女神の切り札
必殺の一撃を完全ガードされたサトルに対してサルサはこう叫ぶ。
「サトルさんでしたっけ? たぶんラドルさんの攻撃に耐えたら次はあんたに順番をくれると思うんで頑張って耐えてください」
「黙ってろ」
後方からサトルに助言するサルサを一喝し、ラドルは両足を開き腰を落として拳を脇に構える。高まる闘気と魔力に脅威を感じたサトルは、今持てる力を使って魔法を行使した。
「エレメンツスクエア・グランドウォール」
これは四大精霊による上級防御壁。前方に限定して展開される魔法の盾は大半の攻撃を防ぐことができるのだが、ラドルに脅威を感じたこととサルサの言葉に誘導され、彼は攻撃でなく完全防御に徹してしまった。
「弾撃……」
ギンッとラドルの目に力が込められる。
「ガンフィッシュ・ダンガン」
「ひっ」
前腕に渦巻いていた水流が突き伸ばした拳から、圧縮闘気の爆圧によって超加速され撃ち放たれる。その刹那に彼は『止められっこない』と思った。
高粘土の魔力水弾は魔法の壁を突き破ってサトルを直撃し、彼を儀式の間の壁まで押し飛ばした。
「すげー……」
一度はラドルと戦ったセイジは思う。あれが戦いなどではなく『あしらわれた』だけなのだと。そう実感はすれど、ラドルの強さが自分よりどれだけ先なのかは計れない。
「サルサさんが頼りにするわけだ」
五人の特級勇者をたったひとりで倒してみせたラドルに対し、勇者に返り咲いたドゥナも、他の者たちも、感心する以上に驚いていた。
「ふうぅ」
ひと息つくラドルの背後から突如、巨漢の男ワイアットが掴みかかってきた。
戦闘不能になったと思っていた男がこのタイミングで襲い掛ってくることを予期していた者はいない。たしかにワイアットは大きなダメージによって気を失っていたのだが、他の四人が戦っているあいだに女神イザベラが力を注ぎ回復させていたのだ。
「うがぁぁぁぁぁぁ」
「うるさい」
振り向いたラドルの裏拳がワイアットの頬を捉え、またしても彼は二回転して床に張り付き、サルサはラドルの『ラ』の字を叫ぶことなく口を開いたままそれを見ていた。
五人の特級勇者は儀式の間の舞台から場外へ退場させられ、残るは女神イザベラただひとり。そんな状況の中でもイザベラは笑顔を崩していない。
「貴方がたはなぜ私の邪魔をするのですか?」
戦いの余波でかがり火が数本消えた部屋の中で彼女は語りだした。
人間を敵視する魔王たちを倒すために私たち女神は異世界から勇者を召喚しているのです。感謝されることはあっても敵視される覚えはないのではありませんか?」
「その魔王を狂わしているのはお前だろ、ウィルス=メガ」
ドゥナに抱えられたセイジが女神に向かって言葉をぶつけたのは異世界人のセイジこと千田誠二だ。彼はイザベラに憑りつき狂わしているのがウィルスだということをしっかり理解していた。
ウィルス=メガと指摘された女神は否定も誤魔化しもせずに少しだけ目つきを鋭くしてセイジを睨んだ。
「勇者とは、臆することなく使命に挑む者が、民衆の希望となることで冠される称号です。その者の強さを示すモノでも、魔王を倒すという目的を与えられた者でもなく、自分で名乗るモノでもない。ましてや職業などではありません」
自身が【勇者】と呼ばれ、【異世界の勇者】の概念の違いを知るドゥナは女神に断言した。
「おまえら女神や、王族など一部の人間に教えた召喚の秘術によって呼ばれる馬鹿な異世界人のおかげで、この世界は大きく乱れちまってる。理由はそれだけで十分だ。顔が変形するくらいは殴らせてもらうぞ」
拳を握るラドルが一歩踏み出すと、女神は声を出して笑いだした。
「もしかして勝ったつもりなのですか?」
変わらず落ち着き払った様子で切り返したイザベラの手には何かしらの魔道具が握られており、それを見たサルサがその魔道具の名を口に出した。
