生贄
腕を切り落とされたアキラ。恐怖に心を折られうずくまるヒューゴ。ふたりを応急的に治療して厳重に拘束したドゥナ一行は、命を懸けて転移門を開放してくれたガナードの遺体をそのままに、悲しみに浸る間もなく女神のいる儀式の間に向う。
女神の陰謀に巻き込まれ、その陰謀を打ち破るために巻き込んでしまったガナードが命を落としてしまった。皆はこのことに激しい罪悪感を覚えて自分を責めていたのだが、それを口にすることは、この苦しさを発散して楽になることだと、そうすることを許さなかった。
セイジを先頭に重い足取りで回廊を駆けていく五人。その先にはジュレに教わった通り大きく頑丈そうな扉があった。扉の上部には【儀式の間】と記されている。
セイジは振り向いて四人の顔を見たあと、扉の取ってを握り引き開けた。大きな扉は重々しくも大して音をたてず開いていく。
扉から伸びる短い回廊を抜けると広々とした部屋に出る。部屋は中央に向かって下りの階段となり、下りたその先は一見してコロシアム風の円形の石畳となっていた。その周りにかがり火が灯され、天井からは魔術を使った光源がかなりの照度で広い儀式の間を照らしている。その舞台の上にはふたりの女性と特務隊員が居た。
女性のひとりはこの国の第一王女ルディ=レット=ランサイズ。もうひとりは王女ルディのドレスとは違い、膝下の見える派手な白いドレスを着ている女性。彼女こそ、数々の異世界人をこの世界に召喚し、魔王に命を狙われ、この国の第二王女ジュレを殺そうとしている者。女神イザベラである。
「あいつが女神イザベラか」
ルディの命を狙う女神に対して怒りの炎を燃やすセイジ。ガナードのこともあって自責の念を薪にさらに怒りを燃え上がらせる。
彼のはやる気持ちを抑えるためにセイジの腕をつかむファローだったが、彼も他の誰もがセイジと同じ思いで女神を見ていた。
階段を下りてくるセイジたちに気が付いたのは女神イザベラの特級勇者サトルだ。
「タカノリたち……、ではないな。誰だ?」
特務隊の制服を着ていないセイジたちを見て目を細める。
「ルディ王女!」
叫んだのはドゥナだった。ルディは光の魔術陣の中で拘束されていた。
「ドゥナ!」
ルディに名を呼ばれたドゥナは階段を駆け下る。ドゥナに続いてファロー、リリーナ、セイジも飛び降りる勢いで儀式の間の円形の舞台に降り立った。
女神イザベラの前にサトルが立ち塞がると、ドゥナたちは立ち止まって抜剣する。だが、セイジは低い姿勢のままさらに加速してサトルに向かって剣を斬り上げた。
虚を突かれたサトルは上体を反らすと同時に鞘から剣を引き抜いて石畳に突き立てた。
「侵せ、神秘なる流れを。囲へ、裁くべき敵対者を。パラライズ・プリズンウォール」
追撃してくるセイジとのあいだに光の壁が伸び上がり、接触したセイジが電気を流されたように体を震わせた。
光の壁は円形に広がってドゥナたちも一緒に囲い込む。セイジのように壁に接触していないが足元から伝わる呪力によって、セイジと同じように体が痺れて思うように動けなくなってしまった。
「この野……郎」
麻痺によって体の動きを制限されながらセイジはサトルを睨みつける。
「無鉄砲な奴だ」
剣を突き立てて魔術を行使しながらサトルはひと息ついた。
この魔術は剣を突き立てて呪力を流すことで維持されるため常に力を使い続けるが、その分破るのが難しい。
「イザベラ様、話をするなら手早く頼みます。この魔術は魔力の消費量がかなり大きいので」
「承知しています」
丁寧で優しげな口調で返事する女神イザベラがサトルの横に並び出る。整った容姿もあって、少し派手な服装を除けば淑女といった印象を与える。その女神が放ったひと言に、ドゥナ一行は戦慄した。
「貴方がたには生贄になってもらいます」
「生贄だと?」
セイジの復唱にイザベラは微笑みながらうなずく。
