和平
二日後、ガナードの葬儀がおこなわれ、そのなかで国王は国民にこう告げた。
「魔王軍の侵攻は、ある者の陰謀によってなされたことであり、それは我が国の兵士であるガナード新兵の活躍によって阻止された。魔王軍とは和解し、和平を申し出たことで魔王シグナ率いる魔王軍とは正式に和平条約が結ばれた。ガナードの活躍無くしてこの和平は無しえなかったことだ」
これまで『三等兵』という本来存在しない階級でガナードを下に見ていた者たちはどよめいていた。信じられない者、悔しがるもの、反省する者とさまざまであったが、国を救ったガナードに四階級特進が告げられると、彼に対して称賛の拍手が巻き起こった。
今後も多少の衝突はあるにせよ、それは個の判断によるものであり、魔王軍による敵対行為ではない。そういったことが発覚した場合は魔王による処罰、ランサイズの民であった場合は法による処罰を与えるとすると厳命される。
魔王軍に親族を殺された者たちにとっては釈然としないことではあるが、王に続いて聖女イザベラの謝罪と感謝の言葉、そして、その事件は自分と魔王が邪悪なる者の罠にハマり起こったのだと説明された。このことで、多くの者はどうにか事件の痛みを飲み込んだ。
葬儀が終わった次の日。イザベラは神殿に帰り、イザベラにラドル、サルサ、フォウが付き添う。さらに今後の魔王軍とランサイズ王国の和平についての説明のために、魔王と勇者ドゥナ一行、そしてタカト、セイジにランサイズの第二王女ジュレまでもが付いていった。
「フォウ様!」
フォウが傷だらけになって帰ってきたのを見た部隊長の四人が駆け寄ってくる。
ラドルに肩を借りてヨロヨロと歩くフォウの姿に驚くと、肩を貸している者が、先日フォウに命じられて自分たちが四天王クワトラのところに連れて行った者であることに気が付き二度驚いた。
さらにはラドル同様にフォウに命じられて魔王の神殿に連れていったタカトもおり、勇者ドゥナと仲間たちの最後尾に魔王シグナがいたことで、彼女たちの思考はパンクした。
「フォウ様、これはいったいどういうことなのですか?」
第一部隊長のイーランはまったく理解できず、恐る恐るフォウに質問する。
「任務は完了したのか?」
その彼女に対してフォウは質問には答えずに、彼女らに命じた任務の完遂の確認をする。
「はい、まだスーレイの部隊は到着していませんが、ひと足先に伝令の者より闘獣ビルカロス捕獲に成功したと知らせがありました。重傷者多数ですが死者はいないとのことです」
その報を受けたフォウは「よし」と答えると、安心したのかラドルに寄りかかりながら膝から崩れた。
「フォウ様、大丈夫ですか?」
心配する彼女らに、フォウは下を向きながら小さく手を上げて大丈夫だと応える。
フォウは吸血魔シメオンに血を吸われたときに、生命の源たる霊核から力も奪われてしまったため、肉体の傷はそれなりに治癒したが力が戻っていなかった。霊核の回復にはかなりの時間を要するので本来なら絶対安静なのだが、ランサイズ城での療養の勧めも断って戻ってきた。
そんなフォウが部隊長らになにか告げた。
「……ぃだ」
「はい?」
小声が聞き取れずイーランは聞き返す。
「……かいだ」
「フォウ様、なんて?」
「宴会だ!」
戦いを前にフォウが部下たちに難題を突き付けたのは、魔王と女神の戦いから遠ざける意味もあったが、この宴会のための食材確保のためだった。すべてが片付いたあとラドルと祝杯をあげるつもりだったのだ。
食材の他にも果実ルオナとナキス茸といった治療薬にもなる滋養強壮食材の採取も命じたのは、この戦いで傷を負う者たちが出ることを考慮していたからだ。
すぐに宴会の準備は進められ、ほどなくして闘獣ビルカロスを捕獲した部隊も帰還。魔王の名のもとにすべての魔王軍も神殿の前に呼び寄せられた。
魔王シグナはなにも喋らなかったがフォウから魔王軍の者たちに事の次第を説明した。王国の代表としてジュレ王女からも和平の説明がなされた。
「私からもひと言よいでしょうか?」
ジュレが話し終わったあと、イザベラが挙手する。
「貴方たちが魔王シグナの元に集まったのには理由があります」
この話し出しに魔王軍の者たちだけでなくラドルたちも耳をそばだてた。
「魔王とは本来この世界を守る存在であり、亜人と呼ばれる貴方たちも本来はこの世界守護者なのです。この世界の有事の際に生み出される魔王。貴方たちの霊核には魔王と力を合わせ戦うという情報が刻まれています。それは命令ではありませんが、潜在的な意思として湧いてくるのです」
ぽかーんと口を開けながら聞く者が多いなか、イザベラは続ける。
「ですが、この度の戦いは魔王シグナの望んだものではありません。魔王を正常な意思に戻す方法はありましたが、その使命を持った勇者タカトはそれをしませんでした。その理由は、今の魔王シグナという存在を尊重してのことです」
イザベラがここまで話したとき、シグナがイザベラの前に躍り出た。
「聞け!」
このひと言で魔王軍の者たちは脳に電気が走ったような刺激を受けて背筋を伸ばした。
「お前たちの中には人族を憎む者、嫌う者、さげすむ者はいるだろう。俺は今でも人族に対する苛立ちは消えていない」
「おい、シグナ」
シグナに詰め寄ろうとするタカトの手をイザベラが掴む。
「だが、この苛立ちは何者かによって狂わされたことで起こっているとイザベラが言った。俺がこの世界を守る者であるとも言った。ならばなぜこの世界に住む人族に敵意を持つのか? その理由まではわからんが、誰とも知らぬ者によってそう思わされているのなら、俺はそんな者に操られるのは真っ平ごめんだ。そんな奴がいるのなら、まずはそいつを殺す!」
シグナの発した威圧に部下たちは背筋を冷やした。
「それでもこの苛立ちが治まらなかったのなら、イザベラに責任を取ってもらう。そのときまでは和平を飲んでやることにした。だから、お前たちはイザベラが逃げないようにこの神殿でイザベラを見張れ。そして、また何者かに狂わされぬように人族と共にイザベラを守れ。いいな!」
「おーーーー!」
シグナの命令に魔王軍たちは拳を突き上げて叫んだ。
「ありがとう、シグナ」
イザベラがお礼を言うとシグナは「フンッ」と鼻息を発して身を翻した。
「よし、堅い話もここまでだ。ここからはあたしらの勝利と和平を祝して宴会だ!」
再び「おーーーー!」と叫ばれ、フォウの部隊によって酒や食べ物が振舞われた。入手難度の高い希少な食材によって作られた料理は、魔王軍の者たちを満足させて張りつめていた気持ちをなごませた。
半日続いた宴会が終了すると、ジュレたちランサイズの者たちは城に帰っていった。
魔王の命令通りイザベラの見張り件護衛はさすがに全軍というわけにはいかないため、フォウによって厳選される。その部隊の隊長にはクワトラが任命され、神殿を取り囲む領地に護衛隊の半分を率いて滞在することになった。もう半分の部隊はこれまで通り住み慣れた神殿周りの森で生活することになり、残りの魔王軍の者は魔獣の樹海の中にある本来の魔王の居城に引き上げていった。




