覚醒の時
(一体どういう事なんでしょうか)
リアナは自分の置かれた状況に戸惑いを感じていた。リアナが連れてこられた場所は、牢屋ではなく、客間だったのだ。
「粗茶だが、どうぞ」
「あ、ご丁寧にどうもありがとうございます」
リアナの前には司令官―――――ガルバド・リキットただ一人が座っている。他の兵士は全てこの部屋から追い出されていた。
リアナは一口お茶を飲むと、すぐさま話を切り出した。
「指名手配の者をこんなところに通すなんて、一体どういうつもりですか?」
「なに、君は牢などにいれなくとも逃げはしないと思ったまでだ」
ガルバドはまるで当たり前の事の様に答えた。その様子に、リアナの不信感は増した。
「私はネイシス・マスターです。この場であなたを倒す事はそんなに難しい事ではないんですよ?」
媒体の『火』がないのだから、リアナがネイシスを使えるはずもない。それはただのはったりだった。
「君には出来ないはずだ。やるのなら、捕まる前にやるだろうからな。それに君は餌だ。獲物が釣れれば用はない」
「!―――――まさか・・・」
(狙いは翠!? でもなぜ!?)
リアナは翠が別世界の者と思っているから問題はないが、他の者からすれば翠は得体の知れない謎の人間であり、狙うのは当然だった。
リアナが動揺する中、毅然としていたガルバドがおもむろに立ち上がった。
「さて、釣れたようだな」
その時初めて外の喧騒がリアナの耳に届いた。
「その者も連れて行く。連行しろ」
それを合図に、二人の兵士が部屋の中に入ってきた。リアナはそのまま二人の兵士に連れられるままに、外に出る。
しばらく歩くと、訓練場らしき開けた空間に出た。そこでは既に翠が数十もの兵に囲まれていた。
「翠!」
リアナが大声で叫ぶと、翠がリアナの方を向いた。
「お、いたいた。牢屋にいるかと思って探してたんだ。手間が省けた」
翠は囲まれた緊張もなく、飄々といった。
「話はやめてもらおうか。君は今や袋の鼠なのだぞ?」
ガルバドは一人前へ出て、余裕を持った様子で翠にそう告げた。
「袋の鼠? 何処が?」
しかし、翠に全く臆した様子はない。おかしく思ったガルバドは近くにいた兵士に現状を報告させた。
「実は我々は囲んでいるのではなく、これが近付く限界なのです。我々だけではあのネイシス・マスターは止められませんでした」
ガルバドはその報告に苦虫を噛み潰した様な顔になった。
「さて、どうする? お前達じゃ、俺には勝てないけど?」
翠は余裕の表れか、武器さえも構えていない。それは圧倒的な力の差でもあった。
「・・・・・仕方ない。あいつを呼べ」
(あいつ?)
翠は頭の中にクエスチョンマークを浮かべたが、すぐに思い浮かぶものがあった。
(まさか、ここにネイシス・マスターがいるのか?)
一般人では翠に対抗できない。この局面において投入されるのだから、その可能性は大いにあった。
そして、翠の予想は程なく的中した。
兵士達が連れて来たのは、若干9歳の少年だった。
「リット、あの男を倒せるか?」
「うん。楽勝だよ」
少年は笑顔で答えると、翠と対峙した。
「はじめまして。僕はリット・プラント。植物のネイシスの直家。君を捕らえさせてもらうね」
リットは唐突にそう告げると、地面に手をついた。
その瞬間、翠は嫌な予感に囚われ、腰の水の刀を抜いた。
「目覚めて」
リットの声に呼応する様に、リットの背後に大木が現れる。明らかに植物としては不自然な成長の仕方だった。
(あれが媒体・・・・・か?)
