事態の急変
作戦会議中の隠れ家の扉とノックする者がいる。この隠れ家を知っている者はこの場にいる者を除いてはあとひとりだけだ。セイジが扉に近寄ると、扉の向こうからはしわがれた声が聞こえた。
「ハク爺?!」
彼はこの場所を知る最後のひとりだ。
魔術によるロックを外して扉を開けると、ハク爺は少し息を切らしている。どうやら走って来たようだ。
「ハク爺、どうしたんだ?」
セイジの問いかけに息を切らしたハク爺はまだしゃべるのがつらいのか、無言で手紙を差し出した。
「手紙?」
真っ白で宛名も差出人も書いていない。こういった手紙は今までに何度かもらったことがあり、その差出人はジュレの姉や兄、つまりこの国の王子と王女だ。
セイジは手紙をジュレに渡し、ジュレはすぐに手紙を開けて中を確認する。文面は短かったのかジュレは数秒で手紙から視線を上げた。
「大変です!」
声からもわかるが、その表情はどうみても吉報ではない。
「女神が……、女神が、大召喚の秘術を使うって。魔王を倒すための異世界勇者が大量に召喚されます」
「なんだと?!」
今まで黙っていたラドルが低い声で反応した。
大召喚の秘術。それはこの世界に大勢の異世界人を一気に呼び寄せる最近完成したばかりの召喚術。そう説明したのはランサイズ王家に召喚の秘術を授けた女神自身だ。
召喚には膨大な呪力を必要とするため、魔力凝縮体のブラッドストーンや幻の秘宝である賢者の石、ある王国では王族や貴族の高貴な命を捧げ、国を苦しめる魔王を倒すための勇者を召喚することもある。
ひとりを召喚するだけでもそれだけのエネルギーを費やすのに、百人規模の異世界の人を呼び寄せる大召喚の秘術を使うのに、いったいどれほどの呪力を必要とするのか?
補足として、クラス召喚と呼ばれる四十人ほどを一気に召喚するのとはまったく別物である。
クラス召喚はあくまで高い勇者適性を持った者の周りにいる者たちをついでに呼び寄せるモノで、勇者の質に大差がある。だが、大召喚の秘術は、あらゆる世界の勇者適性の高い者を一気に呼び寄せる。そのため、その召喚直後から高い基礎能力を持っており、ポテンシャルも高い。
そんな異世界勇者が大量に召喚されれば、いかに魔王軍と言えども退けることは容易だろうと考えられる。そして、そんな奴らがこの世界に散らばれば、多くのトラブルを巻き起こすだろうとラドルは危惧した。
「使い捨ての異世界勇者をこれ以上無駄に呼ばせるわけにはいかない」
ラドルは腹の底に響く重い声でそう言った。
「確かに呼ばせるわけにはいきませんが、100人規模の大召喚をおこなうための呪力はどうしているのでしょう? 私がセイジを召喚するだけでもこれくらいのブラッドストーンを使いましたよ」
ジュレは親指と人差し指で丸を作ってブラッドストーンの大きさを表した。
その大きさに勇者ドゥナとその仲間はどよめく。なぜならば上級魔道具の指輪に使われるブラッドストーンは小指の爪ほどの大きさだからだ。その大きさでさえとてつもない力を発揮するからだ。異世界召喚に使われる呪力の大きさに驚くのも無理はない。
「ランサイズ城に逃げてきた女神が力を蓄えるって言ってたのは、大召喚の秘術を使うための力ってことだったのだと思います。ということはその力はすでに溜まったのか、または溜めるための準備が整ったのか」
ジュレが不安そうにそう言うと、タカトも焦りながら言葉を漏らす。
「ゆっくり考えている時間はねぇ。どうする?! やっぱり先にイザベラをどうにかするか」
女神を倒すためにはランサイズ城の兵士とも戦うことになりかねない。どうにかそれを回避したかったが、急変した事態がそれを許さない状況に追い込んでしまった。唯一これを回避する方法はランサイズ城に潜入する必要があるのだが、潜入するための転移門が使えなくなってしまったことをタカトは知らない。
「あのう、タカトさん」
「なんだ?」
「実は、城内に聖剣を取りに行ったときにですね……」
ジュレが転移門を止められてしまったことをタカトに話すと、タカトはガックリと肩を落とした。これでは女神の大召喚の秘術を阻止することはかなり難しい。
現状では魔王を止めればいいという問題ではない。大勢の異世界勇者が召喚されてしまえば魔王シグナだけでなく、他の魔王も皆殺しにされてしまう可能性すらある。
最悪の場合は獣人などの亜人や獣類ですら狩りつくされかねない。そうタカトが懸念を抱くのは、自分と同じ異世界人が実際にゲーム感覚で無駄に命を奪っていることがあったからだ。
そして、そんなことをラドルが許すはずがない。横目でラドルを見たサルサは自分にしかわからない表情の変化を目撃した。
「俺とラドルとフォウは魔王軍を止めに行く。師匠たちは俺抜きで以前から考えていた作戦をやってもらわないとならないんだけど……」
城内の奥深くにつながる転移門が止められてしまっては城門から入っていくしかない。しかし、いくら元勇者でもなんの理由もなく場内に入ってうろつくことはできない。ジュレとセイジは言わずもがなだ。
「無理に押し入れば兵士たちと戦うことになる。屈強な騎士団どころか女神の取り巻き勇者候補が出てきたらさすがに太刀打ちできない」
勇者ドゥナを冒険者ランクに当てはめれば異世界勇者たちと同じSランクに相当する。しかし、Sランクの中でも格差はある。いかにSランクの勇者ドゥナとその仲間たちのパーティーと言えど、王国の騎士団や兵士団を不殺で戦い続けることは不可能だ。
ランクは戦闘能力だけで決まるものではないが、相応の戦闘能力を持つ者であっても三人、四人の格下相手に囲まれた場合、あっさり無力化されてしまうことはよくある。
「ハク爺ならどうだ?」
セイジの閃きにジュレは首を横に振った。
元宮廷園芸士のハク爺も城内の奥に入ることは不自然であるし、例え入れたとしても高齢過ぎることを考えれば、そんな危険なまねをさせられないと、彼女は下を向く。
「サルサ。お前の情報屋の力でなんとかならないのか?」
「さすがにそれは無理ってもんです。オイラの活動範囲はデッケナーを中心としていますから。ランサイズ王国ほど離れると仲間は少ないですし、城内に情報屋もいません。この国の情報屋で城内の者と繋がる者がいないことは確認済みです」
簡単に城内に入ることができて、不自然なく城内を歩き回れる。そんな者はタカトの仲間にはいなかった。
「すみません、ちょっとトイレ貸してもらえますか?」
みんなが唸り悩む中で緊張感のない声と内容の言葉が発せられ、その者に視線が集まった。
「あぁトイレならそこの赤っぽい扉……」
「「「「「いたぁ!」」」」」」
集まった視線と叫び声にガナード三等兵は顔を引きつらせた。




