錯覚
ラドルとシンが巻き起こす魔力や闘気が弾け、その衝撃が倒れるサルサとリンカの体を震わせた。こんな状態でこの戦いに巻き込まれればひと溜まりもない。
第一ラウンドとは違いシンの戦いはまさに力でひねり潰す攻撃的な闘法だった。
夜王からの連戦で蓄積したダメージがラドルの戦闘力を低下させている。厳しい表情のラドルとは反対に、シンはその漲る力に高揚して不気味に笑っていた。
「この力なら魔王どころか超越者すら倒せるぞ!」
「それだよ、それ」
ガードの上から一方的に攻撃してくるシンに対してラドルは言葉を返した。
「国を困らせる魔王を討つならそれはいい。だが、超越者を倒すだと? へたに刺激をすればどんな悲惨なことが起こるか知らねぇからそんな馬鹿げたことを口にするんだ。自分だけが死ぬならともかく、てめぇが死んだあとの世界に責任持てるのかぁっ?!」
「だまれっ、最強の俺が負けるわけがねぇ!」
ついにラドルのガードは崩される。
「迅雷風烈脚」
目にも止まらぬ回し蹴りからの後ろ跳び回し蹴り。スキルの恩恵によって起こる非常識な暴力がラドルを襲う。
その戦いを見守るサルサは心配していた。このままだと本当に命を落としかねないと。
「おまえが最強? 見合わない大きな力を手に入れればすぐに振るいたがる抑制のきかない精神。最強なんてのはな、体と能力を心と共に鍛えてこなかった者がおちいる錯覚だ!」
ガードもままならない状態でその言葉をシンに突き付けるラドルを、笑みを浮かべて殴りながらシンんは言い返す。
「なにが錯覚だ! お前は強い。そのお前を一方的になぶっている俺の力のどこが錯覚だと言うんだ。たとえ奪ったスキルでも、薬で底上げした力でも、俺の強さは本物だ。今お前が受けている痛みが幻だと言うのなら、その幻痛に苦しみながら死ね!」
「けっ」
ラドルはシンの拳を頭突きで受け止める。たまらず拳を押さえるシンに、ラドルはゴキゴキと低い音をさせて握り込んだ拳でシンの顎をカチ上げた。
「ぶぅっ」
顎を押さえるシンにラドルは静かに告げる。
「その痛みも錯覚だ。たとえ明日、病院のベッドで目覚めても、今持っている力を手放せば、長い悪夢を見ていたのだと思うだけで済むぜ」
「なにをっ?!」
シンが殴り返す。
「だが! このままおまえが生きていれば生き地獄。勝利のために心を汚染し続ける。そしていつか来る! 出会う必要のない絶対に超えられない力の壁にぶち当たり、自分の無力さと侵してきた罪悪感に心が押し潰される日が」
「無力だと? なにが罪悪感だ! 俺を蔑みおとしいれた奴らに対して、そんな気持ちはさらさらねぇ」
自分よりもボロボロのラドルに言い返してシンは再び猛攻を開始する。
「それは手に入れた力で気が大きくなっているからだ。その力が錯覚だとわかったとき、かならず後悔する」
「するわけねぇだろ!」
シンの蹴りが脇腹を痛打すると、ラドルはその足を抱えて同じくシンの脇腹を蹴り返した。
よろめくふたりは同時に踏み込んで互いの顔面を殴り合う。その攻防に力で押し勝ったシンは二発、三発と追い打ちを入れるが、それでもラドルは倒れない。
「風刃」
シンが三度振り回した手刀から、風の刃が発生してラドルを襲う。一刃をかわし、二刃を手刀で打ち消すが、三刃が胸を打った。斬り裂かれこそしなかったが、弱まった闘気と魔力の守りを風の刃が突き破る。
ソウルビットポーションの恐るべき効果がラドルを追い込んでいる。サルサは肝を冷やしながら戦いを見ていたのだが、彼らの闘いに少しずつ変化が起こっていることに気が付いた。
三対一だった手数が二対一へと、先ほどまで一方的だった戦いはゆるやかに拮抗へと移行し始めていた。
合間に特技を織り交ぜていたシンも、今はそれができない。
ソウルビットポーションの効果が切れてきたのか? と一瞬疑うが、視界の端に表示されるポーションがもたらしたバフのゲージにはまだまだ余裕があった。
ソウルビットポーションはこの墓地に眠る召されていない魂の欠片が封入されている。それを飲んだ者はエナジードレインのような効果により、強制的にレベルを上昇させ、さらに一定時間ではあるが、能力値を引き上げることができる禁忌のポーションだ。
シンは、効果が切れる前に決める! と気合を込めなおした。
この世界に転移や召喚された者には特別なシステムの加護が付与される。そのシステムが【ブレイブワールドプログラム】というモノだ。
システム加護のひとつが【ペインイレイサー】であり、攻撃を受けた痛みの情報は脳へ伝えられるとあっという間に消去される。他にも衝撃や斬撃を減衰する【インパクトダンパー】、【ブラントブレイド】もある。サルサがシンの心臓を突けなかったのは【クリティカルキャンセラー】というシステムスキルによる効果だ。
こういった加護によってHPは減るが一撃でシステムの加護を超えるほどの力を加えない限り、大きく肉体が傷つくことはない。
ちなみに【HP】というのもシステムの加護である。HPとは言わば命の代行。
シンはこれらのシステム加護を利用して、相討ち前提で強引に拳や蹴りを捩じ込んでいた。




