お節介な男
「ヤルキーさん、ありがとう。知り合いでしたか」
「いや、初めて会うと思うけど」
「そうなんですか? 同じ依頼を受けていたので」
「同じって今日俺が受けた依頼か?」
「はい、確かに契約書が」
「いたかなぁ、あいつ。二十一人の大所帯だったから気が付かなかったのかもしれん」
ヤルキーは席に座った青年を見て記憶を探るが思い出さなかった。
「この依頼を受けたってことは若くしてけっこうな腕前なのか?」
シズラは再び依頼の契約書が束ねられたバインダーを取り出してパラパラとめくり、あるページで手を止めて目を細めた。
「生年月日、年齢、出身地、冒険者としての経歴などは全て空白で、特技の覧も未記入です。ただ、戦闘技能には『格闘』『魔法』『魔術』『闘技』と、詳細ではないけど記載されています。その他に書かれているのは名前と住まいだけです」
「戦闘技能だけ? ランクは?」
「Dです。ランク選定の試験は受けてないのでEからですが、先月末に登録して十日でひとつ上がってます。戦闘系の依頼をふたつ達成したことによる評価ですね」
「確かにDランクってのが三人いたな。俺と同じオールラウンダータイプなうえに十日でDに上がったってなら素質は十分か。それともただの自信過剰か。どちらにしても俺が面倒見てやるかな」
「ヤルキーさんはお優しいんですね」
「だろ? 惚れちゃったかい?」
「いえ、ずっと前から惚れていますので」
澄ました顔での返答に、ヤルキーは苦笑う。
「まぁ、駆け出しの頃はこんなこともあるからな。なにかの縁だ。先輩風を吹かせてくるぜ」
ヤルキーは奥の酒場に行って料理を注文した。
「あれ? 今日は飯食ってきたってさっき言ってたじゃねぇか」
「駆け出し冒険者の今後の健闘を祈っておごってやろうと思ってさ」
「ほう、さすがはAランク。時代を担う者への配慮も一流だ」
「俺も同じことをしてもらったから。あんたにな」
酒場で働く彼は元Aランクの冒険者で、別の町でヤルキーと一緒にパーティーを組んでいたことがあった。五年前に引退し、現在は酒場で働きながら若手の育成をしている。
「それじゃぁサービスしておいてやるよ」
皿からこぼれそうなほどに盛り付けられた料理が三品お盆に乗せられた。
「ありがとう。でもこの量は青年ひとりでは無理そうだぜ」
「お前も食べるんだよ。なにがあったか知らないが今日のお前は覇気がねぇ。食いたくなくても食っておけ。まだまだ現役バリバリなんだ。あと二十年は最前線でいけよ」
「はいはい、ありがたく頂戴しますよ」
ヤルキーは料金を払うとずっしりとしたお盆を持って座席に戻った。
「待たせたな」
ラドルの前に料理を置いて向かいに座ったヤルキー。皿に盛られた唐揚げの山の頂点からひとつ掴むと口に放り込んだ。
「さあ食べろ。きっと明日には依頼主も来るさ」
ラドルは下を向いたまま唐揚げを摘まんだ。
「せっかくだから自己紹介だ。俺はヤルキー=アルネル。このギルドの運営に携わっているAランク冒険者だ。お前の名前は?」
「ラドル……、姓は無い」
「そうか」
姓が無いのは相応の理由がある。なのでヤルキーはそれ以上なにも言わなかった。
「ラドル、今日お前が受けた依頼に俺もいたんだが、気づいてたか?」
そう話題を振るとラドルは少し体をビクつかせた。
「いや、人数が多かったし。オレは端っこにいたから」
そう言って串焼きの皿に手を伸ばした。
「まだDランクだっていうのによくあの依頼を受けたな。推奨Cランク以上だぜ」
この依頼は特殊で、受注した冒険者のランクによって報酬が違う。なぜなら報酬目当てで低ランカーが集まっても、いざというときに役に立たないからだ。襲われる確率が低いが、襲われた場合は今回のようにありえない難易度に跳ね上がる可能せいもある。そのため、格安の参加報酬と状況に応じた達成報酬に分かれている特殊な依頼だった。
「報酬も難易度も関係ない。オレの目的に都合が良さそうな依頼だったってだけさ」
ラドルは下を向いたままもしゃもしゃと食べている。
「そうなのか。だが、今回はひどい目にあったな。俺も久々に命の危機を感じたぜ。あのトウヤって奴のおかげで命拾いしたが……。奴は災難だったな」
「災難?」
「あぁ、あの魔族っぽい奴のおかげでもしかしたら再起不能かもしれん。ちょっと性格がアレな奴だが、実力は化け物だったし引退にならなければいいんだが」
ヤルキーの話しを聞いてラドルは初めて上目遣いに視線を上げた。
「実力? なんの努力もしないで手に入れた力がか?」
