異世界召喚の犠牲者たち
今から三年と三ヶ月ほど前。
そこはある王宮の地下に設営された儀式の間。薄暗がりの一室には三十人ほどの人が集まっており、その者たちが立つ床一面には奇妙で複雑な魔術陣が描かれていた。
すでに儀式は終了し、重苦しい呪力の残滓が魔術陣をおぼろげに光らせている。
分厚い石の壁に施された呪術によって部屋の外と中は厳重に隔たれており、その壁際と大扉には兵士と魔術士が配置されていた。
この状況は外部に対して情報を秘匿するためだが、見方を変えれば内部の脅威に対して警戒したとも受け取れる。
儀式の完了から数秒後、魔術陣の上にいる者たちからざわめきが漏れ出す。
「いってぇ」
「なんか暗い」
「どこだ?」
「俺たちの乗っていたバスは?」
「カビくさいわねぇ」
状況が飲み込めない者たちから次々と不安と不満の声が漏れ、周りに剣や槍で武装した大勢の兵士がいることに気が付くと、彼らの感情に恐怖が追加された。
魔術陣の中心に集まって寄り添う者たちは、総勢三十三人の少年少女。その彼らに向けて力のある声がかけられた。
「よくぞ参った、若き勇者たちよ!」
兵士の持つ複数のランタンに照らされた老齢な男。その顔には多くのシワが走っており、シワの数だけの物言わぬ威厳を感じさせた。
老齢な男が自分がこの国の王だと説明すると、三十三人のどよめきが場に溢れる。
国において最上位の王という身分とそれに見合った声の迫力が、無意識に彼らの背筋を伸ばさせた。
そんな彼らに王は言った。国を脅かす魔王を倒してもらうために、召還の儀式によってこの世界に呼んだのだと。
「ひとりしか召喚できぬと思っていたのだが、こんなにも大勢の若き力を招くことができたのは僥倖だった。おぬしらは秘めたる力を持った勇者候補。皆等しく勇者となってくれることを期待している」
話しが進むにつれて次第に状況を理解する。むしろ自分なりに解釈する。
「これってアレだよな?」
「だな? 俺たち勇者だってよ」
若者たちの一部はこの状況に楽しさを感じるようになっていた。その気持ちが全体に広がったのは次の説明がなされたあとだ。
「勇者たちよ、お前たちだけが使える呪文を教えよう。指を振って『ステータス』と唱えてみよ。与えられた職業や能力、それぞれの『スキル』という特殊な技術が確認できる窓が開くはずだ」
言葉ではない騒めきに続いて次々と「ステータス」という呪文が飛び交う。数秒後に歓呼の声が儀式の間に響き、それぞれの感情や感想がその場を埋め尽くした。
拳を握り覇気をあらわにする者。狂喜乱舞する者。それを冷ややかに見つめる者。意図して表に出さない者。そういった者たちの中に怒りをもって歯噛みする者がいた。
「おい、東条」
友人に後ろから肩を組まれた東条という男はハッとなって開いたステータスウィンドウを隠した。
「なんだよ、見せろよ。俺は戦士だったぜ。スキルは『剣速』だと」
「離せっ」
体をひねって隠したウィンドウをもうひとりの男が覗き込む。
「なんだよ、おまえ盗賊なのか?!」
東条という少年には見合わない意外な職業だったため、友人はつい大声で口にしてしまった。
「てめぇ!」
東条はカッとなり友人の胸ぐらを掴んで殴り、さらに蹴りを入れる。
空手有段者である東条の、ほぼ手加減のない暴行を受けた少年だったが、痛みに顔を歪ませながらもすぐに立ち上がった。
「痛ぇけど……なんか痛くない」
彼の妙な感想には理由がある。
攻撃は痛みとして脳に伝わるのだが、その痛みは体には長く残らない。これが異世界召喚を受けた者たちがシステムに与えられた加護の力だ。
この加護があるからこそ、殺人的な攻撃を受けてHPが1になったとしても戦いを続けられるのだ。
そして、もうひとつ。東条に殴られた少年に与えられた職業は重戦士。HPと体の頑強さが高い特性を持っている。
相手がすぐに立ち上がったことに東条は驚いていた。
「なんだよ、殴ることないだろ!」
彼も悪意があって東条の職業を明かしたわけではなかったが、このことが切っかけとなり東条は孤立していく。
「東条の職業は盗賊だってさ」
「金持ちの坊ちゃんだけど汚い金なんじゃないの?」
「武道家の俺ならそのうちあいつをぶっ飛ばせるかも?」
その日以来ひそひそと聞こえるこういった言葉は日に日に増えていき、それに対する彼の態度や言動が拍車をかけ、『ひとり』から『独り』へと立場をより悪化させた。
ある日、彼は地下ダンジョンに置き去りにされて命を落としかける。一部の者の悪戯の域を超えた行為が、東条と他の勇者候補たちを本当の敵対関係にしてしまった。
復讐を誓った男の名は東条 真。このときから心に鬼を住まわせ、三十人近い仲間を殺してそのスキルを奪っていった。




