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異世界召喚を憂う者  作者: 金のゆでたまご
女神イザベラの章
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半身

ゆらりと立ち上がったラドルを見たシメオンはたじろいだ。その姿には『異様』という言葉がピタリと当てはまる。小突けば再び倒れ、今度こそ立ち上がれないであろうラドルに、なぜかシメオン警戒心がざわつく。


ラドルの肌はこれまでとは違ってフォウと同じ褐色(かっしょく)に変わっている。これは異世界人のシンと戦ったときにも表れた現象だった。


その変化を見たサルサは低い位置で拳をグッと握る。


「ラドル、生きてるの?」


立ち上がったラドルの姿にフォウが涙した。死んだかもしれないという怒りや悲しみよりも、生きていたという喜びがフォウの心を弱らせてしまった。


「立ったからどうだというんだ?」


それは、シメオンが自身に向かって言った言葉だ。


ラドルは意識があるのかないのかわからない状態でふらふらとシメオンに向かって歩いていく。シメオンはそれが理解できず、身構えはするも心構えはできていなかった。


とうとう目の前まで歩いてきたラドルにシメオンは迷いながらも拳を突き出した。ラドルが倒れるように膝を崩しシメオンの攻撃を避けた途端、シメオンの体に衝撃が走る。


「ぐぅっ!」


その衝撃の正体は、腕を振り回すほどの距離がない状態からの強烈な打突だった。


立ったことすら信じられない今のラドルの状態で、なぜそんな力が出せるのか。それを知るのサルサが皆の無言の問いに答えた。


「魔族の力です。あれは魔族と人間のハーフであるあの人が、自分の意志ではうまく使えなかった力」


油断から弛緩していたこともあって、思いがけないダメージを受けてしまったシメオン。だが、それによって再び戦いのスイッチを入れなおした彼は、一歩足を引いてラドルを適切な射程におさめた。


死にかけのラドルが相手なら、その首が千切れ飛ぶと思える力を込めた拳を振るおうとしたシメオンの耳に「軍隊格闘術だったな」と小さな声が聞こえた。


シメオンの振るった腕を取ったラドルは逆関節を決め、そのまま頭を押さえてひっくり返す。


「なにっ」


床に倒されて驚く彼の頭部を、ラドルはその流れのままに踏み抜くと、ズドンという音で頭部は石畳を割って没する。この場にいるすべての者が固まる中でシメオンだけがすぐに動き出した。


 翼が発する力で割れた石畳を勢いよく吹き飛ばして立ち上がり、今度はローキックから翼の勢いを乗せた後ろ回し蹴り。その蹴りがラドルのアームブロックに阻まれた途端、シメオンの体が足から勢いよくひねられた。


「ぬおっ」


猛烈な回転でシメオンを床にひっくり返したのは、ついさっき彼がラドルに使ったシメオンの世界でドラゴンスクリューと呼ばれている技だ。


あまりの勢いに三回転ほどして床にうつ伏したシメオンは、背後に恐ろしい気配を感じて転がり避けた。その場所にラドルの拳が突き刺さる。


「こいつ、俺と同じ技を」


立ち上がりすかさず殴りかかったシメオン。ラドルはその攻撃を受け流して再び絡め取った。そこから飛びつき両足で体を挟みながら自分ごとシメオンを床に転がして肘の関節を極める。


「飛びつき腕十字だと?!」


ビキッ


それは肘関節を挫いた音だ。


「ぐがぁぁぁぁ」


痛みで叫びながら翼の力で跳ね上がり、ラドルを振りほどいて距離を取ると、割れ砕けている舞台に着地する。


肘を押さえながらラドルを睨む目には今までのような余裕はない。


戦いを見守る異世界勇者たちはふたりが繰り出す技を見たことがあった。それは自分たちが生まれ育った世界の現代格闘技の技である。とは言ってもあまり身近なモノではなく、映画などの約束された殺陣(たて)でない実際の殺し合いの中で使うことに驚くばかりだった。


「百年近く前だ」


「なに?」


「まだ未熟だったオレをさんざんなぶった奴が教えてくれた」


シメオンが使った【軍隊格闘術】はラドルがまだ修練を始めたばかりの頃、この地にやってきた異世界人がラドルに教えるがてら、彼をいたぶっていた格闘術だった。そのときに身に着けたこの格闘術をラドルはそれ以来ほぼ使っていない。


