殺しを楽しむ者
シメオンの「俺も異世界人なんだ」という言葉に反応したのはラドルだけではない。同じく異世界から来たセイジはラドルよりも明確に反応を示した。
「てめぇも召喚されたってのか? だけど……」
セイジの疑問はシメオンの人間ではない姿に対してだった。
「あぁ違う違う、俺は召喚されたんじゃない。この世界に魔族として転生、正確には憑依転生したんだ」
「憑依転生だぁ?」
「そう。俺は元の世界で仲間に射殺されちまったんだ。そしてイザベラさんに呼ばれて魔王を倒す勇者になって欲しいと頼まれたんだけどさ」
シメオンは先ほどと同じようにラドルから視線を切って女神を見た。
「断られました」
イザベラはそう答え、シメオンは笑った。
彼らが話しているあいだラドルは動かなかった。シメオンがさっきよりもずっと大きな隙を見せたにもかかわらずだ。
「そして、彼はこう言ったのです。勇者じゃなくて魔王にしてくれと」
「俺は、元の世界では傭兵やっててな。戦争に参加したことも何度かあった。あの世界じゃ殺しが許されるのは戦争くらいだけど、遠くからドンパチだけじゃ満足しなくてよ。戦争以外でもコッソリと殺しをしていたんだ。それがとうとう見つかっちまって処罰された。こんな世界に呼ばれたんで、今度は魔王にでもなってと思ったんだが、魔王は無理だって言うからよ」
残念そうな表情でシメオンは手を広げた。
「なので彼を魔族として転生させてあげました。事情により純潔の魔族には転生できないので、亜種である吸血魔ですがね」
「そのことは感謝してるよ。おかげで血が美味いと思えるようになった。倒した相手の血を吸う快感もね」
そう語る表情は愉悦に満ちている。
「俺は戦って相手をいたぶりなぶることが好きだった。恵まれた体格を鍛え、軍隊格闘の技術を合わせて相手を屠る優越感。大なり小なり人間誰しも持っているよな?」
これこそ異世界にやって来た者がやりたいことだろう。実際、大半の者がやっていることだ。それをシメオンは元の世界でもおこなっていた。
「魔王軍に入る前から俺は人間だろうと亜人だろうと獣だろうと戦いを挑んでいた。たまには負けることもあったけどよ、倒すたびに強くなっていくのが楽しくてな。実は魔王軍に入ってからも人間を殺し、仲間を殺しつつ戦いを煽っていたんだぜ」
ドゥナが勢いよく立ち上がった。
「近隣の村が魔王軍に襲われたのはお前のその行動によるものか?!」
「そうかもね。互いに被害が出れば争いになることは必然。まぁ非戦闘員の人間じゃ亜人に勝つのは難しいから一方的な虐殺なんだろうけど」
当然その行為に対して王国が動くことになった。
いやらしく笑うシメオンにドゥナは憤り、舞台へ上がろうと踏み出すが、それをサルサが引き止めた。
「ガナード君が俺に母親を助けられたと言っていただろ? だけど村の大半の人はすでに殺されていた。その切っ掛けを作ったのはあいつだったんだ」
イザベラの神殿を襲った当初の魔王シグナは近隣諸国に対して手を出すようなことはなかった。時が経つにつれて魔王の元に集まる輩が増えてくると多少のトラブルは発生したものの、都市や村を襲うなどということもなかったのだ。それをシメオンが自身の【狩り】という楽しみのために騒動を起こし、人間と魔王軍が敵対関係になるように誘導していたことが明かされた。
「それが上手くハマって魔王を狙って冒険者や異世界の勇者なんかが来るようになったから狩りが楽しくなった。戦いはそれなりにスリリングじゃないと面白くないからな」
「それを邪魔していたのがタカトか」
ここまで動かず口を挟まなかったラドルがシメオンに問うと、シメオンは困った表情でうなずいた。
「あいつが魔王軍にちょっかい出す奴らを追い返すもんだから暇になっちゃってよ。タカトをターゲットにしようとしたら魔王があいつに手を出すなって言うから、最近はストレスが溜まってたんだ。いよいよクワトラの部下でも狙おうかと思ってたところでフォウが相手をしてくれたんで久々にスッキリできたぜ」
シメオンのいやらしい視線がフォウに注がれ、フォウはその悔しさで歯噛みする。そのフォウに送られるシメオンの視線のあいだにラドルが割って入った。
「ラドル……仇を討って欲しいけど、ここは逃げて」
悔しさで、はらわたが煮えくり返える思いはあるが、彼女は心底逃げて欲しいと思った。
「サルサ、なにか手を考えなさい」
「そう言われても物理的にも呪力的にも閉鎖されたここから出るには相応の力が必要です。その力があるのがフォウさんだけじゃ」
彼女はシメオンとの戦いで受けた傷により立ち上がることも困難だった。四肢は折られ内臓にも深刻なダメージがあり出血も多量だ。強い生命力と回復力の純血魔族であるからこそ生きていられるのだが、なぜかその回復力はあまり発揮されず遅々としていた。
サルサはフォウに言われるまでもなく頭をフル回転させてはいたが、脱出の手立ては思いつかない。ラドルがシメオンに勝利する確信もない。なぜならば、ラドルよりも強いと自称するフォウに勝ったシメオンに、ラドルが勝つのは難しいからだ。
ビシッ
突如発せられた音と衝撃で皆の意識がそこに向けられる。シメオンが放った中段蹴りがラドルの腕のガードに叩いた。
「ぐぅ」
力んだ声か痛みの声か、ラドルは顔をしかめて踏みとどまる。
続けて左の中段蹴りを同じように防いだが、ラドルは踏みとどまることはできずに滑りながら押し飛ばされた。その直後、伸びてきた右ストレートにガードが間に合わず、ラドルはまともに喰らってしまう。
声にならないフォウの叫び。サルサと仲間たちは自分たちの置かれた状況がどれほど厳しいのかを再認識した。




