仮面を付けた乱入者
獣人と野獣を相手に余裕をかますトウヤの前に現れたのは、三メートルに迫ろうかと言う巨体と紫色の体色。額には黒く輝くたくましい一本の角があった。
「あいつも来ていたのか。面倒ごとが増えるのは御免だぜ」
森の奥から様子を探っていたラドルがそう口にする。準備を整えた彼は、一触即発の闘いの場に向かった。
「貴様が我が主をっ」
「主? そうか、おまえは獣人王の部下のひとりだね。三魔獣人て聞いてたのにひとり足りなかったから」
「ねぇトウヤ。さっさと倒して早く帰ろうよ」
「そうです、こんなところで無駄な時間を使う必要はありません」
「時間は私たちだけに使ってよね」
「そうだね、さっさと終わらせちゃおうか。君たちは下がっていて」
そう促された彼女らはトウヤの後ろに身をひそめる。それを確認した彼が振った腕からは暴風が巻き起こり、地面を削ながらガルバーギの周りの者たちを巻き上げた。
「風属性の上級魔法か。しかも無声行使だと?!」
「おじさん。今のは下級魔法だよ」
「なにっ?!」
「だって疲れるじゃん。それに僕は無駄な殺生は好きじゃないんだ」
巻き上げられた者たちが地面に落下すると、ガルバーギは猛然とトウヤに向かって走り出した。その速さは並ではなく、巨体にしてトウヤの仲間の少女をも上回る。
トウヤの直前で左右に跳んで撹乱し、地面をえぐるように振り上げた強靭無比な爪を、トウヤは上体を逸らすだけでかわしてみせた。
「力は凄そうだけどスピードが足りないな」
ガルバーギの怒涛の攻撃をかわし続けたトウヤは、地面をたたき割る攻撃も跳んで避け、両手で銃のような形を作って狙いを定めた。
「バーン」
子どもが遊びで銃を撃つように擬音を叫ぶと、空気が波紋のように揺らいで指先から直径三十センチメートルほどの水弾が飛び出した。ガルバーギはこれを受け止めるも勢いまでは殺せず。元いた場所まで押し戻されてしまった。
「あれ? 百メートルくらいはぶっ飛ぶと思ったのに。圧縮水弾にして破裂させた方が良かったかな?」
それなりのダメージが見て取れるガルバーギは腕と腹で水弾を押し潰して大空に向かって高らかに吠えた。すると、すでに完成されていたと思える戦闘に特化した体が、さらに禍々しく異様さのある形態に変化する。その姿にヤルキーの体の芯に震えが走った。
外見も中身も別物と言って差し支えのない恐ろしいまでの変化。それを見たトウヤの取り巻きの少女たちも身をすくめる。
「大丈夫、大丈夫。僕に任せて」
少女たちに優しく声をかけるトウヤがガルバーギに向きなおった。
「ん、誰?」
「誰だあいつは?」
トウヤとヤルキーがそんな疑問を口にした。
今まさに持てる力を全開にして飛びかかろうというガルバーギの前に、裏返したケープに身を包み、仮面を着けたラドルが立っていた。
百七十センチメートルちょっとの身長のラドルは、巨漢のガルバーギがそばにいるため小さく見える。被る仮面はオープンフェイスであるのだが、認識阻害の術式がほどこされているため、顔が見えているのにもかかわらず周りの者たちにはその者が誰なのかわからない。
「邪魔だよ。危ないからどいて」
現れたラドルに気遣ってか、自分の楽しみの邪魔をされたくないからか、トウヤがそう告げるのだが、ラドルはその言葉を聞いても言われたとおりにしなかった。
「ガルバーギ。おまえはガルファンに付いてろって言っただろが」
「お前はっ?!」
この言葉を聞いたことで認識阻害の効果が弱くなり、ガルバーギはその青年がラドルなのだと気が付いた。
