戦いを終えて
戦いは終わり、傷ついた者たちは応急処置を受けていた。女神によって意識のない王と王妃と王子の三人は各々の部屋のベッドに寝かせ、残りの者はルディの部屋に集まり、眠ってるイザベラが目覚めるのを待っていた。
部屋の中には勇者ドゥナ一行と異世界人のセイジとタカト、王女のルディとジュレ、ラドルとサルサとフォウ。そして、魔王シグナという異色の者たちが一堂に会している。
ジュレとルディ、ラドルと魔王以外は負傷と疲弊によって床に寝たり椅子に座ったりしていた。
「ラドルさん。立っていないで休んでください。あんたはフォウに次いでボロボロなんですから」
「立っているだけだ。問題ない」
ラドルは魔王とは反対側の壁に寄りかかっている。その理由が意地を張っているからか、魔王を警戒しているからかはわからない。だが、横になっているフォウがラドルに向かって手を伸ばすと、仕方ないとばかりに彼女の隣の椅子に座ってその手を握った。
それから数十分たった頃、ベッドで寝ていたイザベラが小さな呻き声を漏らしながら目を覚ました。
「イザベラ様!」
一番近くでイザベラを見ていたドゥナが駆け寄ると、まぶたを持ち上げたイザベラは、ぼやけた視界の中にいる人の姿をフォーカスして名を呼んだ。
「ドゥナ」
「そうです、ドゥナです」
体を起こそうとするイザベラにドゥナは手を貸し、枕の位置を整えて彼女を座らせる。
部屋を見回したイザベラは、魔王シグナを確認して少しだけ顔をしかめた。
「魔王シグナ。貴方は浄化されていませんね。それでよく平然とこの場にいられるものです」
その言い草が、魔王に対して敵意をぶつけたと思った者たちは胃が痛くなるほどの緊張を感じたが、その言葉を魔王は意にも介さなかった。
「俺が殺したいのは女神だ。それと俺をイラつかせる異世界の者たちだ」
魔王がタカトとセイジに視線を向ける。その視線を受けたセイジは寒気を覚えて身を固めた。
「だが、そこのふたりに対してイラ立ちはない。今のところはな」
ピリつく緊張が漂う部屋で、ドゥナはイザベラの前に立って魔王の視線をさえぎった。
「ドゥナ、大丈夫です。私はシグナを煽ったわけではありません。感心したのです」
『感心』という言葉の意味がわからず、ドゥナだけでなく皆がイザベラを見た。
「浄化されていないということは今でもメガによって改ざんされたままということ。それなのに異世界人である彼らを襲わないなんてよっぽどです」
「それだけ我慢していると? それは、我慢の限界がくれば彼らを……イザベラ様を襲うということです」
ますます警戒心を高めたドゥナにイザベラは言った。
「心配いりません。シグナは言ったじゃないですか。『俺が殺したいのは女神だ』って。私は女神ではありません。聖女イザベラです」
そう、以前彼女は『女神』でなく『聖女』と呼ばれていたのだ。
聖女イザベラは高次元の存在。本来の彼女は魔獣の樹海と呼ばれる深い森のその先に立で、天高くそびえる四本の塔、蒼天バイベルのひとつで世界を見守る者。そして、蒼天界に大きな乱れが生まれたとき、人々に世界の安寧をもたらす力を貸していた。
「私はずっと以前からウィルス=メガの侵食を受けていました。抵抗していましたが意識は少しずつ奪われていき、神殿でドゥナと会った私は正常な意識が現れているほんのひと時だったのです」
イザベラはなつかしむ表情でドゥナを見た。
「約三年前、魔王シグナが誕生した辺りで私は完全にメガに支配され、自ら女神を名乗るようになりました。かなり前から多くの異世界人を召喚していたようですが、それ以降からは無闇やたらと召喚し始めたようです」
「なぜバイベルの塔から神殿に降りて来たんだ? 塔なら魔王に襲われることもなかっただろうに」
ラドルの疑問はもっともだった。彼女は神殿に降りてきたことで魔王シグナの強襲を受け、ランサイズ城に隠れ住むことになったのだから。
皆は静かにその答えを待つ。
「それは……、追い出されたからです。私の母にあたる者に」
「母……ですか?」
意外な回答にドゥナは聞き返した。
「この世界の聖女は私の他にふたり。アマネロスとマーオン。今は女神を名乗っていることでしょう」
ラドルはその名を以前タカトから聞いていた。彼女らも本来は女神ではなく聖女だというのだ。
