ガナード三等兵の戦い
ルディと勇者カズヒロが大扉から入っていくとガナードはすぐに右を向いてその回廊の奥へと向かう。
何人いるかわからない勇者たちだが人数はそう多くはない。確率的にはもう会わないはずと願いつつ歩いていると、回廊の向こうから三人組が歩いてきた。
談笑しながら歩いてくる三人にガナードは見覚えがあった。ジュレとセイジ諸共自分をも亡き者にしようとした特務隊員だからだ。その三人がこちらに向かってくることで下を向き体を固めかけたガナードだったが、ついさっきルディに言われた言葉を思い出して胸を張った。
特に何事もなくすれ違い、ほっと一息入れたガナードが、少しだけ歩幅を広げて先を急ごうとしたところ呼び止められてしまう。
「おい、お前」
その声にビクリと体を揺らして立ち止まるが振り向くことはしなかった。
「その制服特務隊じゃなくて城の兵士じゃないか。なんでこんなところにいるんだ?」
「わた……俺は、まだ女神さまに呼ばれたばかりで制服がないんです。それまでこれで我慢しろって」
振り向かず首だけ少し横を向いて答えるガナードは起死回生の嘘で切り返した。心臓がバクつく彼に異世界勇者レンが言う。
「お前はどこの国から来たんだ? 日本人じゃなさそうだけど」
日本という聞いたこともない国名を出され、その国の者ではないと言われてしまえば、見た目に違うということ。となれば同じ日本人だとは返せない。
「そんなの聞いてどうするんですか。もうここが俺の国ですから。それじゃぁ」
立ち去るガナードの背中は冷や汗が溢れ、あまりのストレスに顔から血の気が引いて気分が悪くなっていた。
「なんかつまんねぇ奴」
倒れそうなのをなんとか耐えて歩く彼にひと言添えて、レンとアキラは向きを変えた。
「ヒューゴ、どうした。行こうぜ」
アキラが声をかけるがヒューゴという坊主頭の異世界勇者はガナードをじっと見ていた。
「どうしたんだ?」
「あいつ、どっかで」
それから数秒。ヒューゴは突如魔法を放った。
「スパイン・ウィップ」
その声を聞いてガナードは走り出すと、五本の魔法の鞭が彼が歩いていた場を襲って石畳を打った。
突然魔法を使ったヒューゴにレンとアキラは文句をつけると、ヒューゴは走りながら答える。
「あいつはセイジとジュレの隠れ家に行ったときに一緒にいた奴だ」
それを聞いてふたりもガナードのことを思い出す。夜の更けた暗闇の中だったため、しっかりと顔を覚えてはいないが、ヒューゴにそう言われるとピントが合ってきた。
「なんでここにいるんだよ」
ヒューゴに付いて走り出すふたりだったがまだ確証を持っているわけではないので本腰が入らない。対してヒューゴはうろ覚えだろうと、勘違いだろうと関係ない。間違っていたらその時はその時だという程度だった。
「待ちやがれ!」
ヒューゴはイギリス出身の犯罪者である。
人を平気で傷つける輩で、それが祟って恨みを買い、その結果追い詰められて事故により死んでしまった。
彼は自分の思い通りにならないことに我慢が効かず、暴力的衝動を抑えずに人を傷つけてしまう。ラドルにやられたことを根に持ち、そのときに一緒にいたガナードを目にしたことで怒りの感情が再び燃え上がってしまったのだ。
そのヒューゴの前を走るガナードは逃げているのではない。ここには逃げ場などないと理解している。捕まれば殺される。だから、その前にせめて成し遂げようと思ったのだ。
「うわぁぁぁぁぁぁ」
足がもつれさせながら全力疾走しているガナードは回廊の一番奥の扉にたどり着き、ドアノブを掴んでひねった。そこへ再びヒューゴの【スパイン・ウィップ】が襲いかかり、引き戸だったことでその場に止まっていたガナードを扉もろとも部屋の中に打ち飛ばした。
棘の鞭で体を切り裂かれたガナードは全身から血を流し激烈な痛みによって床の上でもがき暴れている。その部屋の奥には仄かな光を放つ閉鎖された転移門魔術陣があった。その転移門が目に入ったガナードは這いずって向かうのだが、もう一息のところで追いついてきたヒューゴに背中を踏みつけられてしまう。
