隠れ家
タカトが帰るのは、彼の師匠とその仲間の居る場所だった。
その者は彼がこの異世界にやってきてから出会い、生活面やこの世界の知識、そして、戦うためのすべてにおいて助力してくれた恩人だ。その恩人なくして今の自分はなかったとタカトは語った。
フォウにはラドルが日頃使っているフード付きケープを被せて顔を隠している。当然だが彼女は元魔王の四天王であり、それを街の誰かが知っているかもしれないということを考えてのことでもあった。
フォウは「あたしは直接人間を襲ったことないから顔を隠す必要はないよ」と言ったが、ラドルが「その角を見られると面倒なことになる」と自分のケープを差し出したため、フォウは快く身に着けた。
「ベタ惚れだな。お前はラドルより強そうなのになのに。なんでそんなに好きなんだ?」
「強そうなんじゃなくてあたしの方が強いよ。勝負して勝ったら付き合ってって言って、あたしが勝ったもん」
「それは惚れている理由になってないぞ」
ラドルの本気がさっきの戦いの通りならフォウの方が強い可能性が高い。タカトがフォウと戦ったのはかなり前なので彼は今よりもっと弱かった。だから正確にラドルとフォウの強さを比較することはできないのだが、当時戦った本気でないフォウはそれくらい強かったのだ。
「ラドル、ホントか?」
「俺に勝ったというのは嘘じゃない」
顔は向けずにラドルは彼女の言葉を肯定したのだが「嘘じゃない」という言い方が少しだけ引っかかり、タカトは首を傾げた。その後ろの御者席で馬車を走らせながら小さく肩を揺らして笑うサルサ。ラドルが冷ややかで強烈な視線を突き刺していることに気付いた彼は、居住まいを正して話題を変える。
「ともかく、そのフォウさんが味方になってくれてよかったですね」
「そうだけど、頼むから裏切らないでくれよ」
「ラドルがそうしろって言わないならね」
「いや、もう少し自主性を持った言葉で言って欲しいんだよ」
久しぶりのラドルとの再会が嬉しい彼女は、ランサイズ城下に到着するまで彼の横に機嫌よく座っていた。タカトはというと、ラドルとの戦いで負った傷や体力の消耗により、いつのまにか居眠りしてしまっていた。
味方に鞍替えったとはいえ、元四天王であるフォウを横にして居眠りできるのは、元々彼女に対しての敵対心が強くなかったことと、彼女から敵意を感じなかったからだ。
城下の街門でチェックを受けて入門した四人は、ジュレとセイジ、ガナード三等兵が待っている宿へ向かう。
トン、トン、トン、トン
四度のノックに対して少し間を置いてからゆっくりと扉が開けられる。その隙間から顔を覗かせたのはランサイズ兵士見習いのガナード三等兵だった。
「ただいま戻りました」
サルサの挨拶にガナードは「お帰りなさいませ」と丁寧に返してきた。
「問題はなかったようですね」
「はい」
サルサが部屋に入り、ラドルがそれに続く。
「お帰りなさ……」
部屋に入るふたりにジュレは挨拶しかけたが、彼らの後ろからタカトが入ってきたのを見て言葉を止めた。
「タカト!」
立ち上がってタカトに駆け寄るジュレ。
「久しぶり」
そう言葉を交わすふたりを見て、セイジは不機嫌そうな表情を見せた。
「セイジも元気か?」
「あぁ」
彼の口調は少々トゲがある。それはタカトを慕うジュレに対しての不満の矛先が彼に向いているからだ。
「ちょっとぉ、早く入ってよぉ」
タカトの後ろからそう声がして、部屋にいた三人の視線が声の主に集まった。そこに見知らぬ女性が立っていたからだ。
「彼女は誰だ?」
ラドルとサルサに続き守るべきジュレの前に、またしても怪しげな者が現れた。怪しいと思うのはあくまでもその雰囲気から感じるものだが、それが魔族であるという理由まではわかってはいない。
「聞きたいことはあるだろうけど、とりあえずドゥナさんのところに行こうぜ。今後のことについてまとめて話す……んだけど、その人は誰だ?」
ガナードを見てそう質問を返したタカトに「聞きたいことはあるだろうけど、とりあえずドゥナさんのところに行こうぜ」とセイジは言い返した。「ですね」とサルサが言葉を続け、三人は荷物をまとめて部屋を出る準備をする。
女神に狙われているジュレとセイジはフォウと同じようにフードを被って顔を隠した。昼を回ったばかりで暗闇に乗じることができないが、サルサの馬車に乗ることでジュレたちは人の目を逃れることはできる。小さな馬車の荷台に全員が乗り込み、ガナードはサルサの隣の御者席に座った。
「サルサさん、まずは南の街門へ向かってくれ」
人通りの多い道をゆっくり馬車を走らせて街門を出た一行。そこで再び指示を受けたサルサは、ドゥナが居るという第二の隠れ家のある村に向かった。
そこは城下と壁で隔てられているが、ほぼ隣接した大きな村。この国の農産物の多くをまかなっている。
村に入ってからもセイジは辺りを警戒していた。
「追っての心配はない。オレが感知できる範囲内ではな」