翠は冷静に相手を分析していく。しかし、あまりにも知識が乏しく、あまり役に立ちそうにない。
「いくよ!」
リットが元気良くそう告げると、大木の根元から数本の根が翠に向かって伸びた。
「はっ!」
翠は刀を横に振り抜く。すると、すべての根が切り落とされた。
「まだまだ!」
リットはあきらめる事なく次々と根を伸ばす。翠は次々に切り落としたが、圧倒的な数の前に、段々押されはじめていた。
「翠! 逃げてください!」
リアナはいてもたってもいられず、翠に駆け寄ろうと試みるが、兵士二人にしっかりと掴まれ、駆け寄る事が出来ない。兵士達はあまりない見物に湧き上がっている。
そんな中、ただ一人ガルバドだけが機器を前に思案にふけっていた。
(どういう事だ? あの男の能力値はたかだか478。普通なら約1万6千のリットの敵ではない。リットの戦闘能力が低くても、数で勝てるはずだ。だが、実際は約4千を消費したリットに対し、あの男は478のままだ。それだけでも不可解だが、水のネイシスは操れるのは数値1に対して1mlと実験的に証明されている。しかし、あの男が操っている量は478mlをゆうに超えている。やはりあの男は不可解だな・・・)
そんなガルバドの懸念に気付く者がいるはずもなく、戦いの場はさらなる熱狂に包まれていた。
「ほらほら! うまく避けなよ!」
リットはまるで遊んでいるかのように、楽しそうに翠を追い詰めて行く。しかし、翠もただ追い詰められているわけではなかった。
(このネイシスを相手にするならリアナが適任だ。だが、今のリアナじゃ期待は出来ない。それにネイシスには媒体がいる。でも、逆を言えばそれさえ渡せれば形勢は逆転出来る。こうなれば火をどうするかだが・・・・)
翠は回りを見渡した。すると、あるものが目に入った。
(あれは確かさっきの爆薬の―――――よし。あれでいこう)
「リアナ!」
翠は方針を決めると、リアナを呼んだ。
それに何かしらの意図があると見たリアナは、周りを注意深く見た。
「人の心配している場合? 案外余裕があるんだね。さぁ、ペースを上げるよ」
翠の言葉の意味を取り違えたリットはさらに攻撃のペースを上げた。数の前に、翠の身体に攻撃がかすり始める。
「くっ・・・!」
(このままじゃやばい! もう少し・・・・)
翠は誰にも気付かれない様に事を進める。しかしそのせいか、他が疎かになり、攻撃をまともに受け、壁に張り付けられた。
「ははっ! 僕の勝ちだね!」
リットは上機嫌にそう宣言した。しかし、翠の顔には喜びが浮かび上がっていた。
「さて、それはどうかな」
まさにその瞬間だった。ある場所から火柱が上がり、兵士の二人がその火柱から必死に逃げていた。
その火柱の中心には、炎のネイシス―――――リアナがいた。
実は、翠は戦いながらも、翠が侵入した時に爆薬により燃え、燻っていた火種を、周りに気付かれない様に運んだのだった。
「凄い・・・」
翠は無意識のうちに言葉を漏らしていた。それほどリアナの力の放流は、人知を超えていた。
「反撃です」
リアナはそう宣言すると、リットの方へ駆け出した。リアナの纏う炎の前に兵士達はなす術もなく、道を開けていく。いつの間にかリアナとリットとの間に障害は無くなっていた。
リアナの目的は当然リットのネイシスの媒体の大木だ。
「媒体、破壊させてもらいます」
「く・・・くるな!」
リットは翠の存在も忘れ、リアナが近付かない様に根を伸ばす。しかし、リアナの炎の前に全ての根は灰となっていく。
リアナはいとも簡単に大木の前に到着した。
「双手火炎撃!」
爆発的な炎上。
いくら生きている木といえど、その火力の前に簡単に燃えてしまった。
「翠!」
目的を終えたリアナは、翠のもとに駆け寄った。火は手の平に乗るほどに縮小されている。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。どうという事はないよ」
