余興
ラドルの形象魔法闘技【ガンダッシュ・バニコーン】が痛撃した。このことで、流れがラドルに傾いたと皆の心に少しだけ小さく希望の火が灯ったのもつかの間、それは次の瞬間に吹き消された。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
シメオンの高まる闘気を受けて幾人かが転倒したのは、その力に圧せられたことだけが理由ではない。この勝負に勝機を見いだせなくなり足腰から力が抜けてしまったからだ。
「ちくしょう!」
ようやく上体を起こしたフォウが毒づいた。
互いに魔力が枯渇し、たいして魔法が使えなくなった状態である今、ここからは打撃格闘での勝負となる。なれば、闘気の力はその勝敗を左右する要因であることは明白だ。そのシメオンの気勢が凄まじい。彼にとって魔力の大半を失ったことなど、この気勢を前にしたら細事であると言えるだろう。
そのシメオンを前にして闘気を解放したラドルだが、これを最大解放だと感じたサルサは少し頼りなく思ってしまう。
「この最大解放の差はまずいかも……」
戦闘技術はわずかにラドルのほうが上だろうというのがサルサの見立てだ。しかし、解放された力にはそれなりの差があり、それが技術では対応できないモノであると思わざるを得なかった。
「この戦いもそろそろ終わりだ」
「おまえとの戦いはしんどいからな。そう願うぜ」
向かい合うふたりは今までと違って横に回りながら間合いを詰めていく。この戦いの行く末はラドルの敗北。そう思いたくないのだが、皆の脳裏にはそんな後ろ向きな発想が湧いてくるのだ。
「おい、サルサさんよぅ」
少し震える声で話しかけたのはセイジだった。
「あんた、ラドルと付き合い長いんだろ? 正直どうなんだ? 勝てるのか?」
その問いに「大丈夫です。ラドルさんが勝ちます」とラドルを信じる心から希望的観測を返すほど、シメオンは甘い相手ではなかった。
「力は互角。肉体の強靭さでは吸血魔であるシメオンが上。魔法はラドルさんが上だけど、あいつの魔法耐性、なにより無効か率が高すぎます。あの長身でラドルさんに匹敵する俊敏性には驚きましたが、技術面と攻撃の回転力ではラドルさんに分があります」
「で…………勝てるのか?」
「生み出す闘気量はわかりませんが、闘気圧の差が大きいですね」
サルサは分析した結果は言えども答えは言えなかった。
ふたりの会話を聞いていたフォウもサルサと大差ない見解だった。そのフォウは、少し前から魔力を圧縮集積している。それは、呪力に守られたこの儀式の間の扉を破るためだったのだが、なぜかなかなか魔力が溜まらない。ひどいダメージを受けていることを差し引いてもこれは異常だと思えるほど、フォウは力が出せていなかった。
その理由はシメオンに血を吸われたことにあったのだが、フォウはそのことに気が付いてはいない。
吹き出す闘気が押し合う中でふたりの距離が縮まっていく。すでに間合いなのだがどちらも手を出さない。そのままさらに距離が縮み、リーチで勝るシメオンの腕が届くところまで近づいたとき、先ほどと同じ超ショートレンジでの戦いが開始された。
「うおぉぉぉぉぉ」
「っらぁぁぁぁ」
先制のシメオンの攻撃を受け止めラドルも打ち返す。小さな円の中で戦うようにステップは踏めども距離は開けず、上体の動きと足さばきで殴りあっていた。
「無茶よ!」
叫んだのはフォウだが誰もがそう思っていた。勝機があるとすれば敏捷性をいかしたヒットアンドウェイだ。シメオンの強撃を避けて、手数で勝負することが低い勝率をわずかに上げる方法のはずだった。
「こんなときまで相手の土俵で戦うつもりですか?」
嘆きに似たサルサ言葉に返す余裕などありはしない。
ラドルは相手の得意とする戦い方で勝利することにより、敗北を認めさせることが多い。決着が必ずしもそういうわけではないが、戦いの中でそういったシーンはある。
シメオンよりも小柄であることでラドルの方が攻撃回転が速いとしても、気勢の強さを鑑みるに優位に立てるとは言えない。肉体の強靭さを考えればダメージの蓄積によって動きはどんどん悪くなるのだから。