「君、もしかして……魔族?」
トウヤはガルバーギと対峙したときよりも嬉しそうに言った。
「もしそうならヤバイなぁ」
彼の表情と口ぶりはあきらかにヤバイと思っていない。
「どっかの魔王が僕の噂を聞いて送り付けてきたのかな? それとも君が魔王だったりして」
「魔王など知らん」
抑揚のないその声はトウヤと変わらない若さを感じさせたが、雰囲気はただならぬモノを持っていたため、そのギャップがトウヤをさらに喜ばせる。
「あっそう。じゃぁそこをどいてよ。僕はそいつらを懲らしめて、商人さんに乗せてもらって早く帰りたいんだ」
ラドルは口元を緩ませた。
「そこをどけだと? 思ってもないこと言うなよ」
こう返したことで、トウヤの意識はグッとラドルに向けられる。
「それにな。俺はおまえに用がある」
「僕に?」
ラドルの言葉が意外だったため、トウヤは珍しく感情を込めた声で返した。
「そう、オレはおまえの仕置きに来た」
突然の乱入者が物静かに突き付けた『仕置き』という言葉に、トウヤはどういう意味か分からず聞き返した。
「しおき? お仕置きってこと? この僕に?」
「おまえは調子に乗り過ぎた。冒険者ギルドに登録したばかりの初心者でこの国のこともろくに知らないくせにメチャメチャに暴れやがって」
「なによあいつ、トウヤに説教?」
「そんな悪者の味方をするなんてあなたも悪ね」
「悪が栄えたためしはありません。神に代わってトウヤが天罰を下します」
トウヤに隠れながらラドルに向かって叫ぶ少女たち。
「遺跡の破壊、森の火事、鉱石採掘洞の崩落、動植物の大量殺生、地下水脈の枯渇、街の家屋の倒壊多数、複数ギルドによる大規模魔獣討伐依頼に参加した冒険者の人的被害、その他大小含めた十以上のトラブルの数々……」
「そんなこともあったっけ? いちいち覚えてないよぅぅぅ」
トウヤに悪びれる様子はない。
「もし天罰なんてモノがあるのなら、下されるのはどっちだろうな?」
ラドルは両手を前に構える。
「もちろん君にだよ」
トウヤは素早い動作で指先から小さな光弾を撃ち出していた。
「あれはっ!」
ヤルキーはそばにいる行商のダイカンを抱え込んで守りの魔法を使った。
「フリージング・シェル」
光弾がラドルに着弾すると高熱を発して爆発し、その熱波が周辺の森を焼け野原にする勢いで広がった。
「あぁ、私の積み荷がっ!」
ダイカンは荷馬車が巻き込まれてしまうのを心配して叫ぶ。離れてはいても高温度の空気が皮膚を焼くほどになっているため、守りの魔法から離れれば最悪命を落としかねない。
「あいつ、周りのことを考えてねぇのか!」
ヤルキーは暴れるダイカンをガッチリと押さえつけながら愚痴った。
「トウヤァァァァ」
「またなの?」
「悪い癖です」
と少女たちは言う。
「あれ、これはやり過ぎたのかな?」
トウヤは軽く言って頭をかいた。
数秒後、煌々と光る魔法の効果が少しずつ弱まっていく。
「お前さっき殺生は好きじゃないとか、懲らしめるとか言ってたじゃねぇか」
トウヤに聞こえないようにヤルキーが口にした直後。
「安心しろ。おまえはなにもやってはいない」
その声に振り向くと、広がる熱波の光の中から彼に向かって歩いてくる人影があった。
「え?」
その人影は少し体を沈ませてからトウヤに飛びかかる。
虚を突かれたトウヤの顔に拳が接触し、その打撃による衝撃がバシッと弾けてトウヤを後方へ打ち飛ばす。
「きゃーーーーーーーー」
その光景を見て少女たちが悲鳴を上げる中、トウヤは地面を転がっていった。