リンカの小さな願い
長らく未解決だった村の呪いの依頼を達成してから二週間。ふたりは苦労して解決した依頼の報酬を受け取り、たいそう裕福に……、なってはいなかった。なぜなら、その依頼達成を報告するということは、リンカが原因で村人や冒険者が死んだことを公表することになるからだ。
話し合うまでもなくそれを察したふたりは、泣く泣く報酬を諦めることにした。
「おいサルサ」
「なんですか?」
ラドルの家で机に頬杖を突くふたり。
「おまえの持ってきた幸運を呼ぶ法具を付けてから運気が下がってる気がするんだが」
「そうですか? オイラはたまに買いに行くあのパン屋のおじさんがパンを毎回落とすので、それがもらえてますけどね」
サルサは紙袋からパンを取り出してひと口かじった。
「おまえの幸運はそれでいいのか? オレはトウヤをぶっ飛ばしたときの報酬はまだだし、オレとかかわったヤルキーは魔力浸食で死にかけるし、あいつの代わりに達成した依頼の報酬は保留扱いだし、女を助けに急いでいるときには夜王に出くわすし、おまえから受けた村の呪いの依頼は無効だし……」
「それは言わない約束でしょ。それにトウヤのときはその魔道具を持つ前じゃないですか」
ふたりはダルそうに言葉を交わしていた。
ラドルに倒されたシンは全治二週間で病院に入院。ソウルビットポーションの作用によってヤルキーと同じような魔力浸食に近い状態だった。そのため、お馴染みのポーションや白魔術による治療ができないことで、長い入院期間となっていた。
ふたりは一週間前に彼に会いにいっている。その理由は女神の情報を得るためだ。もちろんラドルとシンはいがみ合っているので、会話をしたのはサルサだ。
残念ながら以前サルサが調べたとおり、彼らが召還されたのは某国の王族がおこなった儀式によるもので、そこに女神の関与はなかったということだ。
その後も彼はおとなしく入院生活を送っていると、サルサの仲間が告げに来ていた。
「彼も多少は改めたんじゃないですか?」
「どっちでもいい。ダメならまたやるまでだ」
ラドルもパンを食べつつそんな話しをしていると、誰かが扉をノックした。
「え? まさかラドルさんに依頼が?」
「まさかとか言うな」
ラドルに依頼が来たのは三ヶ月前。近所のおじさんの息子が山で遭難したとき以来だった。
「ラドルさん出てあげてくださいよ」
ふたりは扉の向こうに立つ者が誰なのかわかっている。ラドルはゆっくりと立ち上がり扉を開け、「よう」と軽く挨拶する。
「リンカさん、こんにちは。元気になりましたか?」
「はい、おかげさまで後悔して猛反省してようやく立ち直ってきたところです」
彼女は髪を短く切りそろえて、見慣れない制服風の上着を羽織っていた。
「この街を出発する前にご挨拶をしておこうと思って」
「出発ってどこへ行くんですか?」
「私、魔術薬学の学校に入ったんです」
彼女は小さくはにかんだ。
「ラドルさんに言われたとおり、自分の持つ力をよく知らずに使っていたことが今回の事件の発端です。魔術薬学を勉強すればその人に合った適切な物を処方できるようになりますから。さすがに魔術医を目指せるほどの頭はないんで、魔術医の助けになれる薬学士になることにしたんです」
「自分に足りないことに気付いて目指すモノを見つけたのか」
「はい!」
変わらず冷めた感じで話すラドルにリンカは元気に返事を返した。
「これもラドルさんのおかげです。あとサルサさんもです」
「そんな付け足すように言わないでくださいよ。最初に駆けつけたのオイラですからね」
「感謝してます。ビックリしましたけど。『正気の沙汰とは思えませんね』スパッ! って。カッコよかったですよ」
リンカはサルサの登場シーンを再現して見せた。
「その一人称さえ直せばもっともっとめちゃくちゃカッコいいのに」
長身で容姿端麗。見た目だけならサルサはカッコいい部類の上位だろう。
「いいんです。これがオイラの個性ですから」
とサルサは笑って返した。
「ラドルさんの活躍を見たかったですね。シンさんすごく強いのに勝っちゃうなんて」
「ボコボコの泥仕合でしたよ」
「おまえの作ったポーションのせいだ」
「ですよね。ごめんなさい」
リンカは深々と頭を下げる。
「それ言いますか?」
呆れるサルサだが頭を上げたリンカの顔はにこやかだった。
会ったときは暗く無口でおびえていたが、今の彼女が本来の姿なのだ。
「それからこれを」
リンカは大きめのショルダーバッグからズッシリと重そうな袋を出した。
「なんだ?」
「今回の件のお詫びとお礼です。それとサルサさんに頼まれていたポーションも」
「サルサ、そんなもん頼んでいたのか」
サルサが受け取るとジャラリという音と感触が手に伝わった。
「ポーションを売ったお金です。学費や住まいや当面の生活費を差し引いた私の稼ぎです。どうぞ受け取ってください」
