魔王シグナ VS 欠陥勇者タカト
タカトは魔王の神殿の中をまっすぐに進んでいた。
大きな建物だが二階三階建てということではなく天井が高い吹き抜けの作りになっている。正面には入り口の扉に倍する大扉があり、入り口の扉と同じ雄大な鳥のレリーフが施されていた。
女神が降臨する神殿なだけあって視覚からは神聖さを感じるのだが、漂う雰囲気は魔王の畏怖のこもった魔力によって見事に上書きされている。上空のどんよりした分厚く黒い雲のせいで薄暗さの相乗効果があり、神殿は誰が見ても魔王の居城にふさわしい感じることだろう。
そんな神殿内を進むタカトは巨大な扉を一瞬の迷いもなく開けた。
正面には女神が座っていただろう椅子を玉座にする魔王が見える。扉から玉座までの長いレッドカーペットを歩くタカトを睨むではなく見つめる魔王シグナは、半分ほどまで近付いたタカトに声をかけた。
「また貴様か。今度はなんの用だ?」
「ランサイズに攻めるのを中止しろ」
タカトはズバッと要件を伝えた。
「女神は殺す。それは変わらん」
タカトが思った通り魔王の意思は変わらない。そして差し出した左手を握り震える拳を見せてタカトに言った。
「これを見ろ。貴様を殺すことに耐えている証だ。今まで何人かここにやってきた異世界人を殺してきた。最大限考慮していたが向かってくる奴はその限りではない」
「俺も殺されかけたことが何度かあったけどな」
「言っただろ、耐えているんだと。近付けば我慢できなくなることもある」
「俺がもう我慢しなくていい体にしてやるよ」
この言葉に魔王はやっと明確に反応を示した。
「知らないだろうから教えてやる。お前という魔王の天敵として異世界から呼ばれたのがこの俺。殺されかけた俺が死ななかったのは、俺がお前に対しての特効能力を持っているからだ。それが、俺が魔王シグナを倒す異世界勇者の証ってわけさ」
立ち上がりマントを脱ぎ棄てるシグナ。
「貴様が死ななかったのは俺が本気でなかったからだ」
「それはこっちも同じだぜ」
玉座に向かって走り寄るタカトは腕を振りかぶる。その腕には魔王に近づくほど力が溜められていくのだが、その拳が届く前に魔王の横蹴りがタカトの脇腹を蹴り飛ばした。
飛ばされたタカトは片手を付いて着地する。
「うおー、いてぇ」
シグナは今まで耐えていたと言うだけあってこれまでよりも強い蹴りを放ったのだが、タカトはカウンターで入ったその攻撃に耐えていた。
ふわりと浮き上がり滑るように近付くシグナは次々に攻撃を繰り出す。それをタカトはガードや回避でしのいでいく。
『これで特効能力が効いてるのかよ。ギリギリじゃねぇか』
シグナもこの不思議な攻防に違和感を感じたのだろう。怪訝な顔つきで攻撃していた。
「グロリアス・トゥーム」
黒い光球がタカトの周りにいくつも現れ襲いかかり、すべての光球が集まってタカトを包み込んだ。
「くっ!」
飲み込まれたタカトは叫び声すら漏らさずに黒い光球は徐々に縮んでいく。
決着とばかりに黒い光球に背を向けて玉座に戻ろうとした魔王シグナの背後で、光球が弾けてタカトは脱出。振り返る魔王に上段回し蹴りを放った。
「終わったとでも思ったのか?」
あまり余裕のないタカトの蹴りは手のひらで押さえられてしまうのだが、魔法に耐えられると考えていなかった魔王も少しだけ心を乱していた。
【魔王特効】はタカトが唯一持つスキルで特に魔王シグナには大きな効果がある。
被ダメージ三割減少
与ダメージ三割向上
密着上体での筋力、耐久力三割上昇
魔力、闘気三割上昇
魔法、闘技等の与ダメージ三割上昇
クリティカル被ダメージ五割減少
クリティカル与ダメージ五割向上
射程内での魔王の運動速度三割減少