翠は根に吹き飛ばされて打撲は負っていたが、確かに大きな怪我はなかった。
「あ・・・あぁ・・・・・・・僕の木が・・・・・・」
リットは燃やされたのがよっぽどショックだったのか、意気消沈している。
「それで、これからどうしますか?」
二人は既に囲まれているが、仕掛けて来る様子はない。
「しばらくは休憩しよう。すぐには仕掛けてこないさ」
翠は周りに警戒をしながら、少し息を抜いた。
その場は膠着状態に入った――――――――――かに見えた。
「許さない・・・」
兵士達と翠達が睨み合いを続ける中、リットが不意に立ち上がった。
「僕の大切な木をよくも!」
リットの感情は悲しみをこえ、怒りに変わっていた。
リットのネイシスの媒体の大木は、リットが小さい頃から育った、いわば兄弟の様なもので、リットの怒りは当然だった。
「殺してやるっ!」
大粒の涙を流しながら、リットは地面に手をついた。
「やめろっ! リット!」
ガルバドが気付き、止めに入った頃には既に手遅れだった。ネイシスは発動し、リアナの少し前の地面から突然根が現れる。
「!」
翠もリアナも声を上げる暇すらなかった。
静寂―――――――
貫かれる身体―――――――
抜かれる根―――――――
溢れ出る鮮血―――――――
そして―――――――――――
歓喜。
「ははっ! ざまぁみろ!」
その声で一番始めに動いたのは意外にもガルバドだった。
ガルバドはリアナに駆け寄り、脈をとる事なく首を振る。リアナは身体の中心を完全に貫かれていた。
そんな中、翠はただじっと微動だにせず、リアナを見下ろしている。完全に自失してしまったらしい。
この惨状に目を背ける兵士もいれば、戸惑う者、緊急伝令に走る者もいた。
ただひとり、リットだけが興奮状態だった。
「そこの男もその女の仲間なんでしょ? 君も死んでよ!」
もう誰もリットを止められなかった。
リアナの時と同様、翠の少し前の地面から根が現れた。
翠は根に貫かれた―――――――――
「・・・・・・・」
――――――――はずだった。
確かに根は翠まで到達していた。しかし、翠に触れた木は、まるで着去っていたかの様に様に、バラバラに砕け散ってしまった。
リットは一瞬何が起こったか理解できなかった。だが、すぐに怒りをあらわにした。
「何をした!?」
リットは納得がいかず、さらに根の数を増やし、翠を襲う。しかし、全ての結果は同じだった。
「何で?! どうして?!」
「・・・・・お前は二つ罪を犯した」
今まで黙っていた翠が、不意に語り出した。
「一つは言うまでもなく、リアナを殺した事。そしてもう一つは、その罪を、自覚しなかった事」
翠は静かに語りながら、リアナに近付いていく。
明らかに雰囲気は今までの翠と変わっていた。
「でも、その罪は一つは赦される。今から僕が罪を消してあげるから」
なおも淡々と語りながら、翠はリアナの傷口に触れた。
ピチャ―――――
水音が静まり返っていたその場に響く。
いつの間にか周りの者達は翠の行動を固唾をのんで見守っていた。
(空気が変わった・・・・か?)
ガルバドは周りを見渡した。しかし、空気を変えた原因らしきものはない。
(な・・・・なんだ!?)
その起こった現象に、ガルバドは目を疑った。翠の周りに明らかなる力の奔流が認められたからだ。薄く、青白く輝く幾重もの螺旋の帯。それが翠とリアナを囲んでいる。
(ありえない・・・・・だがあれは明らかにネイシスのエネルギーが外部に漏れ出している。あんな現象は噂でしか聞いた事がないぞ。それに、その現象が起きるのは100万以上の能力値を持ち、かつネイシスにより急激なエネルギーを放出しなければならない。そんな能力値はあの男には―――――!)
ガルバドは測定機を見て目を見張った。測定機の示す数値が明らかな上昇を続けていたからだ。
(なんなんだこいつはっ! 能力値が上がるだけでも不可解だというのに、この上昇率はっ! 2万―――――3万―――――4万―――――まだ上がるのか!)
