次の町へ到着の時
翠とリアナは村を出発して三日後、次の町に到着していた。
「やっと着いた・・・・・・隣町まで遠過ぎだろ・・・」
翠は念願の町に着き、少し安堵の表情を見せた。
「お疲れ様です。何処もこんなものですよ? 翠の世界は違うんですか?」
「そうだな。隣町っていったら、普通は隣接してる」
「へぇ・・・・。私には想像しがたいですね」
リアナは翠の言った状態を想像したが、その想像は翠の言いたい事が微塵も含まれていない。
「ま、そんな事より、まずは腹ごしらえをしよう。携帯食は飽きた」
翠の意識は既に食べ物に向かっているらしく、瞳だけで風景を見渡している。
「くす・・・・・そうですね。この町には何度か来たことがあるので、案内しますね?」
リアナの先導に、翠は大人しくしたがった。そんな翠の様子に、旅路の時とのギャップでリアナは少し笑いが込み上げてきていた。
(それにしても、翠は一体何者なんでしょうか。確かに翠はこの世界の生活概念以外のものを持っていたので、別世界からきたのは間違いなさそうなんですけど。でも・・・・)
リアナの懸念はもっともだった。翠には不可解な点が多々あるからだ。
初めて野宿をした夜、寝る時翠は座って寝ていた。それはこの世界の軍の者や戦士は当然行う事だが、翠はそう言った人間には見えない。今でも翠は瞳だけをさり気なく動かし、警戒を怠っていない。確かにリアナや翠が警戒するのは当然だが、翠にしてはおかしかった。
(話を聞く限りじゃ、翠のいた世界は平和なのに・・・)
リアナはそれが気になってはいたが、翠には聞かなかった。リアナは、本人が話してくれるまで待とうと決めていたからだ。
「あ、ここです」
リアナが立ち止まり示したのは、酒場だった。
「ここはまずくないか? 俺たち未成年だぞ?」
「未成年がどうかしたんですか?」
リアナは首を傾げながら言った。
(あ、そうか。この世界にはそんな法律はないのか)
翠はちょっとしたカルチャーショックを受けたが、その事はしっかりと記憶した。
「ごめん。俺の世界では未成年は酒を飲んじゃいけない法律があるからさ」
翠は自分の言葉の意味を簡単に説明した。
「そういう事ですか。それなら心配いりません。入るのは酒場ですけど、お酒は飲みません。ただ、こういった所は冒険者の宿木みたいなものなので、安くて、量が多いんです。味はここ以外は保証しかねますけど」
「なるほど。覚えておくよ」
「それじゃあ、行きましょうか」
二人は酒場の扉をくぐった。
中はテーブル席とカウンター席があり、二人はテーブル席に座った。
席に座るとすぐに女性のウエイターが来て、リアナは慣れた様子でメニューを頼んだ。翠はやる事がなく、手持ち無沙汰にメニューを横から眺めていた。
(メニューの文字が読める・・・)
それがまず翠が気付いた事だった。
料理名は聞いたことのないものばかりだったが、文字はしっかりと翠にも認識で来た。
(本当に俺の世界との共通点が多い。偶然にしてはこれは―――――)
「翠」
翠が考え事をしていると、リアナが声を潜めて呼びかけた。その声は何処か慌てていた。
「どうした?」
「あれ、見てください」
翠はリアナの指差す方を見た。そこの壁には見慣れた顔の二人が並び、張り出されていた。
「俺達・・・だな」
それは、紛れもなく翠とリアナの写真だった。
「私達、これで立派なお尋ね者ですね・・・」
リアナは覚悟はしていたようだったが、現実に目の当たりにして少し落胆していた。
「まぁ、軍に逆らったからな。仕方がないさ」
翠は予想していた通りだったのか、その声色からは落胆の色はうかがえない。
(しかしどういう事だ? ネイシスは国にとって貴重な存在のはずだ。指名手配をし、賞金を懸けたら殺されるんじゃないのか? それともそれは俺の思い込み・・・・・か?)
「リアナ、賞金首っていうのは死んでてもいいのか?」
「はい、そのはずです。それより、翠ちょっと・・・・」
リアナは少し困った様に笑った。心なしか店内が騒がしい。
(やっぱり死んでてもいいのか。それで国は困らないのか? ただネイシスがそう簡単に殺されないと思っているのか?)
元々翠のいた世界とは勝手が全然違うのだから、無駄な考えだと分かってはいるが、なかなか考える事をやめることはできなかった。
「あの・・・・・翠・・・」
リアナは未だに困った様な顔で翠に呼び掛けた。
いい加減無視が続かないと思ったのか、翠は溜め息をついた。
「せっかく無視しようと思っていたのに・・・」
「翠・・・・・お願いですから現実逃避はやめてください」
リアナは飽きれた様に溜め息をついた。
別に翠はリアナを無視したかったわけではない。翠達の席を囲む、いかにも戦士という格好をした5人を無視したかったのだ。
「でもあちらの方々も、律義に待っていてくれるなんて、ある意味礼儀正しいというかなんというか・・・・・」
リアナは飽きれている様な憐れんでいる様な、そんな複雑な目で周りを眺めた。
「あぁ、あれ。待ってるんじゃなくて、動けなくて喋れないだけだから」
「え?」
翠の言葉の意味が分からず、リアナはもう一度しっかりと周りを眺める。すると、リアナは5人の戦士の首に変な物を見つけた。
(あれは・・・・水のナイフ?)
リアナの思ったとおり、それは水の様に透明な、刃物の刃先だった。
翠はリアナが見つけた事に気付いたのか、したり顔だ。
「あれは翠が?」
「当然」
「でも、いつの間に?」
リアナは一応周りに気を配っていた。ナイフ程の大きさの物が空中を移動すればさすがに気がつくはずだった。
「水って便利でな、無色透明で形が自由自在なんだ。だから目を盗んでこっそり、なんて簡単だ」
翠はその疑問に簡単に答えを返した。
和気あいあいとした空気だが、状況が状況なだけに、周りから見れば完全に異様な光景だ。だが、二人はそんな事を気にした様子はない。
「特性を利用したって事ですね。でも、何でそんなに回りくどい事を?直接やった方が早いですよ?」
かなり物騒な物言いだが、本人にその自覚はない。
「ここで戦闘なんかになったら、リアナのネイシスで店ごと―――――なんて事もあるからな。事前策だ」
「そ・・・そこまで無茶はしません」
リアナは少し怒った様だが、ネイシスを使えばそうなる事は目に見えているので、あまり強く言えていない。
「さてと、注文したものも出てこないようだし、店を出よう」
「あ、はい。そうですね」
確かに翠の言う通り、5人に囲まれたこの状態では食事どころではない。翠の提案に文句のなかったリアナは、翠に続いて席を立った。
その後、5人の戦士が動けるようになったのは、翠が店を出た後すぐの事だったが、誰一人として二人を追う者はいなかった。