魔力酔い
ヤルキーに昨夜と本日の食事三食という報酬によって雇われたラドルは、早朝五時十五分にギルドに来ていた。しばらくして時計を見ると、集合時間五時半を少し過ぎていたのだが、まだヤルキーは現れない。
椅子に座ってさらに待つこと二十分後、汗だくのヤルキーが飛び込んできた。
「すまん、遅くなった」
「いや、かまわん。あんたの仕事だしな」
早番勤務で一時間前からギルドの受付の仕事についていたシズラは、ようやく現れたヤルキーの様子がおかしいと感じてカウンターから出てくる。
「珍しいこともあるんですね。いつもは三十分前には来るのに」
「言い訳に聞こえるだろうが、トウヤと魔族らしい男との戦いがあった日から具合が悪くてな。休んでもなかなか復調しないんだ。魔力酔いだろうと思うんだが」
それを聞いたシズラがあわててヤルキーの腕を掴み彼の顔色や状態をうかがった。
「あれからもう四日も経つのにまだ治らないんですか?」
ヤルキーのあまりの具合の悪そうな様子に彼女は再びカウンターの中に戻り、小瓶をひとつ持って戻ってきた。
「これを飲んでください。アンチマジックポーションです」
それは魔力を中和するポーションで、受けたデバフの魔力を打ち消すのが主な使い方だ。
「これはけっこう高価なポーションじゃないか」
「いいから早く飲んでください。顔色が悪過ぎます。ヤルキーさんが家からここまで来るのにそんなに汗をかくなんて異常ですよ」
そう促されたヤルキーは瓶の栓を抜いて一気に飲み干した。
魔術清水。もはや通称となったポーションは、食物のように胃袋や小腸や大腸で吸収されるのではなく、接触している細胞から次々と吸収される。さらに、魔術に組み込まれた命令に従って霊的にも作用する。
今回のように明確に異常な箇所がわからないときは服用し、体内からじわじわと治していくのが一般的な使い方だ。
このポーションによってヤルキーの体の中の魔力は幾分か打ち消され、少しだけ顔色が良くなったように見えた。
シズラはヤルキーに肩を貸して椅子に座らせ、それをラドルは妙な汗をかきながら見ていた。なぜなら、彼の魔力酔いの一端どころか大半は、自分の魔力によるものだと気付いたからだ。
魔力の持ち主であるラドルと接触したことで、彼の体内に巣食う魔力は活性化。ヤルキーの魔力酔いが悪化したのはこういった理由だった。
「すっかり遅くなっちまったから急いで行かねぇと」
脂汗が引ききらないヤルキーだったが、机に寄りかかりながら立ち上がろうとする。それを見てシズラがあわててヤルキーの肩を押さえた。
「なにを言っているんです、そんな状態で。今回の依頼は他の人に任せましょう。ヤルキーさんほどの人なら依頼のひとつやふたつキャンセルしたところで評判が落ちたりしませんよ」
「いや、そうはいかねぇよ。俺は運営としてギルドの名前を背負っているんだ。キャンセルするわけには……」
「ダメです、このまま行ったら命を落としかねません」
命を落としかねないというのは少々大げさだなと思うヤルキーを、心配顔で見つめるシズラ。その瞳には薄っすらと涙がにじんでいる。
そんなシズラを見たラドルは、いたたまれなくなって立ち上がり、ふたりに言った。
「彼女の言うとおりだ。あんたは帰って休んでいろ。この依頼はオレが引き受ける。オレは飯を食わせてもらった借りがあるからな。それに……」
「それに?」
(その魔力酔いはオレとあいつの魔力に当てられたことが原因だから)
という言葉は口には出せない。
「ともかく、依頼はオレがこなす」
「馬鹿言うな。依頼は難易度レベル7で危険度ランクBだぞ。Dランクのお前じゃ無理だ」
「心配ない。そのDランクってのはこのギルドでのオレの評価だ。オレがここに来る前に登録していたギルドではもっと上だった」
「上ってなんだよ」
「それは……秘密だ」
「秘密ってなんだ?!」
「いいから任せろ」
ラドルはそう言ってギルドを出ていった。
「あの馬鹿。たとえBランカーだったとしてもひとりじゃ危険だ」
走っていくラドルを追うことができないヤルキーはシズラに言った。
「待機組を緊急招集だ。高ランカーがいなければ人数を出せばいい。あいつを追って協力させてくれ」
「わかりました」
シズラは大きな声で返事をして受付カウンターに戻り、待機組のファイルから住所を調べた。




