ラドル VS トウヤ
ラドルはボロボロになったケープを破り捨てて構えを取るのは、この一撃で戦いが終わらないという確信があるからだ。いまの攻撃はトウヤの強さを計ったに過ぎない。
「君、なかなかやるじゃん」
起き上がってラドルを睨み付けるトウヤの言葉は変わらず余裕だが、表情を少し歪めていた。
「次はもう少し強くいくぞ」
「次があったらね」
言葉に合わせて突き出したトウヤの手から火球が連続して放たれた。
「あれは火属性の上級魔法ブラストブリッド?!」
ヤルキーがそう叫び終わる前に火球はラドルに全弾命中。爆発したその場には真っ赤な炎と黒々とした煙が立ち昇る。
「違うよおじさん。これは初級魔法のファイヤーボールだよ」
「ファイヤーボール?」
ヤルキーが上級と見紛うその威力で単発魔法のファイヤーボールを連射したその魔力は、一級品を超えて特級品と言わざるを得ない。
呆然とその炎を眺める面々はトウヤの実力を再認識したのだが、それで終わりはしなかった。骨まで残らず灰燼と化したと思われたラドルにトウヤは声をかける。
「魔族はタフだなぁ」
「初級魔法だからだろ」
両腕を広げて燃え上がる炎を消し飛ばすラドルにダメージは見受けられない。
「やっぱり初級魔法じゃ魔族は倒せないか」
そのとき、戦いを見ていた白魔術士の少女がある異変に気付く。
「あれ? 森が……」
その言葉を聞いて仲間の少女とトウヤが辺りを見渡すと、先制攻撃の魔法の熱波で焼いたと思っていた森が青々と茂るさまが目に入る。爆心地こそ土は焦げて掘り返されているのだが、ガルバーギと他の獣人や魔獣たちの被害も軽微だった。
「よそ見してんじゃねぇ!」
再び接近して殴りかかるラドルの攻撃を大きくジャンプしてかわすトウヤは、飛び上がったその場から辺りを確認して疑問の声を上げる。
「なんで森が?」
最初の一撃で派手に燃えたと思った森に、たいした被害は出ていない。そのことを確認したトウヤに巨大な火球がぶち当たった。
その攻撃に驚きこそしたトウヤだが、ラドルの放った魔法ファイムブリッドは魔力結界によって阻まれて、なんらダメージを与えられない。
「森やあいつらを守ったのは君の魔力結界か。ファイヤーボールでこの威力。君はそうとうの魔法の使い手だったんだね。魔王もこれくらい強いのかな?」
「ファイヤーボールなんておまえらの定めた名で呼ぶな。それに、さっきから魔王、魔王って。魔王なんぞ知ったことか」
魔王を見下す態度で余裕かましていると思ったトウヤは、余裕を見せるのは僕だけでいいんだよと心で愚痴り、立場のマウントを奪おうと言い返した。
「言っておくけど僕はまだ全然本気じゃないからね」
対してラドルはたいした感情も込めず、定型文のように言い返す。
「その言葉を使った大半の奴の本気はそれほどでもなかったぜ」
言葉と同時に地面を蹴り、茂る草を刈り取りながら疾走するラドルに、トウヤは地面に手を付いて岩壁を屹立させた。
「グランドウォール」
「邪魔だっ」
軽々と壁を打ち砕いたラドルを風の刃と炎の剣が襲うのだが、その程度ではひるまない。
「受け取れ」
「嫌だよ」
待ち受けていたトウヤはカウンターで迎え撃つ。その一撃を左腕でガードするが、トウヤは魔法使いとは思えない乱打をラドルに打ち込む。
「僕ね、実は肉弾戦が得意なんだ」
仮面を守るラドルは反撃できずにガードを固めるばかりだ。
「だけどね……」
ラドルを上空に蹴り上げたトウヤはニコやかな笑顔の裏に、いたずらな笑みを浮かべる。
「魔法はもっと得意なんだ」
充実した魔力が爆発的に高まっていく。今までとはまったく違う規模の魔力によって魔法が発動されようとしていた。
「君はなかなか強かったよ。名前を聞いておいても良かったかな」
空に向かってかざした両手の前に紫の魔法陣が三重に展開した。
「くらえ! 正義の怒りが繰り出す究極の魔法を」
正義の怒りと発したトウヤの顔は、弱者をいたぶる負の感情そのものだ。果たして、トウヤに正義の心はあるのか? あったとしてもその正義は誰が証明するのか? そんな思考がヤルキーの脳裏を過った。
「ダークネス・グランドファイヤー!」
「ダークネス?! それは禁断の……」
ヤルキーがすべてを語る前にトウヤの本気の一発がラドルを消えない炎で包んだ。
「バイバイ」
人が手にしえない幻の大魔法と言われたそれを、世界最強を自負するトウヤが全力で放つ。その威力はベテラン上級冒険者のヤルキーでさえ、筆舌に尽くしがたいものであった。
「やったねトウヤ!」
「さすが最強無敵の大魔道士だ!」
「魔王も逃げ出しますわ」
「あぁもう、僕は静かに暮らしたいだけなのにぃぃぃ」
静かに暮らしたいと言いつつ、今までいくつもの困難なギルド依頼を受けてきた。その際におこる、または自ら起こしたトラブルにも口では面倒くさいだの迷惑などとネガティブな発言をしていたものの、積極的に首を突っ込んできたトウヤ。
その行動原理はひょんなことから手に入れた強大な力を使いたいという衝動。目的はその果てに手に入る、得も言われぬ充足感。
今回も意図せぬトラブルに巻き込まれた可哀そうな僕を演じたトウヤだったが、降りかかる火の粉を振り払うという自分が描いた筋書きが完結したあと、作者トウヤでない者の後書きが始まった。
「だったらオレが今日で引退させてやる」
確かに聞こえたその声に振り向くと、炎に包まれ落下したラドルが目の前に迫っていた。
「そんな?!」
仮面の隙間から見える双眸にギョッとしたトウヤだったが、驚き戸惑いながらもわずかな時間で魔力で体を強化して防御結界を施した。
「受けろっ!」
低く唸り上げる声と右下から振り上げられた拳がトウヤの脇腹に突き刺さる。
重苦しい音が森に響き、互いの魔力や闘気が弾ける衝撃波が一番近くにいる少女たちを吹き飛ばしてひっくり返した。
さらにこの森で戦いを見守る者たちにも勢いは届き、ワンゲルウルフや護衛に来た冒険者たちは煽りを受ける。
しかし、凄まじい拳撃を受けたトウヤは吹き飛びもせずにその場にとどまっていた。
「魔力で体を強化する。異世界人だけの特権だな」
ラドルの言葉のあとにトウヤはその場に膝を付いて倒れ、脇腹を抑えて苦しみだした。それはラドルの拳がトウヤの脇腹の肋骨を砕いていたからだ。