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異世界召喚を憂う者  作者: 金のゆでたまご
仕置きの章
30/91

誠意

ハイテール山。標高六百メートルで凶悪な野生獣もいない自然の豊かな山だ。中腹までは道も整備されており、低ランクの冒険者がひとり付き添えば一般の人も登ることができるほど危険度はかなり低い。木々に覆われたそんな山の中腹にリンカとシンはポーションの素材を取りにやってきていた。


「こっちだ、足元に気を付けろ」


ふたりが登っているのは登山道を外れた場所だ。岩を覆う苔に足を取られないようにシンが先導して上からリンカを引っ張りあげている。


「ごめんな、飛行魔法が使えればあっと言う間に着くんだけど」


「いえ、空を飛ぶ魔法って物凄く高位の魔法なんですよね? 魔法職の人でも使える人はほとんどいないっていうじゃないですか」


「俺が使えるのは落下の勢いを抑えるだけの魔術で、登りには使えないんだ」


「それでも凄いことです。私はそんな魔法使えませんから」


そう話すリンカの声は少し寂し気だった。


「けど、リンカには精清水を作り、そこからポーションを作るという凄いスキルがあるじゃないか。羨ましいよ。だから俺にはリンカが必要なんだ」


「え?」


シンのその言葉にリンカは顔を赤らめる。彼はリンカの手を引きつつ頂上の方を向いているため、表情も感情も読み取れない。しばし無言で登っていたふたりは、他とは違う樹齢を持つであろう大樹に到着した。


「これだ。この大樹はこの山の地脈を吸って育った霊樹アサテロ。この霊樹がここまで大きく育つほどの清く霊質の高い場所はそうはない」


アサテロは割とどこにでも生えている植物だが、地脈の出口に根を張るモノは数倍の大きさに育って霊樹と呼ばれる。


「この木の実が素材なんですね。でも肝心な実は見えないなぁ」


四十メートルに達する霊樹に覆い茂る大きな葉に埋もれてしまっていて、根元からは実が確認できない。


「俺が探してくるからリンカは待っていてくれ」


シンは腰のナイフを使いながら超人的な運動能力で霊樹を駆け上がっていき、瞬く間に枝葉の中に入っていってしまう。


心配げに見上げるリンカだったが、すぐにシンの声が聞こえてきた。


「あったぞ。今から落ちる(・・・)


「落ちる?」


『降りる』ではなく『落ちる』という言葉に違和感を覚えたリンカの視線に、文字通り落ちてくるシンの姿が映った。


見た感じ通常の1/4くらいと思える速度でシンは落ちてくる。


「これがさっき話したフリファルの魔術だ」


着地したシンは麻袋から黄色い実を取り出して見せた。


「これが霊樹アサテロの実? 普通に美味しそうですね」


そう口にしたリンカにシンは実を差し出した。


「食べてごらん」


微笑むシンの目を見てリンカは実を受け取り、小さな口でその実をかじる。かじったリンカの目は大きく見開かれ、続いて眉間にしわが寄るほどつぶられた。


「すーーーーっぱーーーーい!」


予想通りの彼女の行動を見たシンは大声で笑う。


「この霊樹の実は物凄く酸っぱくて好まれない。だからこんな実を取りにわざわざやってくる奴はいないんだ。一部の料理に使う人だって近くに生えてるアサテロの実を使えばいいし」


「確かに好んで食べる人はいなさそうな酸っぱさでした」


リンカは水筒の水を飲んで口をすすいだ。


「さて、次はコスモラの花だっけ……」


そこまで言いかけてシンはアサテロの木を見上げた。


「どうしたんですか?」


釣られてリンカも上を見る。


「誰か来る」


ひしひしと体の芯に伝わってくる魔力と闘気。攻撃的ではないが普通とは言い難い。見上げてから間もなく、木々を擦れさせてケープを被った者が舞い降りた。


「見つけたぜ」


おびえるリンカの前にシンが踊りでた。腰にぶら下げた長剣の柄にそっと手を置くと、それまでの優男な雰囲気がガラっと変わる。


ラドルはフードを取って顔を見せた。


「お前はあのときの奴」


「そう構えるな。オレに戦う意思はない」


「そんな気勢を漂わせてよく言う」


リンカはシンの背中にしがみ付いて震えている。


「その女にポーションを作ってもらいたい。急ぎでだ。ある者が今、魔力浸食を受けて死にかけている」


「え?」


リンカがシンの体から顔をのぞかせた。


「異世界人の冒険者と、そいつと戦った者の特異な魔力に当てられてしまったことが原因だ。この前、店に行ったときに陳列されていた物が常識外の力を宿していたことを思い出した。おまえの作るエクストラ以上のアンチマジックポーションなら助けられるかもしれないんだ」


シンとリンカは顔を見合わせてもう一度ラドルを見る。ふたりとも彼が嘘を言っているとは思わなかったが、威圧感が強すぎて警戒を解くことができない。


「考える必要などない。仕事の依頼だ。どんなに高くても必ず払う。今は一刻の猶予もない」


「そっちの事情だけを押し付けるな。リンカがそんな上級ポーションを作るのにどれだけ力を使うと思っている。礼儀も知らん野蛮なお前の頼みをこの現状で聞けるもんか」


シンが反論する後ろから見ていたリンカだったが、ラドルの真剣な表情や声色から、無礼な言葉の奥にある誠意を感じていた。


「アンチマジックポーションは今日採取した素材を使えば作ることができます」


彼女は強い警戒心を持ちつつも、ラドルの前に出てきてからそう伝える。


「おい、リンカ! 勝手にそんな」


「ですが、ポーションの効果を上げるのに足りない物があります」


「なんだ、その足りない物っていうのは。オレが取ってくる」


「必要なのは侵食されている人の魔力です。だから、その人のところに行ってから作った方が」

その提案にラドルは首を横に振った。


「そいつの魔力は侵食する魔力たちに覆われてしまっている。とても魔力の採取は無理だ。たぶん近付くことさえ難しい」


ラドルの説明にリンカは表情を曇らせた。


「そうなると普通のアンチマジックポーションになってしまいます。強力過ぎるポーションがその人の魔力の源に致命的な障害をもたらす可能性があるって書物で学びました」


強力なポーションにはそういった副作用が存在する。リンカは自分の作った物がそれくらい効果が強いことを自覚していた。


「致命的な障害……」


それは冒険者としてつらい障害だ。その命が助かったとしても恨まれる可能性すらある。さらに、その原因を作ったのがラドルなのだから償いきれるものではない。


わずかな時間葛藤したラドルではあったが、


「いかなるモノも命には代えられない。頼む、作ってくれ」


ラドルは頭頂部が地面を向くほどに深々と頭を下げた。


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