目的
約一年前、女神イザベラの住まう神殿を襲った魔王の名はシグナ。
魔王シグナは女神に逃げられたあと、その神殿を居城として住み付いた。その噂を聞いたならず者の亜人や獣が少しずつ集まってくるようになった。ただ、魔王シグナが他の魔王と違うのは、人族領地への侵攻を指示するなどはせず、強大な力を持った魔獣も従えていないところだ。
神聖な神殿が占拠されたことを知った各国は、魔王討伐のために多くの兵士、傭兵を送り込み、冒険者ギルドにも依頼を出した。その中に異世界の勇者もいたのだが倒すことはできず。逃げ帰る者が多い中、幾人かの異世界人は殺されてしまった。
魔王から逃れた女神イザベラはランサイズ王国に身を潜めており、その存在を知るのは王族と一部の上層部のみ。これが国家機密事項だ。
女神イザベラは十数人の異世界勇者を呼び出して以降、召喚術はおこなってはおらず、魔王を倒すための準備に専念している。その代わりに勇者召喚の秘術を王族の者に伝えることになったのだ。
世界のどこかにいる他の女神は、同じように多くの国の王族に異世界勇者召喚の儀式を授け、現れた魔王や魔王が従える魔獣に対抗してる。
ランサイズ王国は魔王の脅威がなかったため、このときまで勇者召喚の秘術を持ってはいなかった。ついにそのときが訪れ、ジュレが秘術を伝授されるさなかに事件は起こった。
女神がジュレの手を握ると、突如女神は苦しみ倒れて意識を失ったのだ。翌日になってイザベラは目覚めたが、ベッドから起き上がることもできない。そんな状態の女神が『ジュレ王女は魔王の祝福を受けた穢れた力を宿している。世界の平和のために処刑せよ』と告げるのだが、王と王妃がそんなことはできるはずもない。しかし、女神の意向に逆らうこともできず、ジュレを牢屋に入れるしかなかった。
ひとり恐怖に震えながら牢屋で処刑のときを待つジュレに、姉である第一王女のルディが勇者召喚に必要な触媒をコッソリ届ける。その触媒は入手が困難な宝石。名をブラッドストーンという。
この宝石が持つ莫大なエネルギーを使い、ジュレは牢の中で儀式をおこなってセイジを召喚。彼の力で牢屋から逃げることができた。セイジはそれ以来ジュレの護衛として付き添っている。
ジュレは女神がランサイズ城に現れるに至った経緯の知る限りをサルサとラドルに説明した。
それを一緒に聞いていた上座に座るガナードは、あまりのことに開いた口がふさがらない。
「私は今、私を守ってくれている組織に身を寄せています」
「ばっ、ジュレそのことは」
「いいのです。名もない小さな組織ですが、女神という絶対の存在から私を守ってくれている奇特な人たちです。おかげで私はこうして今も生きています」
「その人たちの目的は女神を倒すことなんですね」
サルサがジュレに質問し、静かに話を聞いていたラドルは態度を変えずに耳をそばだてていた。
「彼らの目的、いえ彼らのリーダーとでもいうのかしら、その人の目的は女神を救うことだそうです」
「は?」
サルサは首を傾げ、ラドルはソファーから腰をずらした。
「意味わからないですよね? 実は私たちもよくわかりません。女神の味方なのに女神に狙われている私を助けてくれたんです」
ジュレを殺そうとしている女神からジュレを匿いながらも、女神を救おうとしている。サルサもラドルもその者が何をしたいのか理解できない。
「その女神を救うには聖剣が必要だということで、王族のみが知る緊急用の転移門を使って深夜に王城に忍び込みました。あっさりと聖剣を手に入れることができた私は、まだ女神が眠っていることで欲をかいてしまい、女神を討とうとしたのですが……やはり人を殺すなんてできなくて」
「失敗して命からがら脱出してきたジュレを俺が助けようとしたところで、お前たちが現れてよ」
サルサとラドルはそのときのことを思い出す。
「無事でなによりです」
頭をかきながらサルサは話題を戻した。
「では、君たちの目的はその聖剣を使って女神を討つというか救うことなんですね」
「おおむねそうなんだけどな。ただ聖剣でどう救うのかまではわからない。それにもうひとつ問題がある。それも大きな問題がだ」
「大きな問題とは?」
「今、魔王の居城に戦力が集結しているんだ。その数は前回を上回る規模でさ。次に奴らが攻めてきたら、とんでもない死人が出るだろうぜ」
「魔王の目的が女神だけなら、先に女神を討つか、女神を差し出すかすれば戦いを回避できるかもな」
「またはランサイズ王国から女神を追い出すか。ですが……」
ラドルの提案にジュレが付け足した。
「目的が決まっているならそれに全力を注げばいいのではないですか?」
言葉を詰まらせるジュレにサルサが提案するのだが、彼女は首を横に振った。
「私を匿ってくれているリーダーの目的は女神を守ることですよ。そんなことできません。それに今回の聖剣を手に入れるために、女神を助けるときに使う予定だった緊急用の転移門を止められてしまったのです」
このことにより王城に忍び込むことができなくなってしまったのだ。
「だったら女神じゃなくて魔王をどうにかすればいいだろ」
ラドルの意見に全員が目をむいた。
「どう考えても女神をどうにかするのと魔王をどうにかするのでは難易度が違い過ぎるだろ!」
「そうです。城に忍び込んで異世界の勇者に守られている女神に近付くことも容易ではありませんが、絶大な強さの魔王と大軍勢を相手にするなんて。個人の力ではどうにもなりません」
「人間相手に殺し合いを望めないなら魔王軍と戦う方がましだろ?」
ラドルの無茶苦茶な考えに四人は唖然とするのだが、セイジは少し考えてからこう口にした。
「ゼロに等しいその作戦の成功率をほんの少しだけ上げる方法はある」
そう言ったセイジの表情は苦々しかった。