「どうなんだろうな? 異世界からやってきたなんて話を聞いたけど、確かにあの強さだ。神が使わした天使だったりしてな。しかし、その天使も悪魔に負けちまったけどよ」
再びラトルの肩がビクリと動く。
「トウヤが最初に使った爆裂の魔法で獣人族も森も、へたしたら俺たちも死んでいてもおかしくなかった。だが、なぜか誰ひとり怪我もなく、森の木々もたいした被害はなかった。あれがあの魔族の力だっていうなら敵ながら恐ろしい。でもそのおかげで助かったぜ」
ヤルキーはそう言いながらゴロゴロ野菜の酢豚を取り皿に分けてラドルに差し出す。
「敵、なのか? あいつは」
少々奪い取るように皿を手にしたラドルは、少し強い口調で返した。
「行商の荷馬車を襲った奴らを守ったんだから、俺たちの敵じゃないのか?」
ラドルの質問の意図がわからずヤルキーはその質問を質問で返した。
「結果守っただけで共通の敵だっただけかもしれないぜ」
そう言われて考える。
「確かにそういう見方もできなくはないが、獣人王の側近と知った仲だったように見えたぜ。お前面白い考え方するな。それともなにか知っているのか?」
そう言われたラドルはハッとなり再び視線を下げた。
「いや、たとえばの話しだ。あんたらに怪我が無くて良かった」
「お前もな」
「あぁ……」
変わらず下を向いたまま小さな声で返事をするラドル。気が付くと、いつの間にやら山盛りの皿の料理は残り二割くらいまで減っていた。
「そうだ。お前にこれを授けよう!」
ヤルキーは唐突にそう言って、首から何本も下げているネックレスをひとつラドルの前に置いた。
「なんだこれ?」
「ヤルキージュエルだ」
「は?」
「これは俺が目を付けた新人に渡してるお守りだ。特に効果があるわけじゃないと思うけど」
「いや、いいよ」
「そう言うなって。自慢じゃないがそれを身に付けてると周りから一目置かれるんだぜ。持っていて損はないからよ」
ヤルキーはラドルに友達がいなさそうだと心配し、仲間の輪が広がるようにと渡した。こういった後輩への配慮がヤルキーの信頼と人気の秘密なのだ。
遠慮というか拒否するラドル。タダでなにかをもらうことを好まない彼にヤルキーは強引に押し付けた。
「さて、じゃぁ俺はそろそろ帰るわ。さすがに今日の出来事は衝撃的だったから疲れちまったよ、精神的に」
ヤルキーは皿から串焼きを三本掴んで席を立つ。
「お前も早く休んどけ。どんなときでも食事と休息は大切だからよ」
「メシ、ありがとな」
「いいってことよ。困ったことがあったら相談してくれ。さっきも言ったように俺はこのギルドの運営側だ。できることは協力してやるからよ」
ヤルキーは手を上げてギルドをあとにし家に帰っていった。
残されたラドルは咀嚼を終えた食べ物を飲みこむと息を止めていたかのように息継ぎして空気を吐き出した。
「あぁ、ビックリしたぜ。他の受注者に会わないようにこんな時間に来たのに、あいつに会うとはな。飯に釣られて一緒に座っちまったけど、気が付かれなくて良かったぜ」
ラドルは鞄から仮面を取り出した。
「認識阻害の効果は相手に興味を持たれると薄れていくって言ってたからな」
彼は他種族の味方をする場合や力を振るうときなど、正体がバレないように認識阻害の魔術がかけられた仮面を被って行動していた。
彼の仕事は一種の【なんでも屋】であり、依頼を受けたり自主的だったりとその行動は気まぐれに近いが、基本的に積極的に事態に首を突っ込んでいく。もちろんなにかしらその事柄に自分が関わる意義を感じたらだ。
今回はギルドの依頼とは別に獣人たちの行商襲撃を阻止すべく参加していたが、これは依頼ではない。ラドルの友人である獣人王ガルファンの領民たちを思ってのことだ。そこへ偶然、異世界人と噂される冒険者トウヤが現れたのだった。
「獣人どもの襲撃を止めるつもりが、とんだ獲物が現れたもんだ。おかげで手間が省けたぜ」
ラドルは女神に仕置きをする目的の一環で、迷惑な異世界人にも仕置きしている。異世界人に殺された亡き母の復讐でもあるのだが、彼女が残した「お仕置き」という言葉によって基本的には命を奪うことはしていない。ただ、異世界人と聞くと湧き上がってくる衝動を抑えることはできず、多少やり過ぎてしまことはあった。
古くから付き合いのあるガルファンという獣人の仇であったトウヤに仕置きを済ませても、彼の心が晴れることはない。元凶である女神に仕置きをして、異世界召喚を止める日まで。
食事を終えたラドルはギルドを出て自宅へ向かった。