リンカの役目
「さぁリンカ、そのポーションに強化魔術を」
教会内は凍てつくような空気で満たされている。風の無い室内には目に見えないなにかが渦を巻き、その圧を受けながらふたりは術式の準備を完了する。
「ごめんなさい。これも魔王を倒すためなんです」
リンカはこれからおこなう儀式に際し、誰かに対して謝罪した。
(……魔王?)
どこからかふたりに視線を送り耳をそばだてる者がいる。
「大地の力、生命の恵み、命を還元させる大いなる流れをもって、この地に眠る者たちの命の残火を集めよ。集いし炎は個となって、清純たる雫と共に次代の者の力となれ」
部屋の中で圧を生み出していた目に見えないなにかは、霞みのように手応えを無くして消えていった。
魔術陣に置かれたポーションは緑から青い液体に変わり、その中に現れた無数の小さな白い粒がキラキラとローソクの光を反射する。
「よくやったリンカ。これで俺はもっともっと強くなれる」
今日はラドルの頼みで強力なアンチマジックポーションを作ったうえでのこの大規模術式。そのことで、すっかり力を使い果たしたリンカは立っていられず、崩れるようにへたり込んでしまう。
予定通りならば一日ゆっくり休むはずだったのだが、急遽ハイテール山から、ここレフティーン王国に直接向かうとシンは言い出したのだ。その理由はラドルやサルサが予想したとおり、邪魔をされることを警戒してのこと。そして今、リンカは無理を押して、このポーションを作りあげた。
「君のこのスキルがあれば俺は誰にも負けない。魔王を倒し最強の勇者になって、夜王や超越者にも勝てるはずだ」
シンは両拳を握って喜びに打ち震えている。そのシンをリンカは笑顔で見ていた。
わたしは人の役に立てる。無力じゃないんだと思えることが、リンカの心の支えだった。
本来なら人の役に立てる力を持っているリンカだが、世話になっていた村の人々を救えなかったことで、その無力さにさいなまれていた。それをシンが必要だと言ってくれることで、どうにか心を保つことができているのだ。
リンカの作ったポーションを、魔術によってさらに強力なポーションにできると彼女に教えたのは、彼が村に立ち寄ったときのことだ。そのときはまだ村の呪いの噂はなかった。
その後、村を出たリンカと再会したシンは、彼女をパーティーに誘って痛めた心を癒すように面倒をみていた。そのことにリンカはおおいに感謝している。
リンカは立ち上がって彼を見る。シンもリンカに歩み寄った。
「シンさん、ありがとう。わたしはあなたやこの世界の役に立てるのね」
シンは手を差し伸べて言葉を返す。
「そうさ、君は俺の役に立ったよ。そして、そのスキルはこれからも俺の役に立っていく」
シンの手がリンカの手を掴もうかというとき、死角から彼の首筋にナイフがあてがわれた。
「正気の沙汰とは思えませんね」
サルサは静かに、そして素早く頸動脈の上にナイフを走らせると、パシンッという異音と紫色の光が発っせられる。そのことに驚くリンカを抱えて距離を取ると、シンは首を押さえて床に膝を付いて崩れた。
「あちゃぁ。ラドルさんの言うとおりだ。やっぱりあんたも異世界人だったんですね。紫の光、クリティカルキャンセラーでしたっけ? それが異世界人だけが持つ加護のひとつで、確たる証拠ですよね」
「あなたはラドルさんと一緒にいた。なんでシンさんを?!」
「はい、サルサっていいます。先日おうかがいした件に進展があったので、あなたに会いにきたんです」
サルサはリンカを抱えたまま後ろに下がり、さらに距離を置いた。
「『なんでシンさんを?!』ってことについてはラドルさんの案件なんですけど、オイラの目の前でリンカさんに死なれたらラドルさんに顔向けできないので仕方なくです」
突然起こったことに理解ができないリンカではあったが、サルサに斬られたシンを見てさらに驚く。
「シンさん……」
サルサに頸動脈を斬られたはずのシンだったが、その首からは一筋の血も流れていなかった。
「お前はラドルってのと一緒にいた奴か」
その目はこれまでとは違って凍るように冷たい。あきらかに多くの修羅場を乗り越えてきた強者の目だ。
首を押さえていた手を放してもそこには毛筋ほどの傷もない。その姿に驚きながらも怪我のなかったシンの姿を見てリンカはホッとする。
しかし、右手に握られていたダガーのギラついた金属の輝きを見て、理解しないまでも冷たい意思を感じていた。
「混乱して理解できてないと思うので説明しますけど、オイラはあなたを守ったんですからね。あなたを殺そうとした彼から」
「わたしを殺そうと?」
サルサは抱いていた彼女を降ろして自分の後ろへかくまい、ナイフを前に構えた。
「なんでって思ってるでしょ? シンさん説明しちゃっていいですか? どうせオイラもろとも殺す気なんでしょ?」
極太のダガーを腰のフォルダーへ納める動作が許可の意だと捉え、サルサは彼女に説明した。
「彼はあなたと同じ異世界から来た者です。いつ頃なのか正確にはわかりませんが、大体三年くらい前だと思われます。彼には一緒に来た大勢の仲間がいたようですけど、その中での強さの順位は特別高い方ではなく、今の彼とは違い、単独で魔王に挑めるような資格はないと言われていました。なぜなら、彼は強い戦闘職ではなかったからです」
腰にマウントしているダガーがその名残だった。
「この世界で専技という言葉に近しいモノを、異世界人は職業って言います。彼のこの世界に来る上で与えられたのは【盗賊】という職業だったのです」
冷ややかに見つめるシンの眉間がピクリと反応した。
「盗賊が職業ってなんでしょうね? それに、その職業だからその特技を持っているとかって意味がわかりません。オイラたちの常識なら、そういった特技があるからこそ、見合った職業に就いたり、役立つ活動をしたりするんですけど。まぁそれは異世界人に力を与えるなにかが決めているんでしょうから、こんなこと言っても仕方ありませんが」
サルサがこんなどうでもいい話をするのは時間を稼ぐためだ。
「盗賊っていう職業は、高い戦闘能力はないまでも仲間を助けるという能力は高いらしいです。でもその盗賊と言う職業が災いしていざこざがあったとか」
「誰にそんな話を聞いた?」
ここでようやくシンが言葉で反応する。
「それは言えません。情報屋としての守秘義務があるので」
「逃れた数人の誰かか。どこに隠れて生きているのやら」
シンは腰の長剣の柄に手を伸ばす。
「あ、ちょっと待ってもう少しだけ」
サルサの言葉に一瞬動きを止めるも、シンはゆっくりと剣を鞘から抜いた。
「彼は仲間を次々に殺していったんです。その理由はもちろん自分をバカにしたり邪魔者扱いした腹いせもありますが、彼の特殊な能力に関係しています」
ジリジリと後退しながら話すサルサとリンカは教会内に置かれた教壇に行き詰まる。
「彼の能力は盗賊という名の職業にピッタリのモノで相手のスキルっていうその者が持つ特別な能力を奪います。その発動条件は相手の特技を熟知した上で……、その相手を殺すこと」
サルサの言葉を聞いてリンカは息を飲み、なんで私が? と頭の中が真っ白になっていた。
「そのとおりだ。俺が身に付けたこの剣技も一緒に来た奴らの【剣聖】というスキルを奪ったモノ」
構えられた剣が教会内のローソクの炎を反射する。それなりの等級を持つ剣は、本来盗賊という職業では扱えないはずの武器だった。