「本来、私たち聖女はこの世界の者たちと直接かかわる機会は少ないのです。先ほども言った通りこの世界が乱れたときに各国の神殿に降りて啓示や助力をすることがありますが、それは数十年に一度と稀です。そんな私たちですが魔王シグナが誕生した三年前に母によって下界の神殿に降ろされました」
「三年前……イザベラたちの母……」
なにかが繋がりそうで繋がらず、タカトは頭を捻っている。
「その理由まではわかりません。最初にメガに侵されたのは母ですし、その母が私たちを危険に晒すような行動を取ることが理解できないのです」
「イザベラ様を逃がすためでは?」
ドゥナの回答にイザベラは首を横に振る。
「そのとき私たちはすでにメガに侵されつつありました。魔王シグナに敵意を持たれて襲われるということはまったく想定していませんでしたが、何が起こるかわからない下界に降りるよりも塔にいる方が安全なのは明白です」
イザベラ本人もその理由は不明だった。
「まさか?!」
突如タカトの頭の中でなにかが繋がった。
「もしかして、イザベラの母って……名前は『アミ』か?」
タカトの言うことにイザベラは少し驚いた顔で「そうです」と答えた。
「よくご存じでしたね。母の存在はこの世界の管理を任せている三皇しか知らないと思っていました」
三皇という知らない言葉を聞いて、皆は博学そうなファローやドゥナを見るが、ふたりとも首を横に振る。ドゥナはイザベラを見て説明を求めると、彼女は三皇について語りだした。
この世界に多く存在する国は大きく分けて三つの世界に分類されている。ラドルたちが住む大陸はアステラス。そのアステラスにある王国を統制するのがこの大陸と同じ名を持つ『天帝アステラス』。『天帝』とは象徴といった程度の存在としてしか知られていないが、この世界に住まう者なら聞いたことくらいはある。
そのアステラスを含むのこりのふたつの大陸の天帝の上に立つ者が三皇と呼ばれる者で、聖女と直接的なかかわりを持つ者だ。
役割を分類するならば、『天帝』は人を管理し、『三皇』は世界を管理する。
「三皇を知らない貴方が母の名を知っているとはいったいどういうことなのですか?」
「それは……」
タカトは自分がこの蒼天界に呼ばれた経緯を説明した。
「なるほど、そうでしたか。母が貴方をこの世界に召喚したと。貴方に名を聞かれたことでわずかな時間だけ母は自分を取り戻し、そのとき私たちを下界に降ろしたのでしょう。そして、生まれ出る魔王の改ざんや異世界人の召喚乱用を止めるため、貴方に記憶を託してメガを消去しようとしたのかもしれません」
「そうなんだろうな。でも記憶が不鮮明で何をどうすればいいのかハッキリとはわからなくて。アミが意識を取り戻したせいで起こったバグなのかわからないけど、本来なら貰えていたかもしれない力やスキルは貰えなくて最初は苦労したんだぜ。ドゥナさんに出会わなかったらどうなっていたことか。戦い方や力の使い方を教わって、とりあえず魔王を守るって約束を果たすために戦っていたんだ」
タカトは壁にもたれて立っているシグナを見るが、目が合ったシグナはすぐに視線を外した。
「でも俺の目的はアミを助けることだ。どうすればメガに侵されたアミを助けることができるんだ?」
タカトがこの世界に呼ばれた直後にできた目的。それを果たすために頑張ってきたのだ。
「正直なところハッキリとした方法はわかりません。私たち聖女は母からウィルス=メガの影響を受けた者ですが、母はウィルスの本体に侵されています。いや、この言い方は正確ではありませんね。ウィルスはこの世界を侵しているのです。この世界を構成するプログラムを侵食しています。感染した末端の私たちならともかく、ジュレさんのワクチンの力だけで消去できるとは思えません」
「なぁ。タカトから聞いたときから思っていたことだけど……」
セイジが少しくぐもった声で言った。
「プログラムとかウィルスとかこの世界を構成するとかて……」
なおも言いづらそうにセイジは言葉を続けた。
「もしかして、この世界って誰かが作った【ゲームの世界】だったりするのか?」
セイジはこの場でただひとり【ゲームの世界】という意味を知るタカトと視線を交わした。