「召喚魔道具!」
「そうです。庶民の貴方がよくご存じでしたね」
微妙にディスる言い回しをされ、顔をしかめるサルサをよそに、彼女は話を続ける。
「これは、ある王家が開発した魔道具です。転移門の魔術の応用でこんな魔道具を作り上げました。その効果は対となる受信側の魔道具を持つ者を呼び寄せることができます。こんな物を作り出すとは、この世界の人族も侮れませんね」
女神は魔道具を起動する言葉を発した。
「コール」
魔力を込めて発したその言葉に反応して魔道具が光った。魔道具が足元に魔術陣を形成すると、突如その場所に人影が浮かびあがる。
「あいつは!」
ファローは驚き叫び、ドゥナも声は出さなかったものの体を硬直させる。
そこに現れたのは異形な角と翼を持った魔族だった。
「四天王。吸血魔シメオン」
ドゥナは力のこもったかすれ気味の声でその者の名を口にした。
「俺を呼ぶなんて、相当に切羽詰まってるんだな」
そんな軽口でイザベラと話すシメオンの様子から、ふたりはあきらかに以前から見知っていることがわかる。女神をつけ狙う魔王の四天王が女神と繋がっていることに皆は驚き戸惑っていた。そんな中で別のことで戸惑っていたのはラドルとサルサだ。
「ちょうどいたぶり遊ぶのに飽きてきたところだったからいいけど」
シメオンの右手が掴んでいるのは女性の髪の毛だ。ラドルとサルサが戸惑ったのはその女性が彼らの良く知る人物だったためだ。
「フォウさん!」
彼女の名を呼ぶサルサに、シメオンは言う。
「お前はフォウの知り合いか? もしかして、お前がラドルとかいう……」
そこで言葉を止めたシメオンは、サルサの横で自分を睨む者に視線を移してから続けた。
「……ではなくて、お前がラドルだな」
「あぁ」
ラドルは冷たい声色にたぎる怒りを込めた。
「イザベラさん、俺はこいつらを始末すればいいんだよな?」
「そうです」
「この城の者以外だな。一、二、三、四……」
シメオンが自分が倒すべき者の人数を数え始めると「十一人」とイザベラは言う。
「貴方が連れているその女性も入れたら十二人。ルディ王女以外全員です」
「「「え?」」」
ラドルたちとフォウで七人となると残りの五人とは女神の勇者たちに他ならない。何人かが疑問の声を発したとき、重々しく扉の閉まる音が儀式の間に響いた。
「イザベラ様どういうことですか!?」
この異様な空気を感じ、舞台袖で壁に寄りかかって座る魔道士の女が問う。
「貴方たちが知ってはならないことを知ったからです」
「それはその魔族との繋がりですか? そんなこと誰にも話しません。たとえ魔族でもイザベラ様の仲間であるなら、それは私たちの仲間です」
その返答にイザベラは首を横に振るのみだったが、サルサが代わりに説明した。
「そういうことじゃありません。女神イザベラの正体です。さっきセイジ君が叫んじゃいましたからね。イザベラに取り憑くウィルス=メガって」
「どこで知ったのか……。そのことを知る者は生かしておくわけにはいかないのです。おとなしく消されてください」
特に凄むでもないイザベラの言葉は逆に凍るような冷たさを感じさせ、聞く者に強い恐怖を与えた。
「では仕事の前に食事を済ませるか」
シメオンは髪を掴んだままフォウを持ち上げ、彼女の首筋に噛みつき血を吸った。そして、吸ったその血をゴクリと飲み込み「さすがの美味さだ」とニヤケた瞬間、顔面に強烈な衝撃を受けて壁まで吹き飛んだ。
ラドルはシメオンを殴り飛ばしたその衝撃で弾かれたフォウの腕を掴んで引き寄せる。
「ラ……ドル」
フォウは酷いダメージを負いながらもかろうじて意識を保っていた。
「もう大丈夫だ」
普段は見せないラドルの表情と優しい言葉を聞いたフォウは、彼の腕に抱かれながら消えそうな声でこう言った。
「逃げて。あいつは……強すぎる」




