女神の行方
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人里から大きく離れた場所。その森の中に人々に忘れられた遺跡があった。大昔に森の妖精が住んでいたのだが、人間と強く結びついていた森の妖精たちは人間共々魔獣に襲われてこの地を捨てた。
その遺跡に数百人ほどの人が集まっている。鋭い牙と爪、体を覆う剛毛。正確に言えば人ではなく獣人だ。
獣人たちの多くは怪我を負っており、助け合いながらどうにか生活をしている。その原因を作ったのは港町エンヤクオーラの冒険者トウヤという人間だ。
彼は異世界からやってきた者。大臣の密命を受けた彼はこの世界に召還された際に与えられた強大な能力を使って、獣人王の国を壊滅させてしまったのだ。
獣人王の国では三千もの獣人や獣たちが殺され、ここには命からがら逃げた者たちが集まっている。森に住む魔獣は獣人を襲うことがないため、この遺跡は生活環境はともかく安全面は心配ない場所だった。
獣人の集落となった遺跡で一番大きな建物の部屋に、数十人の獣人が集まっている。その中には以前行商の荷馬車を襲撃した三魔獣人のひとりであるガルバーギの姿もあった。そして、彼らの中心には木で組まれた粗雑なベッドがあり、少し薄汚れた布団の上に大きな体の獣人が寝ていた。
「ガルファン様……」
ガルファンは獣人の国の王だ。トウヤによって殺されたと思われていた彼だが、どうにかこうにか生きていた。
一部の四肢を失い全身は傷と火傷だらけ。およそ生きているのが不思議なほどだったが、先日ようやく意識が戻った。だが、意識が戻ったとはいえ呼吸は乱れ、苦しそうにしている。
そんな彼に部下から一報が告げられた。
「ガルファン様、ラドル殿がいらっしゃいました」
その報告を聞いたガルファンは重い瞼をゆっくりと開けた。
「そうか……、通せ」
短い言葉をさらに短く切って部下に命じる。その指示に従ってラドルは扉もない部屋へ招かれて足を踏み入れた。
ラドルを見慣れない者もいたため部屋には少し緊張感が漂う。そんな緊張感を意に介さず、彼は堂々と歩みを進めてガルファンのそばに向かった。
「よう、ガルファン。そんな成りでよく生きてたな」
「貴様、ガルファン様に無礼な!」
怒りをあらわに叫ぶ者をガルバーギが制した。
「よい。それよりお前たちは……全員部屋から出ていけ……。こんなところに雁首揃えて立っている暇などない。森に入って……少しでも……食料を調達してこい」
戸惑う者たちにもう一度「行け」と口にすると、獣人たちはいそいそと部屋を出て行った。
建物を出て森へと入っていったことをラドルが窓から確認する。
「行ったぞ」
ガルファンはその言葉を聞いて「ふぅー」とひと息ついた。
「ラドルさん、お久しぶりですね」
さっきまでの威厳ある言葉と態度はどこへやら。ガルファンは少し幼ささえ感じる言葉でそう言った。
「おう、一年ぶりくらいか。おまえが殺されたって聞いて少し焦ったぜ」
「少し……ですか」
ガルファンは苦笑した。
「間に合わなくて悪かった。これでも国が襲われているって聞いて、すっ飛んで行ったんだぜ。そのときはもう城はもぬけの殻だった。それから数日辺りを探してよ、おまえの部下を取っ付構えてここを吐かせた。良い部下だな。簡単には吐かなかったぜ」
「でも吐いたんだね」
「いや、集まってきた仲間の中に俺を知っている奴がいたんだ。おかげで大事にはならなかったから安心しろ」
ガルファンは折れた犬歯を見せて再び苦笑した。
しばしの沈黙を置いてガルファンは弱々しく言葉を漏らした。
「僕、頑張ったんだよ。仲間を護るために、人間たちと共存するために国を作ったのに。でもダメだった。仲間がいっぱい死んじゃったよ。全部無くなっちゃったよ」
涙交じりのガルファンの声にラドルはすぐに言葉を返した。
「無くなってなんかねぇ。少しばかり減っただけだ。今もここにおまえの国はある」
「でも……」
「死にかけたおまえを連れて領土を捨てて逃げた奴らはわかっているんだ。おまえが作った国は場所じゃないってな。悔しさを押し殺して逃げた奴らの英断を褒めてやれ」
ラドルの言葉を聞いてガルファンは大きな声で泣き出した。
その声は建物内には響いていたが彼の部下は森の奥に食料を探しに行ったので聞いている者はいない。下の階に残っているガルバーギを除いてはだが。
「もう一度立て直せ。おまえがヤル気なら手を貸してやる。今度はもっと楽しい国造りになるかもしれないぜ」
「……楽しい?」
突飛な言葉を聞いたガルファンは漏らす嗚咽の合間に復唱した。
「サンフィードって村を知ってるか? 一年近く前に呪い騒ぎで廃村になったん村だ」
「うん、知ってるよ。だから僕の国の者には近づくなって言ってある」
「その村だけどな。呪いの件は片付けた」
「片づけた? それってラドルさんが?」
呪いの騒動を知っているガルファンは包帯の巻かれた顔を歪めながら聞き返す。
「そうだ。とは言っても元々呪いなんてなかった。ちょっと異世界人が調子に乗ったことで起こった事故で、それを突き止めただけだ」
