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異世界召喚を憂う者  作者: 金のゆでたまご
女神イザベラの章
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町で噂の男

次の日の早朝。サルサは馬車を走らせて、魔王の居城となっている神殿に向かっていた。そこは、ランサイズ王国を含む三国の国境付近にあり、その付近にジュレたちの組織のリーダー的な存在が住んでいるという。そのリーダーは魔王シグナに対して有利な力を有しているらしい。


「その人が持っている魔王に対して有利な力ってのは『自称』ですからねぇ。それがいったいどの程度のモノだか」


その言葉には強い不信感がこもっていた。


「魔王を倒す異世界勇者は多いんだ。嘘とは思わんが期待はしていない」


その彼に会うために日が昇る前から馬車を走らせているのだが、そこにジュレとセイジの姿はない。魔王軍の懐とも言える危険な場所に連れていくわけにはいかないからだ。とうぜんジュレの護衛であるセイジは彼女から離れない。


新たなジュレのナイトとなったガナード三等兵も身の危険は当然として、彼からジュレの情報が漏れる懸念もあり、宿屋に身を置くことになった。


「あれですね」


向かう場所の目印は森から伸びる大きな木。ふたりが会いに来た組織のリーダーはその木のそばの小屋に住んでいるという。サルサが上げた視線の先に一本だけ頭が飛び出した木が見えたが、まだ少し距離がある。サルサが先を急ごうと馬に鞭を入れようとしたとき。


「止めろ!」


ラドルの声に体を固めたサルサは、手綱を引いて馬を減速。馬が足を止めたところでラドルの視線先を追ったサルサが見たのは、日の光があまり入らない森の奥で、ときおり小さく瞬く光。


「四人いるが戦っているのはふたりだけだ」


「相手は魔獣ですか? それとも魔王軍に組する亜人?」


「いや、たぶんどちらも人族だ」


ラドルは馬車から飛び降りて森に入っていく。サルサは馬を近くの木に結びつけてラドルのあとを追った。


草木をかき分け木々のあいだを縫うように疾走するラドルの速度からサルサは思う。他人の戦いに対してこんなに興味を持つなんて珍しいと。


追走してきたサルサはラドルがひそむ茂みに身を屈め、そっと首を持ち上げて覗き見る。その先に見える獣道は、戦いの影響によって草木は刈り取られて開けた状態だ。そこには四人いるのだが、ラドルが感じたとおり実質一対一での戦いになっている。そのふたりは足場の悪い森の中を高速で駆け回りながら剣を交えていた。


「あいつ、すごく強いよ」


白魔術師と思しき女性は魔術での支援もできず、焦り顔でつぶやいた。


「あいつの本気の戦いじゃ速すぎて援護攻撃ができねぇ」


あきらかなレベルの違いに仲間はついていけず、支援することもできないことが会話からわかる。


槍を構える男は切っ先をふたりの動きに合わせて追っているのだが、動体視力、経験則、洞察力と、どれを使ってもこの戦いに介入することができない。


「なんだお前は。人間じゃないのか?!」


煌びやかな鎧を纏った男の言葉にラドルがわずかに反応した。それは『人間』という言葉が、この世界に馴染み切っていない異世界人が使うモノだからだ。


そう問われたのは少しくたびれた軽鎧を身にまとった男。彼は乱れた呼吸によって返答する余力がなかった。


「信じられない。タケルは魔王ヨンハムを倒した勇者よ。今、知覚加速スキルの【パーセプション・アクセラレーター】を使っているわよね? それでも倒せないなんて」


玉の汗をかきながら戦っている苦し気な表情の男の剣には鞘が付いたままだ。そんな相手に勝ちきれない勇者タケルは二度後方に跳び下がって距離を取った。


「この強さ。お前は魔王軍の四天王か?!」


あきらかに動揺しているとわかる言い方なのは、勇者の自分とほぼ互角に渡り合う相手の上は、せめて魔王だけであって欲しいという願いからだ。裏打ちのない自信は強者の存在によってあっさりと崩れ去る。


