世界の謎
「ゲームの世界?」
リリーナとフォウが復唱して顔を見合わせた。そして、周りの者たちの顔を見回したが、誰もその意味が分からず不思議そうな顔をしている。
「ゲームっていうのは俺たちの世界のコンピューターが作り出した……。なんていうのかなぁ。架空の……本来存在しない電子の世界で……」
文末を小声にしながらそんな風に説明するが、それを理解できる者はいなかった。
タカトも改めてセイジに言われ、頭の片隅に追いやっていたこの世界が非現実であることの可能性を再び思い返していた。
異世界召喚や転生といった物語で溢れるタカトとセイジの世界では、魔法やスキルと言った超常現象は存在しない。そんな力があるのは架空の物語の中だけだ。だから、イザベラが口にした【プログラム】という言葉から、この世界はゲームの中なのではないかと予想したのだ。つまり、今この場にいる者たちが、すべてコンピューターによって作られたAIなのではないかということだ。
「安心してください。もし貴方たちがこの世界やこの者たちを自分たち生命体とは違う偽物と思ったのならそれは間違いです」
イザベラは思考を読んだかのように、ふたりの不安のもとを否定した。
「きっと貴方たちは電子生命体を本当の生命とは思えないのでしょう」
「い、いやそんなことはっ」
セイジはこの世界を否定してしまう考えを打ち消すためにそう答える。
「そう慌てる必要はありません。たしかに電子に近しい世界は存在します。しかし、この世界は電子の世界ではありませんし、この者たちは電子生命体などではありません。もし、そのような表現をするなら、貴方たちの世界が電子の世界に近いでしょう。それは、この蒼天界は貴方たちの世界より高次元にあたるからです」
これはタカトたちの世界が架空の世界だと言っているのではなく、三次元が二次元を見ているというのに近いと言うことだ。
「プログラムというのはその世界の理といったところです。貴方たちの世界もそういった理によって存在しています。貴方たちの世界の物理法則というのもプログラムの一種です」
「なんか難しくて理解できないけど、俺たちと同じような生命ってことなんだよな?」
「そうです。もし電子の世界の存在が信じられなくても、電子生命体が貴方たちにとって偽物だとしても、ここは電子の世界ではなく、この者たちは電子生命体ではありません。もうひとつ付け加えるなら、平行世界でもありませんよ」
「わ、わかったよ。高次元の世界なんだろ。それに電子生命とかだって偽物だなんて思ってない」
「セイジ、本当にわかっているのか?」
半ば考えることを投げ出したセイジと違ってタカトは驚いている。
「高次元ってことは天国とかそういうことなんじゃないか? やっぱり俺は死んでいるってことか……」
タカトは自分が事故で死んだことを思い出した。
「そうですね。天国に近い場所ではありますが、そういう言い方をするならアストラル界とマテリアル界その中間に当たります」
「アスト……? マテ……?」
再び出てきた聞きなれない言葉。タカトとセイジだけでなく、誰ひとりイザベラの言っていることを理解していない。
「それは……」
説明しようとしたイザベラの動きが止まる。それは考えているというより、完全に思考を停止しているような不自然なものだった。
ほんの数秒止まっていたイザベラが動き出す。
「詳しい説明は省きますが、貴方たちの世界の物質を脱ぎ捨てた心の世界とでも言っておきましょう。話が少しそれました。えーと、母を助ける方法でしたね。一番可能性があるのは私の姉妹であるアマネロスとマーオンを救うことかもしれません。その理由は、私たち聖女は母から分かれた分体だからです」
彼女らは三つの世界を管理するためにアミから生み出された存在である。つまり、三人そろってアミということと同意だった。
「三人揃えば母を救うことに繋がるかもしれません」
「わかった。残りふたり、アマネロスとマーオンも救ってやる。最後にはアミもな」
やることが決まったタカトはスッキリとした清々しい顔をしていた。
「やれやれ、魔王を守るとか女神を救うとかってことも考えられないくらい大きなことだったけど、その根底は世界がどうの、世界の理がどうのって。完全に俺の理解を超えてるよ」
ドゥナの言葉を聞いたファローもリリーナも「僕もだ」「私も」と同意した。
タカトは立ち上がって体をほぐしながら窓に向かって歩き、外を眺める。
「俺は女神、じゃなくて聖女たちを助けに行くけど、みんなは今後どうするんだ?」
最初に言葉を発したのはイザベラだった。
「私は、私が呼び出した異世界の者たちに、これまでの経緯を説明して謝罪します。そのあと可能な者で望む者は元の世界に送り返しましょう」
ガタン
勢いよく立ち上がったのはセイジだった。
「元の世界に帰れるのか?!」
「はい。元の世界に戻るべき肉体が残っていればですが」
セイジはハッとなってタカトを見た。
タカトはその視線の意味に気が付いておどけて見せる。彼は事故によって死に、戻るべき肉体がもうない。だけど、そんなことは気にしてないと笑顔で示した。
