勇者ドゥナ=アンツ
アンツ家は代々ランサイズ王家ではなくその民のために力を尽くす由緒ある剣豪の家柄だった。騎士団でもなく貴族でもない領民である。『国は人あってのモノ』だと、どこかの国の王が言った通り、アンツ家はその『人』を守るための剣を磨いていた。
そういう意味では女神に敵対することは間違っているのかもしれないのだが、ジュレという王女や狂わされた魔王。そして、巻き込まれた異世界人のために今剣を振るっている。
何層にも張り巡らされた魔術結界を魔力を込めた剣撃によって削っていく。その魔術結界の種類によって込める魔力を変えることで力押しよりは効率が良い。ドゥナはそういった技術に長けていた。
「素晴らしい技術です。でもブランクのせいですか? 力が足りませんね」
結界を破る速度が足りず決定的な攻撃を決めることはできない。守る力の強いイザベラはウィルス=メガによって、さらに強化されていたことも要因だった。
「無駄なあがきです。ラァス・レインストーム」
赤い妖光の矢が天井から降り注ぐ。
砕け荒れた舞台を逃げ走るドゥナの体に幾本かが突き刺さり、耐えきれずに倒れ膝を付いた。
「ドゥーム・フレイム」
「マリグナント・ブリザード」
イザベラの法名発声に被せて叫んだのはシグナだ。ドゥナを襲う負の炎はその魂をも焼き尽くすモノだったが、シグナが放った対属性魔法に阻まれる。
魔王がドゥナを助けたことに驚く面々だったが、ドゥナだけはそれに反応することなく、闘技の名を叫んで立ち上がった。
「リミットブレイカー」
ドゥナの動きはキレが増し、より強い力で振るう剣が結界を削り出した。
これは特級勇者のサトルが使った【アッパーリミット】を超える闘技だ。
「あんなスキルを持ってたのか」
(でも、ほんの数秒しか持たないんだ)
サトルの呟きに対してドゥナは心で返した。
異世界勇者やドゥナの仲間たちにとっては対応しかねる驚異的な能力アップだが、魔王とフォウとサルサからすればまだまだ頼りないと感じるドゥナの強さ。ラドルとシメオンの戦いを見たあとであればなおさらそう感じてしまう。
(……七……六……五……)
十秒程度ではあるがドゥナにとっての切り札は、イザベラを倒すには至らなかった。
「時間切れです。削り斬れませんでしたね」
イザベラの冷酷な視線がドゥナを突き刺した刹那。
「笑撃……、破顔の助け手ぇぇぇぇっ!」
イザベラの横っ面ごと全身を打ち付けたのは巨大な張り手だ。
完全に力尽きて動けないと思っていたラドルが放った最後の力。これは精神にも作用する強力な癒しの力を大岩をも砕く強烈な衝撃と苦痛を同時に叩きこむ仕置きの一手。この技により母体となるイザベラを殺さずウィルス=メガに大打撃を与えた。
(ラドル?! そうだったな)
ドゥナは残された二秒で吹き飛ぶイザベラに追いすがる。高く掲げたまぶしく光る剣は光の闘技【ノーザンクロスブレード】だ。【リミットブレイカー】の力で強化された聖なる光の力は次の瞬間には消えてしまう。その寸前に振り下ろされた剣は女神の結界とぶつかって折れ砕けた。
「甘いですね。イザベラの命を惜しむなんて」
ドゥナは直前にラドルの活撃を見たことで母体となっているイザベラの命を奪う躊躇いを抱き、剣を回して刀身の平で引っ叩いたのだった。
「甘いさ。なんせ俺は勇者だから」
【リミットブレイカー】の効力が切れ、途端に失速するドゥナは足を踏ん張ることもできずに後ろに倒れていく。
倒れ行くドゥナに向かって手をかざすイザベラ。魔王シグナもラドルも動けない今、もうそれを防ぐ手立てはない。だがイザベラはドゥナにトドメを刺さずに後ろを振り仰いだ。
「気が付いてないと思いましたか?」
その視線の先には、気配を消して自由落下で接近してくるサルサがいた。その彼に彼女は気が付いていた。
落下の勢いのままに突き立てたサルサの特殊ナイフがイザベラの結界を突き破っていく。だが三枚目の結界に接触したところで粉々に砕けてしまった。
「そのナイフは返す前に細工をしておきました」
サルサは結界に接触した衝撃で大きく弾かれた。
「やはり貴方がジョーカーでした……」
イザベラの言葉はそこで止まった。
「……な……ぜ?」
イザベラの胸を聖剣が貫いている。サルサをあざ笑う彼女の懐には聖剣を握ったジュレがいた。
「消えなさい。この世界から!」
ジュレの持つワクチンが聖剣を伝ってイザベラへと流れていく。
「そんなっ、どう……やって?」
これまで一度として見せなかった表情のイザベラに対して、仰向けに倒れたサルサが首だけを持ち上げて説明した。
「イザベラさん。あんたもシメオンをここに呼び寄せたでしょ。あれと同じです」
イザベラが視線を落として足元を見ると、そこには自分が使ったのと同じ召喚魔道具が落ちていた。
「オイラが召喚魔道具を知っていたのは、オイラもそいつを持っていたからです」
聖剣は光を発し、突き刺されたイザベラの胸から光の筋が広がっていく。
「我々にとってラドルさんは切り札でした。そしてオイラをジョーカーと見立てたのはさすがですが、この場にいないあんたの天敵までは想定できなかったようですね」
「口惜しいぞ、蒼天界の人間ども。だが私を倒したところでどうにもならない。魔王は現れ勇者の召喚は続く……の……だっ」
イザベラの内側から光が弾け爆発し、一瞬の眩い光によって視力が奪われ、そのすぐあとにドサッと倒れる音がした。
儀式の間の中で立っているのはジュレただひとりだけだったため、光の爆発を受けて彼女が倒れたのかと思ったサルサたちは、閉じた目を細めて見る。だがジュレは顔を伏せたまま立っていた。
疑問に思いながら上体を起こしたサルサが見たのは荒れた石畳の上に倒れる女性の姿だった。それも裸の。
きしむ節々と鈍痛のある筋肉の痛みをこらえながら急いで立ったサルサは、皆の視力が戻り切る前に駆け寄って腰に巻き付けてあるベルトポーチから小さくたたまれたフードケープを取り出して彼女に掛けた。
「サルサさん、その人はまさか?」
一番近くで倒れているドゥナが頭を上げる。
ケープから覗く肢体は白く、その者から感じる高貴なオーラは静かに瞬く一等星のよう。その静かでたしかな存在感はドゥナが忘れることのできない人のモノだった。
「そうです、イザベラさんです」
それは紛れもなく聖剣に貫かれてウィルス=メガと共に爆散したかと思われたイザベラだった。




