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異世界召喚を憂う者  作者: 金のゆでたまご
女神イザベラの章
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力闘の勝者

「貴様は、魔王シグナ」


女神イザベラは笑みを消してその名を呼んだ。


以前は神殿に突入してくるなり襲いかかってきた魔王シグナだったのだが、イザベラを一瞥(いちべつ)するだけで言葉すら発しなかった。そのまま階段を下りてきた魔王はボロボロのタカトを床に投げ落とした。


「いてぇな、もっと丁寧に扱え」


そんなタカトに返事もしない魔王シグナ。


タカトとの戦いの傷は色濃く残っていたが、異世界の勇者たちは魔王の威光と言うべき特別な何かによって身をすくませていた。


「おや、魔王様。もしかしてタカトなんかにやられたんですか?」


その傷を見たシメオンは少し茶化すように魔王に声をかける。


「これは魔王が君らの仲間になって戦うという物語にありそうなどんでん返しってやつなのか?」


シメオンの息は整いつつあるがラドルはまだ肩を上下させている。タフなラドルにしてこの状況は、魔王が加勢したとしてもまったく予断を許さない戦況を物語っている。そんな状況に対して魔王が口にする言葉に仲間たちの心はさらなる衝撃を受けた。


「俺は傍観者(ぼうかんしゃ)だ。こいつらが女神に仕置きをするっていうんでな。お手並みを拝見しに来ただけだ」


魔王はそう言って腕を組み壁に寄りかかった。


皆が衝撃を受けた理由は、魔王の協力などあり得ないと思っていながらも、心のどこかで状況が好転するのではないかと考えていたからだ。


「魔王シグナ、貴様は私の勇者に倒される運命にありますが、こ奴らのせいでその運命が少しだけ狂ってしまったようです。なので貴様の元部下であるシメオンがその代役となります。まぁ彼も私が呼んだ異世界人であることには変わりありませんし、変化は微々たるモノですがね」


ひと時表情を厳しくしたイザベラだったが、すぐにニコやかな微笑に戻る。


「なんだ援軍が来たと思って肝を冷やしたよ」


言葉に反してシメオンはヘラヘラと緩い笑いを浮かべてタカトと魔王を見る。そしてラドルに正対した。そして笑い出した。


「くくくくくく……」


込みあげる笑いの理由。それは、自分の体に変化の兆しを感じたからだった。


「この世界に来て久しぶりに楽しい戦いだった。だけどもう君との戦いは楽しいモノでなくなってしまうんだ。それがなぜかわかるか?」


「おまえがオレにボコボコにされるからだろ」


この期に及んでそんな言葉が出るラドルの胆力に、シメオンは驚きの表情とジェスチャーを見せた。


「そうなったら、たしかに楽しいモノではないな。でも違う。たとえ魔王様が加勢しても、この場にいるイザベラさんの勇者たちが無傷で加勢しても、君たちに勝ち目はない」


力強さの中に乱れのあったシメオンの闘気が静かになっていくのをドゥナは感じた。それだけではなく、その闘気が強くなっていくのも感じて愕然(がくぜん)とする。


「フォウから取り込んだ力がやっと馴染んできたんだ。あれは美味かった。ヨンガロスの血も悪くはなかったが、やはり質が違う」


「あたしの?」


シメオンに血を吸われたフォウの力が回復しない理由はそこにあった。


吸血魔は相手の血を飲むことで力を得ることができる種族だ。血を吸う行為は単に血を吸ってエネルギーを得るだけではなく、呪術的にその者の力の源を吸い上げることでもある。戦いに敗れてシメオンに血を吸われたフォウは、ただ吸われた四天王ヨンガロスとは違い、己の存在を保つ霊核からエネルギーを奪われたのだ。


霊核とは生物の魂の核。そこから力を奪われたフォウは魔族の強大な回復力も発揮できない状態まで衰弱してしまっていた。


「フォウ、君の霊核の力は素晴らしい。冥土の土産に見せてあげよう。君の力で強くなった俺が、君の大切な人をひねり潰す様を」


その沸き上がる力を見せつけられ、フォウは今度こそ絶望する。彼女が感じたとおり、シメオンの突出(とっしゅつ)した力がラドルを一方的になぶるのだった。


「やめて……もう、やめて」


次の瞬間には絶命してしまうだろうラドルを目の前にしても何もできない。ラドルを殺そうという力が自分から奪われた力でもあることに耐えられず、勝ち気で強気なフォウは泣き崩れた。


タカトは膝を震わせながらも立ち上がる。その震えがダメージによるものなのか恐怖によるものなのか自分でもわからない。


「やめておけ。今の貴様では出て行った瞬間に殺されるだけだ」


「そんなの関係あるか!」


だが、シグナの言ったとおり、今のタカトはこの場に居る者の中で最弱なのだ。それはダメージによるモノではなく根本的な能力において。なぜなら、シグナとの戦いで使った【ブレイブシステム・オーバーロード】の副作用によって、異世界人が受けられるシステムの加護や恩恵を失っているからだ。


