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異世界召喚を憂う者  作者: 金のゆでたまご
女神イザベラの章
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女神の悪行

 半身にシメオンの血が飛び散り赤く染まったイザベラの顔には、もうさっきまでの笑顔はない。


 苦しむラドルに声をかけて必死に抑えようとするサルサとフォウ。見かねたセイジも舞台に上がってラドルに組み付いた。それを見てタカト、ドゥナ、ファローも同じようにラドルを押さえつける。


「くおあぁぁぁぁぁぁ」


 ラドルも力を抑制しようとしているのだが、抑えるほどに苦しさが増す状況に成す術がなく、もがくしかなかった。


 仲間たちは攻撃はされないものの、絶対的な力を開放しているラドルに対して凍るような恐怖を感じ、殺されるかもしれないという思いを抱きつつも必至にしがみついていた。


「耐えろ!」


「負けるな!」


 その声はラドルに届いてはいたのだが、力の嵐は止まらない。抑制している力が一気に放出されれば、全員まとめて千切れ飛ぶ可能性すらあった。


「フォウさん、こんなときはもうアレ(・・)に賭けるしかありません」


「アレ?」


「そう、アレ(・・)です。フォウさんにしかできません」


「アレか!」


 フォウは意を決してラドルの首に組み付きなおした。躊躇(ちゅうちょ)してはいられない。ラドルの我慢が限界に達すれば取り付いている者は命を落とし、ラドルも無事でいられるかどうかもわからない。


 フォウは振り回されながらタイミングを見計らう。


「ラドル、少しだけ止まって。お願いだから」


「がぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ラドルが叫んでいては駄目だ。苦しさに耐え抑え込んでいるときがチャンスなのだ。


「ラドル、耐えて! 抑えて!」


 その声が聞こえたのか動きが止まり、ラドルが低く唸りを上げたとき。


「今です!」


 サルサは叫び、フォウはラドルに唇を重ねた。


(お願い!)


 ラドルは目を見開いて完全に動きを止めると、全身から放熱するように煙を発した。体の紋様は煙となって消えていき全身の力が抜ける。そして、組み付いている皆の下敷きになった。


「やった、止まったよサルサ!」


 フォウの接吻はラドルの荒れ狂う戦闘意識を切り替えさせ、力の開放を終了させた。のだろうと、のちにサルサは分析する。


「いったい今のはなんだったのさ」


 自分と同じ褐色の肌になったのはラドルの持つ魔族の血によるモノだという説明は納得いったフォウだが、問題はそのあとに浮き上がった紋様だ。その姿となったラドルは、フォウの霊核から吸い上げた力を得ることにより、さらに強大になったシメオンを八つ裂きにしてしまった。


「その話はここを出てからゆっくりと。まだ勝負は終わってはいませんから」


 サルサの言葉を受けてフォウはイザベラに視線を向けた。警戒しながら倒れているラドルの腕を肩に回して起こし、彼を守るために少し後ろに下がる。


 その前に出て壁を作るのはこの世界のドゥナとファロー。ふたりの後ろに異世界から呼ばれたタカトとセイジが負傷を押して身構える。


 イザベラは自分の親衛隊である特級勇者たちを切り捨てた。さらに魔王軍に潜伏させていた魔族に憑依転生させた異世界人シメオンもラドルによって倒されてしまい、すべての駒を失った。


「形勢は完全に逆転したな。お前の悪行もこれまでだ」


 ピンチが去ったことで勢いを取り戻したセイジがそう言葉を突き付けた。


「悪行? 悪行とは異世界より勇者となる者を呼び寄せて魔王を倒させることですか? それのどこか悪行だと?」


「そ、それは……」


 改めてそう言われるとイザベラのその行為が悪行だと上手く説明できず、セイジは口ごもってしまうのだが、セイジの代わりにタカトが言い返した。


「本来、俺たち異世界人はお前に狂わされた魔王を正常に戻すために召喚される者だった。だが、異世界人を召喚する女神までも狂わせたお前は、正常に戻すのではなく魔王を殺すために多くの異世界人を呼び寄せている。なぜそんなことをする?」


