第一王女ルディ=レット=ランサイズ
ランサイズ城の転移門を再稼働させるべく城内に入ったガナードは、他の兵士たちの顔色を覗いながら歩いていた。兵士たちは再度の魔王軍侵攻の予兆を受けて緊張感があるものの、ガナードを気にしている者はいない。
転移門となる魔術陣があるのは城の地下。ジュレの話によれば厳重に警備されているわけではないが王族の許可無く行くことはできないという。なのでジュレはガナードに手紙を持たせた。あて先はジュレの兄と姉だ。王と王妃はジュレの敵ではないが女神に酔狂しているため協力を得ることは難しい。
ガナードは懐に忍ばせている手紙に手を当てながら王子、王女の私室のある場所へ向かっていた。とはいえ、三等兵などと馬鹿にされる新兵の彼が、直接王族に面会なり所用があるというのもおかしな話だ。ガナードは城内警備を装いながら王子か王女が出てこないかとウロウロしていた。そして二時間が経過したころ、ようやく王女が私室から出てきた。
跳んで駆け寄りたい気持ちをどうにか抑え、静かに歩いて近づくガナード。すれ違うところで足を止めて敬礼し、彼女にだけ聞こえる程度の声で囁いた。
「ジュレ王女より手紙を預かっています」
その言葉に王女の足が止まる。
「あなたは?」
「新兵、ガナード=シルバリオであります」
少しだけ声を張って名乗ったガナード。
「ではガナード。これから庭園に散歩に出ます。お供しなさい」
「承知いたしました。王女様の散歩にお供いたします」
王女の命を受けたガナードは再度敬礼をした。
庭園に出て中央部付近にある花壇に囲まれた屋根付きのベンチに到着すると、王女ルディはガナードから手紙を受け取ってベンチに腰掛けた。ガナードは緊張しつつその後ろに直立不動で立ち尽くす。
手紙を読み進める王女の顔が次第に固くなり血の気が引いていく。その理由は、タカトが語った、魔王、女神、蒼天界についてと、ジュレが死刑を宣告された理由が、イザベラに取り憑いたメガという病原菌の抗体を持っているからだと書かれていたからだ。
「ジュレは無事なのですね?」
ルディの問いかけにガナードは固い口調で「はい」と答えた。
「魔王軍が攻めて来たのはこの国に女神イザベラが居ることを知ったからなのですね」
「ジュレ様たちは魔王は倒してはいけない存在だと言っていました。そのために女神の大召喚を止めなければならず、転移門の開放を望んでいます。そして、その仲間たちも魔王が進軍してこないようにと魔王を止めに行きました。ですので、どうか私を転移門の魔術陣まで連れていってください」
ルディは少し考える。
「本来転移門は王族のみ知りえる極秘事項だったのですが……。転移門の魔術陣は地下の儀式の間と同じ階にあります。その儀式の間で大召喚の秘術をおこなうため、地下の儀式の間は立ち入り禁止になっています。それは王族である私も同じなのです」
そこまで話を聞いてガナードはガックリと肩を落とす。最後の手段としてジュレ王女たちに期待されたにもかかわらず、それが達成できない。悲しさ悔しさに目を閉じるガナードにルディはこう言葉を続けた。
「ですが、儀式当日だけは王族は儀式の間に入ることが許されています。いえ、入るようにと言われています。それがいつなのかわかりませんが」
「なぜ、すぐに大召喚の秘術はおこなわれないのですか?」
「呪力の問題なのかも知れません。私の知る限りでは呪力を集める目処は立っているようですが、その準備に時間がかかっているのではないかと思います」
本来であれば大召喚の秘術が行使されるのは遅ければ遅いほど良いと考えるべきだ。タカトたちが魔王を止めることができれば、十分に準備を整えたうえで女神に挑めるからだ。
しかし、もしタカトたちが魔王を止めることができずに数時間のうちに進軍してきてしまったらと考えると、大召喚に関係なく女神を討つなり追い出すなりする必要がある。魔王軍が来てからでは女神をどうこうする間もなく大戦争によってランサイズ王国に甚大な被害が出てしまう。
必要な呪力が溜まってしまえば大勢の勇者級異世界人が召喚されてしまうので、そうなる前に女神のほうも対処するべき。ルディとガナードはそういう答えにたどり着いた。
「行きましょう。ともかく地下へ。なんとしても転移門を開放しなくては」
覚悟を決めた王女ルディはすくっと立ち上がった。
「行きますよガナード」
「あっ、はい」
姿勢を正し王家の品を保ったままツカツカと足早に城内を目指すルディ。その後ろをガナードは追いかけた。
城内へ入った王女ルディはガナードをお供にしたまま玉座の間のある階に上がっていた。儀式の間には玉座の間から行く道ともうひとつあり、ルディは国王や大臣らと会わないようにそちらの道を選んだ。
玉座の間の扉の前を通り過ぎて回廊をぐるりと回って玉座の間の裏側に行くとそこには鎧に身を包んだ騎士の姿が彫り込まれた壁があった。配属間もない最下級兵士であるガナードは初めて来る場所だった。
「ガナード、耳を塞ぎなさい」
「はい?」
ガナードは不思議に思いつつも両手で耳を覆う。それを確認したルディは小声で魔術の式句を唱えた。
「マーゴ・ケラー・ヒティオニナ・ノ・イデル・ナガワ」
王族のみ知りえる魔術に反応し、壁の一部に扉が現れる。ルディは振り返って驚いているガナードに先に進むことを促すと、扉を開けて入っていった。
扉の先はすぐに階段になっており、ふたりは下りていく。階段の踊り場に向きを何度か変えてかなりの段数を踏んでいくとようやく広い回廊に出た。
そこには大きな扉があり、その前に兵士がひとり立っている。服装から城の兵士ではなく、女神イザベラによって召還された特務隊員であることがわかり、ガナードは身を固めた。
「ルディ王女じゃないですか。どうしたのですか?」
言い寄ってきたのは胸当てに『S』の文字をふたつ刻む、特務隊員の中でもトップに立つ特級勇者だった。
「イザベラ様に用事があって参りました」
「用事ですか。しかし、今は立ち入り禁止だと言われています」
「急を要します。通してください」
「そう言われましても」
悩む彼に、ルディは毅然とした態度で詰め寄った。
「重大な用件です。私を通さなければ不名誉によって女神に見放されかねませんよ。それでも良いのですか?」
「困りますけど、ここを通すなという命を受けていますので」
「それは儀式の準備に集中したいからでしょう。大召喚の秘術を使うときには我々王族はここに召集されるのです。そこまでかたくなになる必要はありません」
彼は立ち入り禁止という指令を受けている身として、ルディを通すことに抵抗があった。
「貴方お名前は?」
「俺はサトルです」
特級とはいえ、顔と名前が一致しない量産勇者の名を確認したルディは彼に命じた。
「勇者サトル。もしイザベラ様に要件を伝えられずこの国に一大事が起きた場合、貴方は責任を取らされ相応の罰則を受けるでしょう。いえ、私が罰則を下します」
「んっ……、わかりました」
第一王女という権力を持った者にそう言われて彼は自分では判断することができず、罰則を恐れて案内することにした。
「ガナード、貴方はここで待機です」
そう言いつつもルディはガナードに耳打ちする。
「転移門の間は回廊の右の奥の扉です」
ひとりで置き去りにされる不安から弱々しい表情を浮かべる彼に対し、ルディは強い口調で言った。
「胸を張りなさい。堂々と毅然とした態度で! 貴方は私の直属の従者ですよ」
その言葉を受けたガナードは「了解いたしました」と引き締まった声で応えた。