そんな薄っぺらい勇者に対し、軽鎧の男は大きく呼吸を繰り返してから答えを返した。


「四天王? バカなことを言うな。四天王は俺より強い」


聞きたくなかった答えに舌打ちで感情を表したタケルに、もうひとつの答えが返された。


「ついでにさっきの質問に答えると俺は人間だ。お前と同じ異世界のな」


「なんで俺と同じく召喚された奴が魔王軍にいるんだ?!」


「それはお前の勘違いだ。俺は魔王軍じゃない」


「ならなんで魔王討伐に向かう俺たちの邪魔をする」


呼吸を整えた男はコキコキと首を鳴らしてから答えた。


「魔王を狙う異世界の勇者を倒して魔王を守るのが俺の使命なんだ。だから、魔王を狙うなら俺がここでお前を止める」


近くの茂みに身を隠してやり取りを聞いていたサルサとラドルは思い出す。魔王を狙う異世界人を狩る者がいると城下町の住人が言っていたことを。


「魔王軍でもないお前が魔王を守る理由はなんだ?!」


「それ、毎回聞かれるんだけど、俺に勝てない奴に教えても無駄なんだ。俺からひとつ言えるのは、お前の実力じゃ魔王に殺されちまうってことだな」


この言葉に、異世界勇者のタケルは怒りを覚えた。


「俺が魔王に殺されるだとぉぉぉぉぉ!」


ラドルとサルサの見立てでは、彼が魔王軍に味方するような極悪人ではない。さっきその者が自分で「魔王軍じゃない」と言っていた通りそうなのだろうと彼らは思っている。その根拠のひとつは異世界人ハンターは魔王軍から人を守っているという情報があったからだ。そして今まさに、頂上決戦級の戦いのさなかであるにもかかわらず、抜剣していないという事実。


しかし、魔王を守りながらも人間を守るという矛盾にサルサは頭をひねっていた。その目の前で、勇者タケルと異世界人ハンターの戦いが再開される。


「魔王を倒した取って置きのスキルを見せてやる! パーセプション・アクセラレーター・オーバーラップだ」


勇者タケルの掛け声を追って異世界人ハンターも叫ぶ。


「なら俺は、努力と根性の全力モードだ!」


ぶつかり合うふたりのあいだで凄まじい斬撃の嵐が巻き起こる。


タケルのスキルは行動速度が増すわけではない。反応速度が激的に上がることで、相手より先に動くことが可能となるというモノだ。


知覚が加速されたタケルは異世界人ハンターの攻撃をことごとく捌き、わずかな隙に反撃をねじ込む。これは、後の先を取る最上級スキル。


対して異世界人ハンターが叫んだ「努力と根性の全力モード」はその言葉の通りだった。端的に言えば『今まで培った力を最大限に発揮できるように頑張る』ということ。


魔王を倒したスキルによって勝負は決したかに見えたこの戦いだったが、流れは異世界人ハンターに傾き始めていた。


勇者タケルは知覚は強化されても身体能力が強化されたわけではない。さらに言えば、努力と根性の全力モードによって振るわれる攻撃は、タケルを攻撃するのではなく武器を叩き返すことに向けられている。その行動が功を奏して、タケルの行動時間を削っていった。


超絶的な知覚加速スキルは時間と共に効果が減少。限界ギリギリの攻防の果てに二十七秒というタイムリミットを迎えたタケルは、そのスキルの反動というべき知覚減速感覚に陥ってしまう。反応の鈍くなったタケルは為す術なく、彼の剣は握られたまま大木の幹に埋められてしまった。


「なんだよこいつ」


異世界人ハンターの行為とこの結果にタケルは唖然となる。


「お前じゃ魔王には勝てねぇ。死にたくなければ魔王に手を出すな」


動けなくなった異世界勇者にそう告げて背を向けた。

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