ノーザップ王国の冒険者
村の呪いの調査のためにそこそこ面倒な寄り道をした次の日、ラドルは自宅でサルサが来るのを待っていた。サルサはその日の夕方にようやくラドルの家にやってくる。
まずはラドルが村の調査結果を報告した。
「そうですかぁ。湖の精霊が怪しそうに感じますけど」
「地主神はその場を離れられないのは事実だ。もし呪術的に手を出していたとしても、それを見落とすオレじゃない。で、そっちはどうだった?」
「まだ調査中ですよ」
「だったらサンフィード村の生き残りを探して、鉱山での出来事を聞き出してくれ」
ラドルの家にやってくるなり椅子に座って頬杖をつくサルサに対してラドルは命じた。
「もしかして、鉱山の調査にも行ったんですか?」
「そこで誰かが戦った痕跡があった。その戦闘のせいで鉱山は崩落して採掘場とガス溜まりが繋がり、そこからガスが湧き出している」
「それなら塞いじゃえばいいじゃないですか」
現場を見ていないサルサが安易な提案をするとラドルは彼の頭を小突いた。
「あいたっ」
「とんでもなくデカい穴だ。ガスも満たされている。おまえは入ってすぐ動けなくなるだろうし、出てきても後遺症に泣くことになるだろうな」
「殴らなくてもっ」
頭を押さえて抗議するサルサ。
その小突きは、穴を塞ぐという今のサルサと同じ浅はかな考えを持って現場に向かい、自分ではどうにもできない無力さに少しばかり苛立ちを持ったラドルの思いが乗っていた。
「いいから探せ。サンフィードの村民ならきっとこの街にも移民しているはずだ」
「なかなかの人使いの荒さですね。オイラも異世界人の少女探しで忙しいんですよ。オイラからの依頼じゃなかったら追加料金モノです」
「おまえは仲間の情報屋に探させてるだけじゃねぇか」
「それは失敬な発言ですね。今の情報網を作り上げるのにどれだけの苦労があったか知らないわけじゃないでしょ? それに、どこにいるかもわからない顔も知らない少女を探しているんです。効率よく結果を出すための手配をするのに、オイラだって足を使っていろいろなところに出向いてるんですから」
机に頬杖をついたままゆったりと言い返すサルサにラドルは冷ややかな視線を向ける。
「わかりました。だったら二時間くらい待っていてください」
そう言ってダルそうに席を立ち玄関から出て行った。
「……。今あいつ、二時間って言ったか?」
聞き間違えかと思いながら待っていたラドルが風呂を済ませたところにサルサが戻ってきた。
「戻りましたよ」
「さっき二時間って言ったのは聞き間違いじゃなかったのか」
「すいませんね、遅くて」
時計の針はまだ一時間と少ししか進んでいない。
「いや、二時間って言ってたのにまだ一時間くらいだからな」
「指定した時間を超えないように提示するのがマナーです。なので少し長めに言ったんです」
サルサは「遅い」と指摘されたと思ってそう話した。
「二日、三日はかかるのかと思ったから」
「はっ? なんでこんなことに二日も三日もかかるんですか? オイラが今探してるのはサンフィード村に住んでいた少女ですよ。その少女を探すのに、村民を探すのは当たり前じゃないですか。もう大半の村民の居場所は把握済みですから」
「あっ」
そこまで聞いてラドルは理解した。
「今この街に住むサンフィード村の元村民宅に行って鉱山であったことを聞いてきたんです。まぁオイラの仲間がですけど」
サルサは椅子に座って再び頬杖をつき、その手にもっていた紙をラドルに差し出す。
「この街に移住してきたのは二十一世帯。そのうち十六世帯に話が聞けました。鉱山でのことを知っていたのは五世帯で、その人たちに聞いた内容が書いてあります」
さすがにラドルはサルサの手際に関心する。
「助かる」
サルサから受けた依頼の延長ではあるが、ラドルは礼を言って紙を受け取った。
「オイラもまだちゃんと目を通してないので内容は把握してませんが、ラドルさんの予想通りのようです」
その紙には確かに洞窟でとある冒険者が戦った者がいることが書かれていた。
「レティシア=ガルボ。女か? ノーザップ王国の冒険者」
その名と在籍国を口にするラドルがいつもと調子が違うことに気が付き、サルサは首を持ち上げた。
「その名前から察するに異世界人ではないって思ったんですか?」
サルサの指摘したとおり記された名がこれまで出会った多くの異世界人の名前の傾向と違うことをラドルは怪訝に思った。
「この件は異世界人の仕業じゃなかったのか」
「なんでもかんでもそいつらの起こしたトラブルとは限りません。そんなこともありますよ」
「確かにな」
ラドルは予想が外れて少し拍子抜けではあったが、気を取り直して紙に書かれている内容の続きを読んだ。
鉱山の名前はベネフィー。デッケナー王国と隣のノーザップ王国でだいたい半分ずつの領土となっている。
ふたつの国に領土をまたぐベネフィー山だが、鉱石の採掘をおこなっているのはデッケナー王国だけだ。ノーザップ王国はその山を神聖視しているため人は立ち入らない。なぜならその山には地霊、つまり地主神が存在しているからだった。神とは言ってもその存在はサンフィードの湖の精霊と同じ精神精霊体であるのだが、その力は湖の精霊とは雲泥の差。そして、ノーザップ王国にとっては神聖な地主神だとしても、デッケナー王国から見れば山に巣くう悪霊といったところだった。
その地主神は半霊体で、名前はマインテーン。そのマインテーンの威光によって採掘範囲は限られていたが村としてはそれでも十分にやっていけた。しかし、国としてはもっと採掘量を増やしたい思いはあったため、その存在が邪魔だった。
そんなある日、ノーザップからレティシア=ガルボという女性冒険者がふたりの仲間と共にやってくる。彼女は採掘を邪魔する悪霊に困っているという噂を聞いて村に訪れた。
村の鉱夫たちの大半は「そうなったら気にせず掘れるな」と言った程度の意味で言ったのだが、レティシアはそれを真に受ける。その理由は一部の鉱夫の強い要望があったかららしい。
そして、レティシアたち冒険者がベネフィー山に向かってから数日後に事件は起こった。
山からはガスが流れ出し、瞬く間に森はガスに覆われた。ガスは森や湖である程度浄化されたため、村には極端な被害は起こらなかった。しかし、森の木々は枯れ、湖の水は動物たちと一緒に腐敗してしまう。
その日になにがあったのか詳しく知っているのはレティシアパーティーと一緒に鉱山に向かった鉱夫数人だけだろうが、その鉱夫はその事件からほどなくして噴出した毒ガスが原因で死んでしまったという。
村では数人の鉱夫が死んでしまい体調不良者も何人か出てしまった。そのため、しばらく採掘の仕事は休業していたのだが、仕事を再開するためにベネフィー山の様子を見に登った村の鉱夫は、大崩落に見舞われている現場を目の当たりにすることになった。
「なるほどな。ってことはそのレティシアって女をとっ捕まえて吐かせればいいってわけか」
「言い方はともかくそんな感じですね」
「ならオレはノーザップに行ってくる。冒険者ギルドに行けばすぐ会えそうだ。おまえはそのあいだに異世界人らしき村の女を探しておけ」