その予想どおりにラドルの手数が目に見えて減っていた。体を振って躱すにしても限界はある。それでもラドルはシメオンの距離で戦っていた。
このとき、ラドルの中でなにかが湧き上がってきていた。
「どうした、もう限界か?」
失速していくラドルがそれでも踏ん張る姿にシメオンは言葉を投げつける。
「なら最後に軍隊格闘術を見せてやるぜ」
シメオンは半歩足を引いて構えなおした。
その引き足を追いかけるように踏み込んだラドルのショートアッパーを受け止めると、シメオンがその手を取って足を踏み込んだ途端、ラドルは床に転がされた。
「なんだ、今のは?」
ドゥナの言葉と同じように仲間たちも思った。
床を転がされたラドルは起き上がって右フックを放つのだが、ブロックされた瞬間にその腕を掴まれ巻き込まれ投げられる。シメオンは腕を掴んだまま足を絡めくるが、ラドルは強引に腕を引き抜いて立ち上がった。
「今のをよくしのいだな」
シメオンの妙な戦い方に驚く者たちの中で、ラドルは止まらずに向かっていく。
ラドルの正拳をヘッドスリップで避けたシメオンはその腕を外側から絡めた。そのまま頭を押さえて巻き込みひっくり返すと、床に倒れたラドルの頭部をなぐりつける。
「あっ!」
仲間たちが悲鳴じみた声を上げる中で放たれた二撃目を、ラドルは転がり避けて脱出し、回転して起き上がる勢いのままに回し蹴りで反撃した。その蹴りがわき腹に命中したと思いきや、シメオンは掴んだ足をくぐるように巻き込んでラドルをひっくり返した。
「ドラゴンスクリュー?!」
そう叫んだのは異世界勇者の中のひとりだ。
勢いよくうつ伏せに倒されたラドルの背面に向かってシメオンは腕を振り上げる。
「ハンマーナックル」
闘気が巨大な拳を形成し、倒れたラドルを背中から押し叩いた。その威力に石畳は飛び跳ねて舞台全体に亀裂が走り、巨大な闘気の拳が消えたその場には、体の半分が舞台に埋まった状態で動かないラドルの姿があった。
「ラ……」
サルサからそう声が漏れた以降は誰の口からもなにも漏れることはない。力の入らない体で歯を噛みしめるフォウ。シメオンに向かって飛び掛かりたい衝動はあるのだが体が動かない。
勝利を確信したシメオンが腕を突き上げたそのとき、舞台の端でふたりの戦いを見ていたイザベラが口を開いた。
「楽しい演武でしたね」
サルサたちがイザベラに視線を向けると、彼女は今までよりもさらに優しい笑顔を彼らに返した。
「余興も済んだことですし、すべてを消して終わらせましょう」
この戦いを見ていた異世界勇者たちは完全にその命をあきらめていた。ドゥナたちも最後まで抗う気持ちはあったが、ラドルを倒したこの男に勝てるとは欠片も思ってはいない。
そんな中で他の者とは違う思いを持っていたのはサルサとフォウのふたりだけなのだが、そのふたりでも思っていることは別々のことだ。
フォウは自分の手でラドルの仇を討ってやるという強い思い。そして、サルサは……。
「なに言ってるんですか? 余興が終わったんです。ここからが本番でしょ」
いつもの調子で軽口を叩き始めた。
「もしかして勝ったつもりですか?」
これは、特級勇者がラドルに敗れたときにイザベラがサルサたちに向かって言ったセリフだ。
「みんな分かってませんね。ラドルさんがこんなことで終わるわけがないでしょ。終わったのはウォーミングアップです。そろそろ本気で戦ってください」
ピクリとも動かないラドルに向けてサルサが言う言葉にイザベラとシメオンは笑った。戦っていたシメオンが一番わかっていた。ラドルが戦闘不能だと。
「ラドルさん、休憩が長いですよ」
横で怒りに燃えていたフォウもサルサの様子を見て冷静さを取り戻していく。
「サルサ……」
「こんなときに遠慮はいりません。いえ、こんなときだからこそ遠慮はいりません。さぁ切り替えちゃって下さい。あのときのように」
「おいおい、なに馬鹿なことを……」
そう言いかけたシメオンは振り向いた。振り向いた視線の先で完全に落ちたはずのラドルがゆらりと立ち上がったのだ。
死んでもおかしくない。死んでなかったとしても動けるはずがない。例え立ち上がったところで戦う力など無いはずなのだが、立ち上がった事実にシメオンは肝を冷やした。