「まさかこの世界の者で使える奴がいるなんて想像もしなかった。ここぞというときの切り札に隠していたのか?」


「いや、あまり役に立たないからそれ以来ぜんぜん使ってなくて、すっかり忘れてたんだ」


「役に立たないだと? さっきその技でやられた奴の言葉とは思えんな」


「言っただろ、忘れていたんだって」


「ならば俺が二度と忘れられないようにしてやるよ。君の体を使ってな」


「俺も教えてやるよ。この格闘術に二年間費やした虚しさを」


シメオンは力強く構える。ラドルに挫かれた左腕の肘はすでに治癒していた。


この世界の魔族に転生したことで得た、人間を凌駕(りょうが)した力とチートな能力。それ以外に自分が元々持ち合わせていた格闘術はこの世界の者にとって未知の術技であり、それだけでも圧倒することはできた。しかし、強すぎる力は軍隊格闘術など必要とせず、フォウに対してさえ使うことはなかった。


「俺も魔族に転生して間もないころ以来、あまり使う機会がなくてね。この技で戦えることが嬉しいよ」


「いちおう伝えておく。やめておけ、こんな使えん格闘術を使うのは。まだ力押しで来られる方が手ごわく思うぜ」


「本場の俺とどちらの技術が高いのか知りたいのさ!」


翼を使わずに走り寄るシメオン。ラドルも続いて前に出る。今までよりも半歩離れた間合いでの打撃戦が始まった。互いに組み付かれないようにと深く踏み込まずに単発の攻撃が繰り返される。


その戦いの様子を見守る仲間たちは握る拳に汗をにじませながら心の中でラドルを応援していた。次に組み付かれたときが最後のときだと、サルサが息を飲んだところで、戦況が大きく動いた。


踏み込みの一段深いラドルのボディーアッパーをシメオンは顔を(ゆが)ませながらガードする。引き際の腕を取って飛びついたシメオンはラドルの首に足を掛けて反対の足でラドルの足を払ってうつ伏せに倒す。


「さっきのお返しだ」


飛びついてうつ伏せに倒し裏十字に持っていこうとするが体重を利用した勢いだけではラドルは倒れない。シメオンは強引に床へ押し倒そうと翼を広げた。このまま倒しラドルの肘を挫こうとするシメオンだが、その倒れざまにラドルは叫んだ。


「爆撃……サラマンドラ・バースト」


吹き出した爆炎の衝撃波がラドルの腕に組み付いているシメオンを弾き飛ばした。


その腕は床を叩き、度重なる衝撃を受けた儀式の間の円形の舞台はとうとう三つに割れ、サルサは慌ててフォウを引っ張って崩れる舞台から離れた。


「言った通りだったろ? 使えねぇって」


シメオンの世界で洗練された軍隊格闘術は、打撃と組み技の完成系であるだろう。しかし、この蒼天界という異世界においては闘技や魔法という彼の世界にはない力と術が存在する。


「初見の相手になら、何もさせずに制圧できちまうだろうけど、この技がこの世界の戦いを制することはない。身をもってわかっただろ?」


組み技を予想または反応されれば、今ラドルがやったように反撃されてしまうのだ。さらに言えば密着状態では闘技や魔法に対する結界や魔法での防御は効果が薄い。この世界で組み技格闘術が進歩しなかったのはこういった理由があったのだった。


「さんざん技をかけまくったあいつに釣られ、オレはムキになって技で対抗し続けた。二年がたった頃にようやく技で勝てるようになったと思ったら、今みたいにオレをぶっ飛ばして勝ち逃げしやがった。あいつは最初から分かっていたんだ。思い出しただけで腹が立つ」


腕や胸を焼かれ全身に衝撃波を受けたシメオンが立ち上がる。彼はラドルを超える強さを持ちながらも要所要所で切り替えされていた。


ラドルの魔法しかり、自分が魔法が不得意だという心理戦も意味をなさず反撃された。一度は完全に沈めたはずだったが、ラドルがうまく扱えない魔族の力によって立ち上がってこられ、この世界に無いはずの軍隊格闘術を知っていた上にそれも打破された。


「驚きだ。まさかこんな当たり前のことで無効化されるなんて。今までは力の差があり過ぎて反撃される前に終わっていたからな」


「なまじ、おまえが強かったから気付かなかったんだろうぜ。自分より強い相手と戦っていたら知る機会もあったはずだ。今みたいに身をもってな」


「君の言う通りだ。だから、今からは君が手ごわいと言った力押しで行かせてもらう」


余裕の表情を消したシメオンは全力で力を漲らせた。そのシメオンと魔族の力を顕現させたラドルは、舞台の中央で打ち合いを再開するのだった。

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