ふたりが中をのぞきこむと、かなりの額が入っていた。
「けっこう稼いでいたんですけど、こっちの世界に来たらあまり使うことがなくて。ちゃんとパーティーメンバーにも分配しましたよ。シンさんにも分けようとしたんですけど彼は要らないって。だから気にしないでください」
「あいつに分配しようなんてぶっ飛んでるな」
自分を殺してスキルを強奪しようとした者に分け前を渡そうとするリンカの心中はどういったモノなのか? ふたりには理解できなかった。
「私が冗談でポーションを出したら『殺す気か?』って突っ込まれました」
魔力浸食を受けている者にリンカが作ったポーションを使えば村の呪いの二の舞だ。
「最後にひと言、『入院しながら反省してください』って伝えて帰ってきました」
リンカは清々しい表情でそう言った。
「それにしてもよかったですねラドルさん。これで当分は食いっぱくれずに済みますよ」
「余計なことは言うな」
ラドルはサルサの頭を小突いてからリンカにこう言った。
「おまえの命を救った報酬としてもらってやる」
「この人はタダであげたりもらったりが嫌いなんでこんなこと言うんですよ」
「そうなんですか? じゃぁわたしのお願いは聞いてもらえないのかなぁ」
と、少しもじもじする。
「ラドルさんに?」
「はい」
サルサはラドルを見てから言った。
「言うのはタダですから言ってみたらどうですか?」
リンカは息を整えて頬を赤らめると大きく息を吸った。
「次に会うときは『おまえ』じゃなくて『リンカ』って名前で呼んでください!」
恥ずかしさを打ち破るように勢い任せに大きな声でお願いする。そのお願いが意外過ぎてラドルは目を丸くした。
「ふん。なんだ……、おまえの願いってのはそんなことか」
視線を落としてそういうがラドルはちょっと気まずそうだった。
「それです、その『おまえ』ってやつ」
リンカは指を差して指摘する。
「こんな顔のラドルさんは珍しいですよ」
サルサが指摘するとおり戸惑った顔をしていた。
「では、私はこれから馬車に乗るので」
「今から行くんですか?」
「魔術薬学のある学校はここからは遠い街なんです。今から出ても到着は夕方頃かな」
「どこの街ですか?」
「メドシンです」
「デッケナーとは交流の少ない国ですね。でも外部からの脅威が少なく治安の良い国ですから安心して勉学に励めると思いますよ」
リンカはショルダーバッグを背負いなおしてから姿勢を正した。
「本当にありがとうございました。無事卒業できたらデッケナーに戻ってきて仕事するかもしれませんので、そのときはよろしくお願いします」
「こちらこそです。新天地でも頑張ってください」
サルサは優しくリンカを送り出した。
扉から少し出たところで振り向き彼女はラドルに言った。
「もし困ったことがあったら言ってください。私にできることなら力になりますから」
その言葉にラドルとサルサは顔を見合わせた。
「リンカが卒業して一人前になったら考えてやる」
ラドルのその言葉にリンカはにんまりして大きく手を振った。
「ありがとうございましたぁ!」
日差しが暖かく、吹く風は心地よい。そろそろ森は新緑に包まれ始める時期だ。
「あいつの命を助けた金額にしては多過ぎだな」
「あいつじゃなくてリンカですよ」
「わかってる」
「その言い方だと彼女の命の価値が安いって聞こえなくもないですよ?」
「ばか、命の価値を言っているんじゃない。たかがあの程度の労働で得る金額じゃないって言っているんだ」
「ボコボコだったじゃないですか」
「それはデンジラからおまえを助けたからだ。救助の金を払え」
「依頼を達成するにあたっての仕事の一環です。それに依頼主が死んだら報酬が出ませんよ」
そんなやり取りをしたがサルサはラドルが言いたいことを察していた。
「で、彼女から過剰に受け取ってしまった報酬はどうするんですか?」
「村の周りの破壊された自然を戻すのにでも使うか」
「なら湖の精霊にも報告しに行ってあげないと」
「おまえが伝えてこい」
「え? それもこの依頼の一環です」
それから数年を要するが、呪われた村と呼ばれたサンフィードは復興する。
有毒ガスの原因を突き止めてそれを処理したことで、森は自然を取り戻し始めて人が戻り出し、その人の手により浄化作業も進められるようになるのだ。
その思いを受けて湖の精霊も力を取り戻し、湖も徐々に元通りになっていくことになる。リンカが戻ってくるころには以前にも増して豊かな森が茂り、村も栄えるのだった。
その後、ラドルの友人である獣人王ガルファンの存命に伴い、女神の情報が得られる。
ラドルは今後も心無い異世界人が起こすトラブルを解決しつつ、女神にお仕置きするために奔走する日々を送るのだった。




