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異世界召喚を憂う者  作者: 金のゆでたまご
仕置きの章
5/91

仕置き

「あぁぁぁぁぁ、痛い。痛いよう!」


「吹き飛んで力を逃がせば耐えられたかもな」


涙を流し、鼻を垂らし、みっともなくもがく彼は、ラドルの静かで冷たい視線に恐怖を感じ、人生で一度として体験したことのない痛みに襲われていた。


トウヤがこの世界にやってきて以来、苦境に出会わず、苦難もなく、苦労もせず、苦痛を味わったこともなく、なにをやっても良い方向にしか進まなかった。だが、現在は痛みに苦しみながら敵を見上げるという、考えもしなかったことがその身に起こっている。


「そんな、僕が、この僕が」


「手間かけさせやがって」


「なんで、僕の魔法がっ?! 全力で撃ったのに効いてないわけがない」


泣きわめきながらそういうトウヤに、ラドルは答えた。


「効いてねぇわけねぇだろ」


「ならなんで?!」


ラドルは口元を歪ませ笑う。


「なんで? 今おまえがオレの拳を受けたのと同じだ」


「同じってなんだよ」


「あ? 耐えたんだよ。おまえはオレの攻撃に耐え切れなかったようだがな」


「耐えられるもんか! 僕の魔力は魔力結界だって中和するんだぞ。それにあの炎は相手を焼き尽くすまで消えないはずだ」


「消えないはず? 誰がそう言ったんだ?」


「だ、誰って。システムがそう言ったんだよ」


「しすてむ? なんだそれは」


「僕のスキルだよー!」


泣きながら叫ぶトウヤの言葉に、ラドルは脱力しながら返した。


「よくわからんが『しすてむ』ってのがそう言うんなら燃えたら消えないんだろうな。だが、おまえの持つ偽物の力で作られた魔法で燃えるもんなんかオレは持ち合わせてねぇ。燃えるもんがなきゃ燃え続ける道理もねえだろ?」


「う、嘘だ! そんなことあるもんか。僕は最強なんだ! 無敵の大魔道士なんだ! 悪の魔族なんかに負けたりしないんだ」


脇腹を抑えて尻を付いたまま後退りするトウヤの首をラドルは掴み持ち上げる。


「最強で無敵? 悪の魔族だぁ? 大魔道士様は正義の味方だってか?」


「く、苦し……」


こんな状態でも魔力で肉体に強化をほどこすトウヤの首をラドルは締め上げた。


「ふざけるんじゃねぇ!」


その怒号にトウヤも少女たちも震え上がる。


「おまえが討ち入りした獣人王の領地と居城で、どれだけの者が死んだと思ってやがる」


「それはあいつらが人族を襲いだしたからだ。だから大臣から討伐のお願いをされたんだ」


「バカ野郎!」


再び震え上がるトウヤたち。


「その頭は飾りか? 知性がある認識があるなら、もう少し頭を使いやがれ! おまえ以外の冒険者や国が獣人王に手を出さなかったのは、奴の国の強大さに尻込みしただけじゃない。多少のいざこざはあっても害悪ではないと知っているからだ。おまえはその嘘っぱちな力を大臣に利用されたんだよ」


獣人の国とはいえ一方的に攻め入ることをすれば、友好的な関係の国も含めて他国に警戒心を与えることになる。そうならないように大臣は、異世界人のトウヤの力を利用し、魔王を討つ勇者のように持ち上げて手駒として操ったのだった。


「なぜ獣人王ガルファンが人族を襲ったのか考えもしなかったのか? なら教えてやるよ。それはな、人族が希少鉱石を狙ってガルファンの領地に踏み入ったからだ」


その鉱石は流通量が少なく非常に価値の高い物だった。


「あろうことか鉱石をかすめ取るだけじゃなく、そこに住む者が邪魔だと狩りを始めやがった。領地で領民が殺されたんだ。ガルファンじゃなくたって怒るに決まってるだろうが!」


「だとしても人は生きていくために自然の恵みが必要です。希少な鉱石を独占している邪悪な獣人王は領地の近隣で人を襲っています。討たれても仕方ない暴君です」


白魔術士の少女は震える脚でそう言い返す。


「細かい経緯は知らん。だが、人族同士も領地争いで小さな小競り合いから戦争まで様々な争いをしてるじゃねぇか。そもそも大自然の恵みを受けられるのは人族だけか? 生きるために恵みが必要なのは奴らも同じだ。人が襲われた? 獣人や魔獣だって冒険者に襲われてるんだよ。野獣なんかは人族に狩られて食われてるぜ。それが弱肉強食だって言うなら、おまえらも狩られる側の気持ちを味わいやがれ!」


ビクリと体を振るわせて少女は腰を落とした。


「ついでに言っておく。獣人王は無差別に人族を襲ったりはしない。殺された者は闘士として戦った奴だろ。それが証拠に領地に隣接する村民は誰ひとり死んじゃいねぇ。むしろ共存してたんだ。獣人王が独占していると言い張る希少鉱石だってその村との取引に使われていた。安全に食料や生活資源を得るための正当な国の財産なんだよ」


その話を聞いた護衛団と行商の一部の者は、心当たりがあったのか動揺していた。


「気が付いていねぇようだからもうひとつ教えてやる。最近行商や町が獣人たちに襲われているのはな、てめぇらが原因なんだぜ」


「な、なんで?」


首を絞められたトウヤが苦しげな声で問い返した。


「てめぇがガルファンを倒したから奴らの国の秩序が崩れたんだろうがっ! 統治者が失われれば民衆の制御は誰がする? ガルファンとの交易を失った村民は生きるために半強制的に鉱石採掘の労働に駆り出されるか別の町に移住した。それによって獣人たちは食料の調達もままならねぇ。そうなりゃ戦って奪うしかねぇだろっ!」