「ですが、それには召喚したときと同じくらいの呪力が必要です。その呪力を溜めるには長い時間が必要になります。望む者全員を送り返すにはかなり時間を要するでしょう」
そのときセイジはある者の視線を感じて一瞬固まる。
「それなら俺はいいから他の奴らを優先してやってくれ」
そう言ってゆっくりと腰を下ろす。そんなセイジを見ているのは彼をこの世界に召喚したジュレだった。セイジはジュレの視線に気が付きながらも彼女の方を見ることができない。
ジュレとの微妙な関係と元の世界に帰りたい思いが、セイジの中で複雑に絡み合っていた。ジュレも同じようにセイジへの想いと強制的に呼び出して巻き込んでしまった罪悪感で混乱していた。
「俺はイザベラ様の手伝いのために各国を回って異世界の者たちに呼びかけよう。中にはその力を使って悪さをしている者もいるだろうから、そういった奴らを止める。タカトがやっていたように」
「三人目の異世界人ハンター誕生ですね」
サルサが言う。
「三人目?」
「そうです、元祖異世界人ハンターはラドルさん。もう何十年とやっているベテランです」
「なんだ、ラドルもタカトみたいなことしてたのか。大先輩だったんだな」
ドゥナにこう言われたラドルは「ハンターってわけじゃない。迷惑だから仕置きしていただけだ」と冷静に返した。
「この世界に魔王が生まれる限り異世界人は呼ばれ続けるらしいですから。悪さする異世界人をラドルさんは仕置きし続けることでしょう」
「女神を倒さないと切りがねぇよ。だからさ、ラドルも女神、じゃなくて聖女を助けに行かないか?」
タカトの誘いに対して「元ともそのつもりだ。俺は聖女、じゃなくて女神に仕置きをするのが目的だからな」と強い言葉で言った。
「言いなおさないで聖女を助けるでいいじゃないですか」
いつものようにサルサが突っ込んだ。
「どっちでもいいさ。どうせ殺すつもりはないんだろうし」
タカトは満足そうに笑ったあと、部屋の扉の横に立つシグナを見る。
「なぁシグナ。お前には魔王軍が人間を襲わないようにしっかりまとめて貰いたいんだけど、いいか?」
四天王を三人失い、さらに魔王が魔王軍を解散してしまうと統制を失った者たちがなにをしでかすかわからない。そうならないために、やはりシグナには魔王として軍をまとめてもらう必要があった。
「あたしの部隊はあたしがしっかり面倒みてやる。たぶんクワトラのところも大丈夫だろうさ。ヨンガロスとシメオンの部隊は力で支配されていたようだから、あんたが統率するのが一番だろ」
フォウの提案にもシグナは答えず黙ったままだ。
「他の女神を殺すとかっていうのだけはやめてくれよ。それは俺たちに任せてお前はお前の真の目的を果たしてくれ」
と、そこまで言ってからタカトは首をかしげた。
「なぁイザベラ。魔王の生まれた目的ってなんなんだ? アミからもらった記憶の中にはその答えはなかったんだ」
その質問を受けたイザベラは先ほどのようにピタリと動きを止めた。そして、同じように数秒後に動き出した。
「すみません。私にもわかりません。ウィルス=メガに浸食されたことで記憶の欠如や情報への道が断絶するという異常が発生してるようです。それに元々私には話す内容や話す相手によって制限ががかっています。本来ならアストラル界やマテリアル界といった内容は制限されるべき事柄だったのですが、バグの発生により話すことができてしまったようです」
ウィルス=メガの影響で、本来は明かされないはずのこの世界の秘密が語られてしまった。
「魔王本来の目的は不明のままか。『魔王は世界を守る者』ってどういうことなんだろうか……」
トントン
扉をノックする音にルディが返事をすると「失礼します」という言葉のあとに扉が開く。入ってきたのは特級勇者のサトルだった。
「皆の怪我の治療は済みましたか」
「はい、もともと重体の者はいなかったんで。自然治癒で治せるところまで回復しています」
「そうですか、よかった」
ほっとひと息ついたルディにサトルは言った。
「転移門の間のガナード三等兵の埋葬準備ができました」
その言葉を聞いて、ガナードを殺したイカれた特務隊のことを思い出し、ドゥナたちは怒りや悲しみの感情が湧いてきた。
常軌を逸した行動を取ると判断された特務隊員数名は、現在拘束されている。彼らは、その残虐性がゆえに元の世界に返すことがためらわれる者たちだ。
「そうですか。ガナードはこの国を救い、世界の混乱の一端を治めた勇者です。いえ、英雄と言ってもいいかもしれませんね。後日、おごそかに葬儀を執りおこない、壮大に送り出しましょう」
女神イザベラはランサイズ王城を囲む監視塔を使った大規模魔術陣の準備を進めていた。魔術陣の中にいる王国の人間を使った大召喚の秘術によって、多くの特級勇者を召還しようとしていたのだ。
術式が完成する前に城内に入ることができたのは、ガナードの勇気と行動の賜物のだ。彼の活躍がなければ数千人規模の命が失われていたことだろう。




