村の呪い
ふぅ、と溜息をつくラドルの前に、サルサは鞄から紙を取り出して広げて見せた。
「ん? これは」
置かれたのは一枚の古びたギルドの依頼書だ。
「なんだ仕事ってのはギルド依頼の仲介か」
ラドルは依頼書を手に取って目を通す。
【サンフィード村の調査】
〇難易度レベル4
〇危険度ランクS
「なんだよ、難易度が中の下なのに危険度が高過ぎじゃないか?」
ラドルの反応にサルサは特に答えず、表情で先を促した。
「村とその周辺に魔力、魔獣、妖異などの異常がないかの確認調査。条件は三日以上の滞在。なんだよこれ? やることは村に泊まって異常がないかを調べてくればいいだけじゃないか」
「ぶっちゃけて言えばそうですが、まずは最後まで読んでください」
少し曇った表情でそうサルサに言われてラドルは依頼書の続きを読んだ。
「参加報酬四千エドルンで、成功報酬は…………二十三万エドルン?!」
破格だった。村まで行って三日滞在して返ってくる旅費や食費は千エドルンもかからない。三日で四千エドルンの報酬も悪くはない。だが、成功報酬が異常だ。
「なんだよ。高難易度の魔獣討伐依頼並みだな」
内容にそぐわない報酬に驚いているラドルに、もうひとつ気になるモノが目についた。
「これは……、もう五ヶ月も前の依頼じゃないか。五ヶ月も経ってまだ解決してないのか?」
「そうなんです、なのでオイラに話が回ってきたわけです。簡単そうな依頼に思うでしょ? でも最後の一文を読んでみてください」
ラドルはサルサに促されてその一文を読む。
「依頼の成功条件は村人の謎の死に繋がる情報の取得。……謎の死?」
視線を上げるとサルサが不気味な表情で語り始めた。
「その村はですね、約半年前くらいから村人が謎の死をとげるという事態が起こり始めたのです。ギルドに依頼が持ち込まれ冒険者が調査に行ったのですがその理由はわからず。それどころか調査に行った冒険者のうち数人が同じように死んでしまったのです。それ以来その村の呪いだと言われ、呪いを恐れた者たちは次々に村を去り、とうとう三ヶ月前に廃村となってしまいました」
「呪いが怖くて誰も受けなくなった依頼をオレに解決させようってわけか」
「はい。ただこの依頼は仲介ではなくてオイラが買い取りました」
ギルドが長期未解決依頼を売る。この依頼を買った者が依頼を達成した場合、ギルドの取り分も手にすることができるという措置で、個人や組織に依頼を達成させるというやり方だ。
「この依頼を出した村がギルドに払った金額は二十五万エドルン。その内の十五万が報酬金でしたが、村の呪いという事態の大きさを見てギルドが八万エドルンを上乗せしました」
「だが解決には至らなかったと」
「はい、それをオイラが受注手数料の二十倍の価格一万エドルンで買いました。で、ラドルさんに解決してもおうと持ってきたわけです」
「で、俺の達成報酬は?」
上目遣いでサルサを見るラドルにサルサは笑みを浮かべて答えた。
「この依頼はちょっと特殊で、村からの支払い額とギルドの上乗せのさらに倍で、総額六十六万エドルンのとんでもなく美味しい案件なんです。オイラが三十万でラドルさんが三十六万でどうでしょう?」
「ギルドがその金額を上乗せしてでも解決したいってことか」
「そういうことですね」
「通常でも二十三万だった依頼が三十六万になるんだから、たしかに美味しいな。だけど、オレは金の大小で動かないのは知ってるだろ?」
「金がなくて明日の朝食にも困ってる人がですか?」
「それには事情があるんだ!」
「その事情はあとで聞くとして、大枚叩いて買った依頼をラドルさんに持ってきた理由ですが……」
少し言葉を溜めてからサルサは言った。
「異世界人が関係しているかもしれないからです」
「なに?」
サルサの言葉にラドルの目の色が変わる。
喰いついた! とサルサは心でいやらしく笑った。