魔王との対峙状態で五秒に一パーセントのヒーリング効果
すべての属性耐性五割向上
これらの特効があってタカトは魔王となんとか戦えていた。
「シグナ。お前は壊れている。だから俺が治してやるよ」
「たわごとを」
あきらかに魔王の目つきが変わった。今まで抑えていた破壊衝動を解放したといった感じに、あらゆる能力も平常時とは異なるモノになっていた。
「俺の治療は少々粗いぜ。覚悟しろ!」
自分を奮い立たせるための言葉に乗っかり、ラドルと戦ったときより一段階ギアの上がったタカトと魔王の本気の戦いが始まった。
欠陥勇者のタカトは自動発動する魔王特効以外にスキルがない。それは召喚されたときの女神アミの異常によって起こったバグのせいだ。
重い拳、鋭利な手刀、巧みな蹴り、強烈な魔法、魔王のすべての攻撃は完成されたモノだとタカトは思った。
「ふははははははは」
高揚から出る高笑いは魔王らしさを感じさせ、これまで抑えていたうっぷんをタカトで晴らしていると言っても過言ではなかった。
この魔王相手に勇者の装具無しで挑むのは浅はかであると思わざるを得ないのだが、無い物ねだりをしても仕方がないとタカトは覚悟を決めていた。
「異世界勇者タカト。俺の慈悲を蔑ろにして挑んできたことを後悔しろ。貴様を殺すまで俺はもう止まらんぞ」
本来狂った魔王を治すために用意される聖剣は、【VIRUS=M.E.G.A.】によって魔王を消滅させる魔聖剣と変質させて勇者に渡されるのだが、それすらもタカトには用意されなかった。
今タカトの腰に備えられた聖剣は過去の勇者が使っていた聖剣で対魔王シグナ専用ではない。さらに言えば破損していたために、魔術錬金術師によって短剣として再生された剣だった。それが先日ようやく完成したのである。
聖剣の効果を発揮するには魔王を弱らせる必要があり、そのための作戦が今日おこなわれている。
最終的にはこの聖剣を魔王の胸に突き刺すこと。そのためには最低でも魔王と一対一の状況にならなければならない。
先日ようやくこの場を作ってくれる者と出会うことができた。だが、魔王を弱らせることができるかという点については正直なところやってみなければわからず、今こうして戦いを始めてみて逃げ出したいという思いが湧き始めていた。
「魔王のくせに強ぇな!」
「違う、魔王だから強いのだ」
魔法か魔術か妖術か、現れては消える魔王の移動攻撃に翻弄されるタカト。対魔王特効スキル、射程内での運動速度減少によって辛くも難を逃れている。そのうえで攻撃を試みるのだが、なかなか当たらない。
魔王シグナは力を解放したとはいえ、まだまだ本腰を入れていない。そんな魔王に対してタカトは|全力は出していないものの《・・・・・・・・・・・・》必死で戦っていた。
もう少しいい勝負になるのではないかと踏んでいたタカト。悪い方に予想は外れこのまま長引けばじり貧だということを確信してしまった。魔王の本気はいかほどのモノか? それを出されて一気に戦いの天秤が傾くリスクを考えた彼は決断を下した。
『出し惜しみしてる場合じゃない。やってやる!』
タカトは意を決して魔術の呪文を唱えた。
「たぎる血潮、荒れ狂う激情、抑えることなく思うがままに、暴君よ目覚めよ」
ブツン
ぶっといロープが切れるような効果音のあと、タカトの力が爆発する。
半狂乱と化した感情をあらわにして魔王に向かっていくタカト。それはこの三年でタカトが身に付けた切り札である。
今まで中間距離で付かず離れず戦っていた魔王に密着状態での猛攻撃。射程内での魔王の運動速度減少とあいまって、ガードの上からなどおかまいなく強化された攻撃力を以って魔王を殴りまくり蹴り倒す。
「一時的に力を向上させた程度で調子に乗るな!」