ガルファンは「さすがです」と感心し、苦しげに持ち上げていた頭を枕に落とした。
「ってわけで、村の呪いの問題は解決したんだが、もうひとつの問題がまだ残っているんだ。それをおまえらに頼みたい」
その説明だけでガルファンは察する。
「僕らに鉱山から噴出するガスをどうにかしろって言うんだね」
ガスの噴出は多少弱まったが現在も流れ出している。その原因を究明して止めることができれば、湖の精霊も力を取り戻し、村も復興させることができるのだ。
「おまえらの強靭な体が役に立つ。毒が体に溜まる前に人員を入れ替えて上手くやってみろ。この問題を解決すれば復興したさいに村人の信用を得られる。かもしれん」
「かもしれんか」
「それもおまえら次第だ」
ふたりは目を合わせて笑った。
「おまえはよくやった。自分の国を建て、人間とも大した対立もなく近隣の村とも上手く交流していた。だから今度は人間と肩を並べてみるのはどうだ?」
「それって復興させた村で一緒に住むとかかい?」
「まぁそんな感じだ。今までは交易によって近隣の農村の助力を得ていたんだろうけど、もう一歩踏み込んだ関係を作ってみるのはどうだ?」
首をかしげるガルファン。
「例えば、鉱山の原因究明のように労働力として自分たちを売り込む。希少鉱石と食料の物々交換する交易なんかじゃなく、貨幣を用いた人間世界の貿易をするんだ」
「なるほど。でも、そういうのを任せていた仲間は殺されてしまったから。僕にはよくわからないよ」
「それなら心配ない。有能な人材がいるからそいつに教育させる」
「有能な人材って……あぁ、あいつのことか」
「はっくしょん!」
アーキンドムの飲み屋でサルサが大きなクシャミをした。
「そうだ! こんなことになって遅くなったけど例の件の情報を手に入れたんだ」
「例の件って……本当か?!」
「うん、情報集めに有能な部下を出してなかったらこんな目に合ってなかったかもしれないんだよなぁ」
ガルファンは少し嫌味を込めてそう言った。
「過ぎたことをいつまでも気にするな。で、どんな情報だ?」
ラドルはそんな嫌味は気にもせずに流し、ガルファンが掴んだ情報を催促する。
「ラドルさんの住むアーキンドムからずっと東。レフティーンのさらに先のランサイズ王国。今、その国にかつてないほど強い魔王が降臨したんだ」
この世界には強さはまちまちなれど幾人かの魔王が存在する。生まれては倒され、倒されては生まれるのだが、中には異世界の勇者すら退けて存命している魔王もい居る。そういった魔王は強大な力を身に着けており、異世界勇者でもおいそれと手は出せない。
「新しい魔王なのにそんなに強いのか?」
「部下が言うにはね」
「その国にいるのか? 女神が」
「うん、その国の王族がかくまっていたらしいんだ。僕の仲間が魔王の組織に入り込んで得た情報だよ」
「そうか、よくやった!」
ラドルは拳を強く握った。
彼は長らく探していた。異世界人を次から次に召喚する女神を。異世界人をお仕置きする中でいつかその原因となる女神にお仕置きをして根本を断ってやると、サルサと共に探していたのだ。
「まさかこのタイミングでそんな情報を得られるとは思わなかったぜ」
タイミングが悪かったのは獣人王国の復興の助力と時期が被ってしまったことで、しばらくは手伝いができないことだった。
「伝えるのが遅れてゴメン」
ガルファンはしゅんとして謝った。
「謝らないといけないのはオレのほうだ。苦しんでいるおまえを置いて、女神に仕置きしにいかなきゃならないんだからよ」
「僕は大丈夫。女神の件はラドルさんが何より優先する事態だもんね」
「明日、サルサを連れてもう一度来る。オレたちが帰ってくるまでにやることを教えておくからよ。理解力のありそうな奴を選別しておけ。おまえらの小さな脳みそに叩き込まないとならないからな。おまえもいつまでも寝てる場合じゃないぞ」
「そうだね、ありがとう。早く治したいんだけど霊核を損傷しちゃったから治りが遅いんだ」
人間に比べれば強力な再生能力を誇る獣人族だが、霊核と呼ばれる高次元体の核を損傷してしまい、その能力を失っていた。
「そんなの食って寝りゃぁすぐ治る。持ってきた食い物は下の階に置いてあるからガルバーギになにか作ってもらえ」
そんなことで霊核が修復されることはないのだが、それはラドルの気遣いなのだとガルファンは受け止めた。
「ラドルさん、いろいろありがとう」
「いいって、お互い様だ」
そう言ってラドルは部屋を出た。
階段を下りたところに壁にもたれて立っているガルバーギとすれ違う。
視線を交わしたときポケットに入れていた小瓶をひとつ投げ渡した。それは少し前に解決した事件にかかわった異世界の少女リンカのポーション。サルサが頼んで作ってもらった物だ。
「飯のあとにでも飲ませてやれ」
そう言葉を残して去っていくラドルに向かってガルバーギは頭を下げた。
ついに探していた女神の情報を手に入れたラドル。数日後、女神が匿われているというランサイズ王国に、ラドルとサルサは向かうのだった。
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