ラドルの実力差から考えれば自分の索敵圏外にも敵はいないということは確実だったので、セイジはあきらめて警戒を解いた。
馬車は村の一角に建ち並ぶ、ある民家にやってきた。村人は農耕に出払っていて、まわりの家に人の気配は少ない。
馬車を降りたジュレはその家の扉をノックする。なんの反応もなかったが三度ノックした頃、ようやく中で何かが動く音がした。
「はい」
返された声はかなりしわがれており、高齢の老人だということがわかった。
「私、ジュレよ」
鍵を外す音、そしてゆっくりと扉が開く。出てきたのは声のとおり年老いた男だった。その老人をジュレは抱きしめる。
「ハク爺」
「姫様、こんな白昼堂々と来られるとは。何かあったのですか?」
「うん、ちょっと大変なことはあったけど、もう大丈夫」
ジュレとセイジの後ろに見慣れない者が数人いることに少し驚く彼だったが、ジュレが連れてきた人だからと特に疑うことなく中に招き入れた。
奥の部屋に案内された七人。そこには大きめのテーブルがあった。
「ジュレ、本当にいいんだな?」
ラドルとサルサ、さらに見知らぬ女。いまだ隠れ家に部外者を案内することが躊躇われるセイジはジュレに確認し、タカトの顔も見る。タカトと彼女がうなずいたのを見てセイジとハク爺は椅子を引いた。
着座すると思いきやセイジはテーブルを持ち上げて立てかける。
「何をしているんです?」
サルサが質問したとき、しゃがんでいたハク爺が「うーん」と小さく唸りながら体を反らす。薄い金属の棒を隙間に突っ込んで引っ張られた床が持ち上がり、その下から地下へ続く階段が現れた。
「ハク爺ありがとう」
セイジに続いて階段を下りていくジュレに「さぁ行きましょう」と促され、ラドルとフォウとサルサ、そしてガナードにタカトも付いていった。
階段は五メートルほどの深さまで続いており、中は真っ暗である。
「仄かにあふれろ力の片鱗、ファイム=ペイルライト」
魔術の行使によってセイジの手のひらにぼんやりとした光が灯る。その明かりが辺りを照らすと、目の前には長い地下道があることがわかった。
「ずいぶん長い地下道ですね」
「はい、約五百メートルくらいあります。隠れ家はこの先です」
サルサの質問にジュレはニッコリして返した。
ハク爺に手を振ると床板がゆっくりと閉められる。
ひんやりとした地下道の壁をサルサが軽く叩くと、土のような柔らかな感触はまったくなかった。
「ここは掘って作ったのではありません。押し広げて作り、その圧力で土壁は固められています」
「なるほどぉぉぉ」
サルサが感心する地下道を数分歩いた先に設置されている扉を見てフォウが言う。
「この扉は強力な呪術で施錠されてるね」
ちょっとやそっとじゃ破壊できないほどの強力な呪術によって扉は守られている。しかし、ジュレは扉ではなく横の壁に向かって足を進め、壁を通り抜けていった。
「なるほど」
今度はラドルが珍しく感心の言葉を口にした。
その壁は微弱な魔力で作られた映像だった。強力な呪術で守られた扉が目の前にあることによって、抜け道への意識と壁の映像を作っている微弱な魔力を隠していたのだ。
壁を抜けた先には階段があり、ジュレとセイジはその階段を上っていく。
「ようやく到着か」
ラドルの漏らした声を聞いて振り向いたジュレが微笑んだ。
蓋になっている床板を持ち上げて外に出ると、そこは少し広めの納屋といった場所だった。
「ここが隠れ家ですかぁ。さっきの扉と同じように呪術で建物は守られていますね」
隠れ家がこんな納屋だったのかという思いのこもったサルサの言葉にジュレは首を横に振る。
「こっちだ」
セイジは納屋の隅で手を上げた。そして、また床板を持ち上げる。
「この下が私たちの隠れ家です」
「これは手が込んでますね。地下にあった扉もそうですけど、この納屋も外に出られないように守られているとなったら外に出たくなりますもんね」
「実はその納屋の中に別の地下の入り口があるとは思わないでしょ」
少し自慢げにジュレは言った。
「これはセイジの提案なの。ホントはここを隠れ家にするつもりでいたんだけどね」
「納屋の外はどこに?」
「村の外れにある牧場です。ここは牧草地にいくつかある納屋のひとつなの。魔術によって外に出るのはすごく大変だけど、中に入るのは簡単にしてあるわ」
そう話すジュレはなにか楽しそうだった。それは誰にも言えないことのネタ晴らしができたからで、さきほどから笑顔で説明していたのはそのためだった。
「ジュレ、しゃべり過ぎだ」
まだ部外者を隠れ家に入れることに納得していないセイジがジュレを叱ると「ごめんなさーい」と彼女は苦笑いで謝罪した。
女神が放った刺客に襲われたときとは打って変わってリラックスして話すジュレ。隠れ家に到着したことで張りつめていた緊張感から解放されたのだろう。
そのジュレとセイジが下りて進んだ階段の先に扉があった。