「おい、シグナ。意地張ってないで手を貸しやがれ。敵の敵は味方って言うだろ!」


「そんな言葉は知らん」


魔王は変わらず腕を組んで壁に体を預けている。


ドゥナとファローは武器を抜きタカトの横に立った。


「なにもしないまま死ぬよりも(わず)かな望みに賭けましょう」


ファローがタカトの背中を押した。


「勇者の最後の相手が同じ勇者を名乗る者では格好が付かない。たとえ敗れても悪しき者に挑まなければな」


ドゥナもタカトの肩を叩いた。


タカトはふたりの手の震えを感じつつもその何倍も勇気をもらう。


皆は、ラドルが倒れれば次は自分たちだと恐怖を感じる中、サルサだけは信じて疑わない。ラドルの勝利を。


「よし、行くぞ!」


タカトが下っ腹に力を込めたとき、高笑いするシメオンの頬にラドルの反撃の拳が打ち込まれた。だがそれは、さほど力が乗っているようには見えないお粗末なモノだった。そんなモノは気にも留めずシメオンは攻撃を繰り返す。そして再びラドルの蹴りが脇腹に入った。


「無駄な抵抗だ」


続けて放つシメオンの攻撃にラドルのクロスカウンターが決まった。これにはさすがにシメオンも鬱陶(うっとう)しく思い、その気持ちを乗せた力をラドルに叩きつけようと足を踏み出すと、ガクッと膝が崩れ腰が落ちる。それが幸いし、続くラドルの力の乗った鉄拳はシメオンの頭上を打ち抜いた。


「こいつまだ動くのか?」


少し距離を取ったシメオンを全身から血を滴らせたラドルが上目遣いで見ている。そしてシメオンは聞いた。


「ようやく……開いてきたぜ」


か細い声で発せられたラドルのこの言葉を。それはサルサの耳にも届いており、今日一番の寒気が彼を襲う。


同様の寒気をシメオンも感じてさらに距離を取った。そして、これまでいたぶる感の強かった攻撃ではなく、本気のトドメの一撃を振りかぶる。


「潰れて死ね! 波動圧殺豪拳はどうあっさつごうけん


瀕死と思われるラドルに向かって放ったのは面による極大衝撃波を超高速で発して対象を押し潰す、豪拳スキルの最上級拳技。


巖撃(がんげき)、ギガント・ライノドーン!」


迎え撃つは上下に並べた両拳によって繰り出されたラドルの形象魔法闘技。巨岩の如きサイが爆走してシメオンの放った衝撃波をぶち抜き、シメオンに衝突したサイの力は、儀式の間の壁を打ち砕いて地下の分厚い土壁深くに押し込んだ。


「なに、あれ……?」


涙を流しながらもラドルの変化に呆気に取られるフォウ。呆気に取られているのはフォウだけではない。サルサ以外の者は、皆一様にフォウと同じ状態だった。


先ほどまで褐色の肌だったラドルは色こそ元に戻ったものの、体には奇妙な紋様が浮かんでいる。変化したのは見た目だけではない。半減していた闘気も魔力も膨れ上がり、発する気勢の桁が違う。


「ぐっ……ぐっ……、だらぁぁぁぁぁぁ!」


抑え込もうとしていた力が内から弾け、叫びを上げて土壁の奥に没したシメオンに向かって飛びかかった。ほぼ同時に理性がぶっ飛んだシメオンも壁の中から飛び出してくる。


血飛沫が舞い肉が引きちぎれる戦いは言語が介入しない凄まじいモノだったが、それは一方的な虐殺だった。


四肢は折れ、翼はもがれ、腹に風穴が空いたところで戦いは終わり、そこからは凄惨な拷問が始まった。


紫に光るシステム的加護の【クリティカルキャンセラー】は減衰効果限界を超えて一撃ごとに吹き飛んでいる。その加護はもはや意味をなさずにシメオンの体へと攻撃が打ち込まれていた。この時点ですでにシメオンは悲鳴すら発することもできず、ただの肉塊(にくかい)とすら思える状態だった。


ラドルからは不必要に力が吹き出し、肉体と精神はまともな状態ではない。そう感じたサルサは震える体と心を押して後ろからラドルに組み付いた。


「終わりです、ラドルさん。もう終わりました!」


皆は理性がなくなり暴走したラドルによってサルサまでも殺されるのではないかと心臓が止まる思いで見ていることしかできなかった。


だが、サルサだけは知っていた。ラドルは理性が飛んで見境なく暴走しているのではない。暴走しているのは開放された力であり、ラドルは苦しんでいるのだ。だからサルサを攻撃しようとしているわけではない。


サルサに続いてフォウもヨタヨタとラドルに近寄っていく。振り回されるサルサごと上から被さるように抱きつくフォウ。それでもラドルは止まらない。手に持って殴り叩きつけていたシメオンを女神イザベラに向かって投げつける。


イザベラの少し横を通過して壁にベチャリとぶつかったそれは、床に落ちてその場に血溜まりを広げた中でピクリとも動かなかった。


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