「捕まえたぜ、侵入者」
外部の者を捕まえたという女神に仕える特務隊の任務ではなく、人を傷つけるという自分の欲求が満たされることに愉悦の笑みを浮かべるヒューゴ。壊れた扉の出入り口からレンとアキラがやってきて、血まみれのガナードを足蹴にするヒューゴを冷ややかな目で見ていた。
「あいつやっぱりちょっと変だよな?」
「いくら女神の敵でも俺にはあんな残虐なことはできないわ」
ヒューゴは転移門魔術陣に手を伸ばすガナードの手に短剣を突き立てわき腹を蹴り、スパイン・ウィップを背中に叩きつけていた。背中の皮はずる剥けて、大量の出血によって床は血の海となっている。
このまま放っておけばいずれ死ぬであろう大怪我を負ったガナードだったが、それでも数メートル先にある転移門魔術陣に向かって進もうと手足を動かしていた。
「まだ動けるのか」
「こいつはなにしにここへ来たんだろうな。大召喚の秘術の邪魔をしに来たにしては弱すぎだろ」
「俺は正直邪魔してくれてもいいと思っているんだけどよ」
アキラの言葉にレンも同意した。
「実は俺もだ。百人規模も異世界の奴らが呼ばれたら、俺たちの影が薄くなっちまう。そうでなくても俺たちゃ二軍だぜ」
「ヒューゴもそう思わないか?」
「そんなことはどうでもいい。この世界なら、この立場なら相手さえ選べば殺しも合法。それだけで俺は十分だ」
元殺し屋のヒューゴの感覚は、半分ゲーム感覚のアキラやレンとは違うのだ。
三人がそんな風に話をしてガナードがから意識が離れている隙に、彼は自分の手に突き立てられた短剣を抜いて後ろに立つヒューゴに向かって投げつけた。
至近距離の短剣の投擲を辛くもよけたヒューゴだったが、不意の反撃をしたガナードに激怒。体を起こしているガナードに向けて懐から出した小振りな三本のナイフを投げつけて腹に突き刺した。
「このうじ虫野郎が! レイジング・ローズウィップ」
ヒューゴの足元から無数のバラのツタが伸び上がり彼を中心に広がっていく。
「うわぅ、バカこんなところで」
レンとアキラは部屋から飛び出して逃げるが、動けないガナードは棘の波に飲み込まれてしまう。無数の棘に揉まれながらツタに巻き上げられ、魔法の効果が切れて棘のツタが消えると体中がボロボロになって床に落ちた。
「雑魚のくせして反撃なんかしやがって。てめぇはおとなしく俺にいたぶられてりゃいいんだよ」
薄暗い地下の一室で悪魔を思わせる歪んだ笑みを浮かべるヒューゴ。しかし、ガナードはズタボロで虫の息だが恐怖に心を蝕まれてはいなかった。
「ふ、ふふ、ふふふふふ」
そのガナードの口から息が漏れている。
棘の魔法が消えたことで部屋に入ってきたレンとアキラは、死にかけの彼の口から漏れる音がまるで笑っているように感じていた。
全身が血液で真っ赤に染まっているガナード。震える手をゆっくり持ち上げたがその手は力を失って胸の上に落ちる。
「くそ、もう少しじっくり痛めつけてやろうと思ったのによ」
一瞬の感情の爆発で強力な魔法を使ってしまったヒューゴに、ガナードは苦しげながら笑みを見せた。
「おかげ……で、たす……かっ…………た」
かろうじて聞こえる程度の声でそう言ったガナードに三人の特務隊員は耳を向ける。
「トラン……ジッションゲート…………リリース」
その式句を受けて転移門魔術陣は起動し、ガナードの懐の魔道具が蓄えている呪力を取り込んで開放された。
「てめぇは何をしやがった!」
自分が把握できない不測の事態を快く思わず、またまた頭に血を上らせたヒューゴは、その感情のままに魔法を使った。
「アイスブリッツ」
ガナードへ差し向けた手の周りに小さな氷塊が十数個生成されて放たれ、着弾して砕けた氷の欠片がダイヤモンドダストとなって転移門魔術陣の光を反射させた。部屋をキラキラと照らす光の中でガナードではない声が発せられる。
「待ち伏せに備えて盾を形成しておいて良かった」
数秒で晴れたダイヤモンドダストと光。転移門魔術陣の上には元勇者ドゥナ=アンツとその仲間であるファローとリリーナ、そして、セイジとサルサの五人の姿があった。