 女神アミより渡された記憶の断片だけではすべてのことはわからない。女神イザベラのこのおこないの裏には、悪行と言える悪しき目的があるはずなのだ。


「魔王の本来の目的ってのがなんなのかはわからないけど、それを邪魔するためにやっているんだろ? イザベラ。いや、ウィルスプログラムのメガだったな」


「それを話す必要はありません。どうせ貴方たちはここで死ぬのですから。ウェイリング・ヴォールテェクス」


 振り上げたイザベラの手のひらに黒い渦が発生して広がり、タカトたちはその渦に飲まれてしまう。粘質性の高い風のような黒い渦の中を、ぐるぐると振り回される者たち。彼らは負の想念によって心を(むしば)まれていく。


 黒い風の渦が止んだその場に立っていたのはドゥナと特級勇者サトル、そして魔王シグナの三人。彼らは負の想念に打ち勝つだけの耐性があった。


「私に戦う力がないと思いましたか? 甘いですね。切り札は残しておくものですよ」


 シメオンという圧倒的な力の切り札を失った女神イザベラではあったが、自身も相当の戦闘能力を隠し持っていた。今までの微笑ではなく、いやらしく笑う彼女を複数の強力な魔術結界が覆っていく。


「イザベラ様、本当に俺たちを……」


 そこまで言ってサトルは倒れてしまう。やはりラドルから受けたダメージは大きく、彼は限界だった。


 異世界召喚、転生をした者の多くはその力に溺れて元の世界で成しえなかったことや溜まっていた鬱憤(うっぷん)を晴らすために力を振るう。それがたまたま与えられた使命や願いと合致(がっち)した者は、事の次いでや力を誇示(こじ)するために悪人や魔王の討伐をおこなっている。その中の一部の者は正義感や責任感、人情によって行動するのだ。


「なんだよ、俺たちはこの世界を守るために呼ばれたんじゃないのかよ」


 サトルはまさに後者にあたる者だった。


「勇者ドゥナ。俺はあんたに憧れていた。初めて見たこの世界の勇者であるあんたの活躍に俺は感動したんだ。あんたのような勇者、あんたを超える勇者になってやるって思っていたんだ」


「それは光栄だ。君を呼んだのがイザベラではなかったら、共に肩を並べてそこの魔王と戦っていたかもしれないな」


「あぁそうだな。でもそうならなくて良かった。真の悪は魔王ではなくて俺を召喚した女神だったんだからよ。俺の勇者物語は酷いどんでん返しだったぜ」


 サトルは倒れながら女神を睨む。


「だったらなんとしても、もう一度ひっくり返してやりたいところだ」


 この場で一番ダメージの少ないドゥナが最後の砦だった。


「それは無理というものです。もう貴方たちに戦う力はないではありませんか。もし魔王シグナの力を当てにしているなら無駄です。彼にも私に立ち向かう力は残っていませんよ」


 イザベラは壁に寄りかかる魔王シグナに向かって嘲笑(ちょうしょう)しながらそう語る。


 実際シグナにはイザベラと戦う力は残されていない。壁に寄りかかっているのは、立っているのもやっとの状態だったからだ。


「どういうわけか聖剣によって浄化されていませんね。それが目的だったのではないのですか? ともかくそこまで追い込んでくれてとても助かりました」


「ちっ」


 タカトは舌打ちした。正直なところ、彼は女神との戦いがここまで苦戦しているとは考えていなかった。


 魔王と相打ちとなったがトドメとなる聖剣を打ち立てられなかったタカトは、実質的に負けである。付け加えるならウィルス=メガの被害者である魔王を消したくないという同情心も芽生えてしまい、聖剣を刺すことに抵抗を感じてしまっている。魔王をここに連れてきた理由もよくわかっていない。


「勇者ドゥナ。聖剣を持っていない貴方は警戒に値しません。戦えるのはその貴方だけ。もう勝負は決しています」


「……斬る!」


 ドゥナはこの世界を守護する女神に向かってそう言葉を発した。


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