることをお勧めします。
参考文献
Cochrane systematic review and meta-analysis. BMJ, 2012. 345:e7191
Inter99 randomised trial. BMJ, 2014. 348:g3617