「異世界人が関係しているのはまず間違いないと思います。ただその呪いの原因かどうかはわかりません」
「どういうことだ?」
「その者は一年くらい前に現れて村で暮らしていたらしいんです」
異世界人が関わってると知ったことでラドルは真剣に話を聞き始める。それを見越してサルサはこの依頼を買ったのだった。
その村の男たちは近くの鉱山で働く者が多く、その稼ぎで生計を立てていた。ある日その鉱山で有毒なガスが発生し、そこで働く者たちの数人が命を落としてしまう。鉱山から漏れ出したガスはふもとの村にも流れ込み、死に至らないまでも村人を蝕む悩みの種となっていた。
「ですがその村の住人の少女が作った精清水を飲んだ村人は次々に元気になっていったんです。その精清水を作った少女ってのが異世界人ってわけなんです」
「それで?」
「……それだけです」
「なぬ?」
予想していた展開とまったく違うためラドルは頬杖から頭を落とす。
「だから、その謎の少女が作った精清水で毒ガスに蝕まれた村人は元気になったんです」
「その女が村人の死の原因どころか村人を助けてるじゃねぇか」
「呪いの原因かどうかはわからないって言ったじゃないですか!」
シリアスモードに入っていたラドルはパンパンに張っていた風船の空気が抜けたようにテーブルにうつ伏した。
「その少女が村に現れたときの服装や記憶の混乱具合が異世界人特有だったという情報がありますから、受ける価値はあるんじゃないですか?」
「その女はどこにいる?」
テーブルに頬を付けたままラドルが尋ねる。
「その少女は最後まで村に残って村人のために働いたらしいんです。でも二ヶ月前にギルドの運営が村の様子を見に行ったときには、もう誰もいなかったとのことで。現在オイラの情報網を使って探してます」
ラドルは少しのあいだ考える。
「……まずはその村に行ってみるか」
「おおー、この仕事を引き受けてくれるんですね!」
サルサは眉毛を跳ね上げて喜びを表した。
「支度金二千エドルンを前払いしてくれるならな。言ったとおりオレは今文無しだ。まとまった金が必要になったから、ちまちま依頼をこなしていたんじゃ足りねぇんだ」
「そういえば文無しになったのには事情があるんでしたね。なにがあったんですか?」
「最近おまえから買った情報あっただろ」
「冒険者トウヤの情報やこの国近辺の治安やら経済状況ですね」
「獣人王ガルファンの領民に食料を買っちまったんだ。あの異世界人のクソ野郎に仕置きしたはいいが、状況が改善されたわけじゃない。二週間くらいは持つだろうが、それまでになにか手を考えなきゃならねぇ。でないとまた行商の荷や近隣の町や村に食料を奪いに行くことになるかもしれないからな」
ラドルが懸念していたのはその先だ。抵抗する人族を殺し、それに怒った人族が復讐し、結果大きな争いになる。国が動けばガルファンを失い統率もない獣人族ではあっという間に根絶やしにされかねない。
「村の調査は引き受けた。おまえは早急にその女がどこにいるか探せ」
「その異世界人かもしれない少女にも仕置きするんですか?」
善良な少女に仕置きすることを想像してサルサは引いた表情でラドルを見る。
「するか! オレは誰彼構わず仕置きしてるわけじゃねぇ」
「わかってますって」
サルサは席を立ち財布から支度金二千エドルンを取り出してテーブルに置く。
「おまえ普段からこんなに持ち歩いてるのか?」
「二千くらいそこらの小金持ちなら当たり前のように持ってますよ。オイラもその小金持ちなんで。ラドルさんも少し前までは小金持ちだったのに無駄遣いするから」
「無駄じゃねぇ」
「無駄に終わらなければね。それでは、依頼の件とお願いの件、よろしくお願いします。オイラはその少女を探します。それと契約の書類は後日ってことで」
サルサは帽子を深々と被って扉を開けると、夜の暗い路地に溶けこむように消えた。