統治者も、領地の経済の要だった資源も、共存するために人族と交渉できる知性ある獣人も失った領民たちは、野生的な生き方を余儀なくされたのだ。


「これが、おまえを仕置きする理由の半分だ」


「は、半分……?」


「そう、半分だ。残りの半分はな……」


ラドルはひと呼吸置いてからさらに大きく息を吸い込んだ。


「ガルファンが……、オレの古くからのダチだからだっ!」


そう叫ばれた言葉はこれまで以上の気勢が込められており、彼を中心に波紋のように広がり周りにいる者たちを震わせた。


「オレの言ったことが正義とは言わん。思ってもいねぇ。主観的、論理的、倫理的、哲学的、政治的、宗教的、歴史的、種族的。正しさなんて見方によっていくらでも変わる。だがな、ダチの国が大虐殺を受けたんだ。理由はそれだけでも十分だろ?」


こう告げられては彼の衝動を止める手立てはない。


「さぁ、おしゃべりは(しま)いだ。最後の仕置きの一撃だぜ。これに耐えたら見逃してやる」

ラドルはその右手を強く握りしめる。その握る力だけで辺りが重く感じるほどに、その拳は異様な力を漲らせていた。


「おい、おまえらはこいつを助けようとは思わないのか?」


不意にラドルは護衛団や行商に話を振った。


「曲がりなりにもおまえたちを助けようとした自称正義の冒険者だぜ」


しかし、今の話を聞いてはトウヤが絶対の正義だと思える者はいなかった。しかも今しがたヤルキーたちは、トウヤの周りのことを気にせず振るう行動によって危うく死にかけた。


たとえトウヤに正義があると思えても、そのトウヤを倒すほどのこの男に対してなにができようかと、ヤルキーは立ち上がることも言い返すこともできない。


「なんだ、おまえ。人様のために戦ったのに人気ねぇな。それじゃぁ最後の一撃くれてやる。見事耐えて見せろ。おまえの持つ正義の意志でな。まぁそんなモノがあったとしてだが」


「いやだ、死にだぐないぃぃぃぃ」


「耐えればいいんだ。たとえ正義の意志がなかったとしても、おまえが持つ自分に見合ってないその力で」


「なんでだよ、僕は最強なんじゃないのかよ。チートで無双してスローライフを送れるんじゃないのかよぅぅぅ」


トウヤは再び泣きわめき、じたばたと暴れ出した。


「またそれか。もらいモノの力で調子に乗って暴れるからだ。スローライフがしてぇなら人里離れた辺境の地で一生畑でも耕しゃいいだろが!」


「おい、お前たち、僕を助けろ。いつも助けてやってたじゃないか。僕が殺されちゃうだろ」


みっともなく少女たちに助けろと命令する姿にラドルは呆れていた。


「そういうときは助けて下さいって言うんだぜ。今のてめぇの立場はどん底なんだ。女も含め、オレに命を握られているってわかってねぇのか?」


その言葉と殺気を受けた恐怖に、トウヤはとうとう尿を漏らし叫ぶ声は言葉にすらならなくなった。そんな彼に対して「やめて、彼を殺さないでっ!」声と体を震わせて少女が叫んだ。


「彼を助けて。私が代わりにその一撃を受けるから」


泣きながら懇願する。


「私たちは以前トウヤに命を助けられました。だからこの命は彼のモノです」


腕を広げてその身を晒した。


悪魔とさえ思えるラドルを前にして、少女たちは立ち上がり、あまつさえ自らの命を差し出したのだ。


「……そうか」


トウヤを地面に放り投げ、ラドルは三人の少女に向かって歩いていく。


「それはこいつに対する愛情か? ならおまえら三人のその愛で、こいつに耐えてみろ」


絶対に耐えられるはずがない。噂に聞く異世界の冒険者トウヤを倒すほどの者が放つ一撃は想像を絶する。使う魔法や闘技によってはここら一帯を吹き飛ばすと断言できる。そうヤルキーが思うほどの力がこもった拳が構えられた。


「ひぃぃぃ!」


行商も護衛も獣人たちもその力に恐れおののき地面にうずくまる。それを見届けているのはガルバーギとヤルキーだけだ。


「さぁ逝ってこい!」


蓄えられた力が極限に達する。


「閃撃……、ピアルス・ユニコーンライト!」


その拳が少女たちに向かって突き出された。


それは、ラドルだけが使える形象魔法闘技けいしょうまほうとうぎ。ラドルが形象した幻獣ユニコーンは、溜められた力を解放し、荘厳(そうごん)な角からまばゆい光を放つ。だが、超高速で撃ち出された光の槍は、森の木々を揺らして雲を突き抜け、彼方へと消えていく。


「ただのクソじゃなかったようだな」


その言葉はトウヤに向かって言い放たれていた。


「トウヤ……」


涙で顔をグシャグシャにし、小便の匂いをさせながら、トウヤは少女たちを庇っていたのだ。


「てめぇがただのクソじゃなかったことに免じて、この一撃は貸しにしておいてやる」


ラドルはそう言って振り返り、ガルバーギたちに向かって歩いていく。


「ったく、しこたま殴りやがって。とんでもねぇ魔法も使いやがる。こいつらが言うチートってどういう意味だよ」


ぶつぶつと文句を言いつつ戻っていき、ガルバーギに腹パンを一発入れたラドルは、獣たちを連れて森の奥に入っていった。


「あいつ、いったい何者なんだ?」


ヤルキーはすぐにラドルと再会することになる。

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