応戦する魔王のカウンターは確実にタカトに決まっているのだが、それに動じないタカトはカウンターに力を込める魔王の隙に攻撃を叩き返す。
「この異世界人め!」
「うがぁぁぁぁぁ!!」
野生化したかのようなタカトの強く速い攻撃もさることながら、反撃にひるまない耐久力と胆力に押される魔王。
「貴様ら異世界人の存在が俺をイライラさせるんだ」
「ぜぁぁぁぁぁぁ」
「俺の存在意義は貴様らを根絶やしにすること。そして目障りな諸悪の女神を八つ裂きにすることだ! ヘブンズ・ファイヤー」
垂直に立ち上る炎の柱がタカトを包み込む。
タカトからすれば魔王が聖なる炎の魔法を使うことに違和感があるが、魔王は邪悪な者ではないことをなんとなくだが知っている。これもタカトが救うことを誓った女神アミから得た漠然とした記憶からだ。
属性耐性五割向上の効果の恩恵があっても絶命というゴールがチラつく炎の中で、タカトは笑った。
「ミラーリング・カース」
一般的に聖なる者とされる異世界勇者のタカトが闇属性の魔法を使う。その効果でシグナのヘブンズ・ファイヤーが自らの足元から燃え上がった。
「ぐぁおう」
タカトとは違い魔王特効によって減衰しない百パーセントのヘブンズ・ファイヤーの威力が魔王を焼き上げる。
「いくぜ! ブレイブシステム・オーバーロード!」
ブレイブシステムとは、異世界者たちがこの蒼天界で勇者として立ち回るために作られたブレイブワールドプログラムのシステムのひとつである。異世界人たちに戦闘系の恩恵を与えてるプログラムシステムがブレイブシステムだ。
これは、そのプログラムに直接アクセスして無理やり能力を向上させる、女神アミより伝えられたチート中のチートである。しかし、システムの穴を使ったモノなので一度きりの裏技だ。そして、相応のリスクもある。
「お前の嫌いな異世界者特有のチートスキルだ!」
タカトの体が透けるように光を放って急激に加速する。まるで重さを失ったように重量感のないその動きを追って、魔王は焼かれた体に力を込めて迎撃するのだが当たらない。
「ごふっ」
タカトの攻撃が魔王にヒットする瞬間に彼の体は光を失い黒い塊と化す。魔王の反応がその攻撃の重さが今までの比ではないことを示していた。
「おのれ!」
鬼の形相で叫んだ魔王は振り上げた両腕を地面に叩きつけた。
「ガイア・インパクト」
神殿の床を揺るがして広範囲に噴き上げる大地の衝撃は、高速で動くタカトであっても回避を許さない。
「吹き飛べ異世界人!」
だがその回避不能の大地の力の大半はタカトを透過してほぼ効果をなさなかった。
「倒れぇやがれ!」
ダメージがゼロではない中でタカトは残った力のすべてをかき集めた拳を胸、肩、腹、腕、顎へ次々に打ち込んでいく。
いまだ衰えないタカトの暴走した力にさすがの魔王の耐久力も限界は近い。さらに光を強めたタカトだったが、猛打の嵐のさなかでフィラメントが切れた電球のように急激にその力を失った。
【ブレイブシステム・オーバーロード】はシステムの穴を突いた一度きりのチート。このバグは異世界人に戦闘面での恩恵をもたらすブレイブシステムという繊細で重要なプログラムに異常な負荷をかけてしまう。基幹プログラムにも悪影響を及ぼすこの現象に対処すべく、ブレイブワールドプログラムはオートマティックリカバリーを機動させてシステムの穴を修復した。
プログラムを狂わせるほどのチートな恩恵がなくなったタカト。肉体が持つ地力のみの右腕が魔王の頬をコツンと叩き、そのまま前のめりに倒れてしまった。
そのタカトに向かって魔王が腕を振り上げるのだが、頬を小突かれた勢いに耐えることができず、タカトに続いて魔王も床に『大』の字を作った。