その間にもエネルギーの奔流は勢いを増し、二人を包み込んでいく。
(20万―――――30万―――――40万―――――いつまで上がるんだっ!)
「・・・・そろそろか」
翠が静にそう呟くと、今まで溢れ出ていたエネルギーの輝きが収束し、リアナに降り注いだ。
そして、そのエネルギーの輝きはまるでリアナの身体に吸い込まれる様に消えた。
「これで罪は一つ消えた。しかし、もう一つは俺には消せない」
(どういう意味だ?・・・・・まさか!?)
ガルバドは慌ててリアナに駆け寄り、脈をとった。
「生きている・・・・・・傷もない・・・」
ガルバドの確認した通り、傷口も綺麗に消えており、ただ周りを赤く染める血が大怪我を負ったことを物語っているのみだった。
「さて、リット。覚悟はいいか?」
今まで起きていた現象に見入っていたリットは、その声で我に返った。
「う・・・・・うるさい! 何が罪だ! お前達が悪いんだ!」
「確かにお前から見れば俺達が罪人。だが、その逆もしかりだ」
翠は腕を前に伸ばす。その腕に水が渦巻き、手の平から少し離れた位置に形成された水の球に収束していく。
「リット! 逃げるんだ! その男はお前じゃ勝てない!」
ガルバドがそう叫ぶが、リットが引くはずもない。
測定機の値は既に表示限界を越えていた。
「終わりだ」
本当に誰もが言葉通りになると思ったその時だった。急に翠の身体が傾き、翠が集めた全ての水が霧散した。
その突然の出来事に誰もが思考が追いつかなかった。
少しの間、皆が呆然としていたがすぐに安堵のため息をもらした。
「・・・・・・一班は門の修理の手配を。二班はここの後処理を。三班は半分に分かれ、半分はリットを安全な場所へ。残りはこの2名の監視を。すぐにかかれ!」
「はっ!」
ガルバドはそう指示を下すと、自分自身は翠の元へ向かった。
(能力値は478と元に戻っているか。いや、あれだけネイシスを使ったのだから元ではないな。これは王都に送るのが賢明・・・・・か)
「司令官! 女が目を覚ましました!」
「わかった。この男は縛っておけ。準備ができ次第王都へ送る」
「はっ! 了解です!」
ガルバドは翠が縛られるのを見届けると、目覚めたリアナのもとへ向かった。
「気分はどうだ?」
「あの・・・・・・私は・・・」
リアナは自分の状態がうまく理解できないのか、身体を見下ろし、少し放心状態になっている。
「何が起こったか思い出せるか?」
「確か・・・・・私は・・・・・っ!」
リアナは思い出したのか、自分の胸を押さえた。
「安心しろ。異常はない」
「そんな・・・・・・・確かに私は胸を貫かれて・・・」
「お前と共にいた男が治したのだ。お前はその能力について心当たりはないのか?」
リアナの状態から大方の予想はついたが、ガルバドは念の為に聞いた。
「・・・・・・ありません。私も翠についてはあまり知らなくて・・・」
リアナは幾分落ち着いてきたのか、はっきりとそう言った。
ガルバドは一瞬嘘かとも思ったが、リアナの態度や嘘に利点がない事などからそれを信じた。それでも不可解な点は消えるわけではない。
「まぁいい。どちらにしろ私の手におえる問題ではない。お前達の身柄は王都へ輸送する。抵抗はするなよ」
「・・・・・はい」
リアナは担架により運ばれていく翠を見ながら返事をした。
「安心しろ。あの男にも異常はない」
リアナの目線に気付いたのか、ガルバドはそう言った。
「そうですか」
リアナは明らかに安堵した声を出した。
(この期に及んで人の心配か。変わった子だな)
「では今から輸送するが、手錠はいるか?」
「いいえ。自分でいきます」
「・・・・・そうか」
ガルバドは疑う事なく歩き出した。そしてリアナは言葉を守り、ガルバドの後ろをついていった。