「魔王の進軍に備えておこなう予定だった大召喚の秘術ですが、どうやら予定を繰り上げる必要が出てきました」
ルディがイザベラに伝えた情報によって多数の異世界勇者を召喚する儀式を早めようと女神が動き出した。この展開はタカトたち反女神勢力にとって最悪の事態なのだが、早急に転移門を開放して乗り込んで来るためには必要なことだった。
「久しぶりですね、ランサイズ王国の元勇者ドゥナ=アンツ。私のために魔王シグナに挑んでくれた日以来でしょうか? あのときは私の勇者たちと共に戦ってくれた貴方が、そんな物騒な物を持ってこんなところに現れるなんてどういうことですか?」
「イザベラ様、今のあなたの言葉にはふたつの間違いがあります」
「ふたつの間違いとは?」
「俺はこの国を救うために再び勇者の称号を掲げました。なので元勇者ではありません。それと、俺が魔王に挑んだのはあなたのためではなく、この国の人々と、あのときのあなたのためです。けっして今のあなたのためではありません」
体の自由を奪われながらドゥナは強い口調で続けた。
「俺たちは女神という名の病魔を治療するために来たのです」
ドゥナの発言を聞いたサトルはその言葉の真意を図りかねる。
「病魔とは失礼ですね。世界のために魔王を討つ勇者を召喚するわたしを病原菌呼ばわりですか?」
「違うと言うのですか?」
その返しにイザベラは答えない。
「勇者サトル、聞いてください。王女ルディが言ったとおりなら、魔王シグナが軍を引き連れてこのランサイズ王国に攻め入ってきます。前回は突然のことに対応が遅れてしまいましたが、貴方たちの活躍により退けることができました。しかし、少なくない兵士と一部の国民、そして私の勇者たちが数人命を落としてしまいました」
サトルはそのことを思い出して悔しさを顔に表した。
「もうそんなことを起こさないために、私は大召喚の秘術を使って多くの強き勇者たちを召喚するつもりでした。その準備もあと一歩のところまできましたが、どうやら間に合いそうにありません」
そこまで言って女神は手を掲げ、魔術陣に捕らわれていたルディが舞台の周りの柱に移動する。
「なにを……する気だ!」
セイジが魔術陣の拘束に抗って首を回すと、イザベラは説明した。
「王家の者がなぜ王家の者なのか知っていますか? 王家の者は一般の者とは違う特別な力があるのです。いえ、正確には特別な力を持つキャパシティ、貴方たちにわかるように言えば力や能力の大きな容量を持っています」
「それがなんだってんだ」
血走った目でセイジは女神を睨みつける。
「その能力があるからこそ、王家の者は異世界人を召喚することができるのです。貴方もジュレのその力で呼ばれたのですよ」
儀式の間の舞台がぼんやりと光りだす。その光はだんだんとクッキリとしたラインとなって大きな魔術陣を描いた。
「ですから、王族のその力……その命を使って、今から勇者召喚の儀式をおこないます」
「命だって?!」
ドゥナは叫び、仲間たちは絶句した。
どこかの国では自国を救うために王族の命を使い、異世界勇者の召喚がおこなわれているのだ。
「そうです、命です。ですがそれでも呪力は少なすぎます。なので貴方たちの命も使わせてもらいます。そのためにこうして拘束しているのですから」
コロコロと笑う女神イザベラにドゥナ一行も女神の勇者であるサトルも背筋を冷やしていた。
「勇者ドゥナ。貴方も王族とは違いますが、特別な力を持っています。だから勇者の称号を得るほどの活躍ができる闘士となれたのです。その力を今度はより強い勇者を召喚するために使ってあげます。それによって魔王軍から国を守れるなら本望ですよね?」
無邪気にほほ笑む女神イザベラに悪意は感じられない。その言動はそれがさも当たり前だという顔でおこなわれていた。




